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【BL】転生皇子の後宮生存録  作者: 荻原もも


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21 真に恨んでいるのは


 玉麗から手渡された毛布に包まり、榻《ながいす》に寝そべった綺宵は臥台の上で穏やかに眠る美丈夫を見守っていた。

 鋭利な刃物のごとく吊り上がった眦《まなじり》は今は緩められており、強さを象徴するような太ましい眉は眉間に皺を寄せることなく、並行になっている。睡眠不足からかいつもより乾燥気味の唇が微かに開閉し、たくましい胸が上下する様子は、いつもの獅子のような勇ましさはない。幼くて可愛いかった龍賢を思い出して、知らず頬を緩める。

 直後、引き締めた。


(ただの噂ならいいのだけど)


 ——龍賢が殺めた蒼詠皇太子が幽鬼となり、後宮を彷徨っている。蒼詠皇太子は、自分を殺した者を探そうとしているのだろう。

 そんな馬鹿げた噂が流れ始めたのは、およそ二週間前。まず最初の目撃者は寧徳妃付きから女官に降格した女と、その教育係だった。彼女たちは決まった道順で後宮を練り歩き、最後に中庭へ足を踏み入れたところ、一人の青年と出会ったようだ。

 続いての目撃者は年配の宦官。彼は朝方、各殿舎の灯りを消そうとした時、物陰に佇む青年を見た。

 そこから広がるように青年の幽鬼を見たという者が数多く現れた。彼らの証言をまとめると〝目尻に黒子が二つ並んだ、黄袍を纏った青年〟が〝夜に現れて、突如として消える〟。青年が立っていた場所には足跡ひとつ残ってはおらず、また出現時間もまばらで一貫性がないそうだ。


(馬鹿らしい)


 心底思う。確かに噂の幽鬼の外見は蒼詠にも当てはまるが、綺宵として生まれ変わったのだから後宮を彷徨っているわけがない。

 それに、龍賢を恨んでもいない。


 ——真に恨んでいるのは、不甲斐ない自分自身だ。


 国を導く立場のくせに病弱で、大した実力もないくせに周囲の期待を裏切らないため虚勢を張る自分が一番、嫌いだった。周囲が支えてくれなければ、皇太子として未熟だった自分が一番、憎かった。守るべき龍賢《弟》を縛るような約束を結んだ自分が一番、惨めで許せなかった。


(龍賢は偉いよ。僕にはできないことをやり遂げたんだから)


 異民族の血が流れている龍賢は蒼詠とは違い、王となるための正統な教えを授けられることはなかった。けれども、自ら書に触れ、臣下の言に耳を傾けて、実際の光景を眼にする中で、龍賢は自ずと王の器を磨き上げていった。

 その証拠に龍賢が彩王として即位し、五年もしないうちに地方の貧困問題、悪天候による食糧不足、悪徳官吏たちの汚職問題が次々と解決していった。

 きっと蒼詠が彩王に即位しても、ここまでの良政は敷くことができなかっただろう。


(国のためにいつも自分を犠牲にしている龍賢を傷つけて、なにがしたいんだ)


 きっと誰かが龍賢を貶《おとし》めるために、そんな噂を流したのだろう。

 国を建て直す際に排斥された者——それも龍賢と蒼詠の関係を知っている者が龍賢の罪悪感を利用しようとした、そう考えるのが妥当だ。

 綺宵は立ち上がると衣擦れひとつ立てないように細心の注意を払いながら龍賢に近寄った。あどけない寝顔に相好を崩しながら、あの頃のような柔らかさのない頬に手を添えた。


「……龍賢」


 小さな声で名前を呼ぶ。


「君には随分と無茶なお願いをしてしまったようだね」


 あの頃の自分は、ただ国を安定させたい一心で龍賢に頼んだ。それがここまで彼を縛り付けてしまっているだなんて思わなかった。

 異母兄から恨まれていると思いながら、政務に没頭する彼はどんな気持ちだったのだろうか。考えるだけで胸が痛む。


「もし、僕が〝もういい〟と言ったら、君はどうする?」


 龍賢を縛り付ける楔《くさび》を断ち切れば、またあの頃のように無邪気に笑うようになるのだろうか。


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