23 小さな触れ合い
「彩王さま、今夜はどこで眠られるのですか?」
準備が整い、朝議に参加するため房室をでようとした龍賢を綺宵は呼び止めた。できれば、いもしない幽鬼探しなどやめて皇鳳殿の臥室でゆっくりと休んで欲しい。ただでさえ多忙な身なのに、今以上に睡眠を削れば、倒れるだけでは済まないだろう。
「ちゃんと戻ってくるさ」
龍賢は慈しみに満ちた笑みを浮かべた。
「やはり、お前の側でしか俺は心を休めることはできないらしい」
そっと伸ばされた手が綺宵の頬を包み込む。
「そう言ってもらえて嬉しいです」
綺宵ははにかむと手に頬を擦り寄せた。無骨な手は柔らかさは微塵もないが、自分より高い体温は気持ちがいい。微かに目を細めると、対照に龍賢が目を丸くさせる。
「……どうしたのですか?」
綺宵の問いに、龍賢は一瞬言葉を探すように口を開きかけては閉じた。
結局、答えの代わりに静かな笑みを残して手を離す。
「いや。すまない。気にしないでくれ。……綺宵は今日、休みだったな。なにをして過ごす予定だ?」
急に話題を変えられたことを不思議に思いながら、綺宵は「浣衣局に行こうと思っています」と答えた。
「確か、綺宵は浣衣局勤めだったな」
「はい。ずっとお世話になっていたので、顔を出そうかと思っています。友とも少し話したいことがありますので」
「それは喜ぶに違いない。確か東の地より龍眼が献上されたばかりだ。甘い果物だから土産にはちょうどいい。後で玉麗にもらいにいきなさい」
龍眼は手のひらに収まるほど小さな果物だ。薄い褐色の皮に覆われており、割ると透きとおるような白い果肉の中心には黒曜石のような種が顔を覗かせる。その様子が龍の眼のように見えることから龍眼と名付けられた。
茘枝とそっくりな見た目をしているが、龍眼の方が甘みが強く、日持ちもするため上級階級の人間からは好まれている。
「ありがとうございます。彼女は甘いものに目がないので、喜ぶと思います」
「彼女? 友というのは宦官ではないのか」
知らず、声に険が宿る。
綺宵は恥ずかしそうに頬を掻いた。
「ええ、……お恥ずかしながら少し前の僕は少々やんちゃでして、周りからは距離を取られていたんです。宮女である友しか、親しい者はいないんですよ」
「やんちゃと言われても想像ができないな」
考えてみれば、龍賢は綺宵のことを知らない。綺宵が物心つく前に父親に多額の横領と収賄が発覚したため、宮刑に処されたこと。それ故に元は高貴な出自でありながら雑宦として勤めていたことぐらいだ。
「その子とは仲がいいのか?」
「はい。おしゃべりが大好きで、明るくて、いつも一緒にいたんです」
あまりにも綺宵が楽しそうに笑うので、龍賢の胸に靄が広がる。
「そうか。久しぶりに会えるのなら、ゆっくりしてきなさい」
本心では微塵も思ってもいないが、嫌われたくないため嘘をつく。
「……もし良かったら彩王さまも一緒に来ますか?」
「俺も?」
「はい。僕の友達が気になるのなら実際に会ったほうが早いかなって」
少し悩んだ末に首を左右に振った。実際に仲の良い光景を目にしたくはない。
「残念だが、朝議を終えたあとは用事があってな。抜け出すのが難しいんだ」
「あの、今日は無理しないでくださいね。彩王さまが倒れられたと聞いた時、びっくりして心臓が止まるかと思いました」
綺宵は胸に手を当てるとまつ毛を伏せる。
「凌峯さまも玉麗さまも、全員、心配していました」
「もちろんだ。お前のおかげでゆっくり休めたし、心配はいらない」
龍賢は綺宵の髪を一房掬い、唇を落とした。
「約束しよう。今夜は必ず、綺宵の元に帰ってくると。だから、待っていてくれ」
そう言い残すと龍賢は房室から出て行った。一人残された綺宵は口付けされた髪を握りしめて、呆然と立ち尽くした。




