20 主従
綺宵が回廊に出ると凄まじい形相をした凌峯に肩を掴まれて前後に揺すられた。
「彩王さまは! ご無事なのか?!」
興奮しているからか夜遅くなのに大声を出すので、綺宵は慌ててその口を両手で覆った。龍賢は自傷を止めて無事に眠ったが、騒ぎを大きくすると目を覚ましてしまうかもしれない。せっかく眠ることができたのに、その安眠を妨げるようなことはしたくはなかった。
「彩王さまがご就寝中です。お静かにお願いします」
そう言えば、凌峯は綺宵の肩を解放すると自らの口を覆う。
「本当か?」
「はい、首を絞めることもなく、穏やかに眠られております」
そっと扉の前から移動して、中を見るようにと無言で促すと凌峯は房室の中へ入っていった。
しばらくして、戻ってきた凌峯は仲間の不安を取り除くように首を縦にふる。やっと緊張の糸が緩まったのか一同はそろって肩を落として深く息をついた。
「よかったわ」
「本当にね。でも、噂には聞いていたけど、なんでこんな子供がいると眠れるんだい? あたしらがなにをしても眠れなかったのに」
老齢の女官が訝しむ目を綺宵に向ける。
視線を受けた綺宵は背筋を正した。蒼詠の時に何度も叱責を食らったことを思い出した。第二の母といってもいい存在から睨まれただけで条件反射のように冷や汗が流れた。
「……あの、どうして彩王さまは倒れたんですか?」
おずおずと問えば、一斉に睨まれた。前世でも今世でもこんな経験をしたことのない綺宵は緊張から乾いた喉を潤すために唾を飲み込む。言葉を訂正しようにも龍賢が倒れた原因を知りたい。綺宵と出会う前は長く眠れないと言っていた。長く安眠はできなくても、夜伽の後にも眠る時間はあるはずだ。
「……眠る時間を割いてでも彩王さまはあるお方を探していた。毎晩、ずっと」
物憂げにまつ毛を伏せた凌峯が答えた。
「お前は後宮で今広まっている噂を知っているか?」
いえ、と首を振る。尚服にいた頃は風花が頻繁に教えてくれたが、今は誰もいない。
「二十一年前に反乱に巻き込まれて亡くなった皇太子——蒼詠さまの幽鬼がでるそうだ」
綺宵は両目を丸くさせる。
「幽鬼、ですか?」
——あなたが、後宮にでてくるのは、俺が憎いからだ。探した。ずっと、謝りたかった。それなのに、どこにもいなかった。
龍賢が泣きながら口にした言葉が脳裏を過った。龍賢は謝りたいために毎夜、倒れるまで蒼詠の面影を探したのだろう。自分に憎しみを抱いている異母兄の幻影を。
(そんな《《もの》》いるわけがないのに)
だって、蒼詠は綺宵にいる。宦官の少年として、今は龍賢に仕えている。探したっているわけない。
「ああ。見回りをしていた宮女や宦官の何人かが実際に目にしたそうだ。その噂を耳にした彩王さまはお渡りを終えると寝る間も惜しんで蒼詠さまを探し続けた」
よく見れば凌峯の目元にも薄らと隈が浮かんでいる。彼も龍賢に付き合って、蒼詠の幽鬼を探していたのだろう。
「そんなことがあったのね」
玉麗が泣きそうな顔をした。
「通りで、無茶をするわけだわ」
「無茶をするのも仕方ない。彩王さまはずっと後悔なさっていた。蒼詠さまをその手で殺めたことを……。幽鬼でももう一度、会えるならただの噂でも縋りたい気持ちはよく分かる」
沈痛な面持ちで凌峯は喉奥から言葉を絞り出す。
「けれど、どこにもおられなかった。所詮は、噂でしかないのでしょう」
まるで葬儀のような雰囲気を纏うので、綺宵は話しかけるきっかけを掴めず、右往左往していた。今までの会話と態度から彼らは蒼詠を恨んでいないと知っても、「僕が蒼詠だよ」なんて口が裂けても言えない。
それでも話さなければならないので、隙を見て喋ろうと様子を伺った。
「あー、すみません」
重たく沈む空気を、軽い声が切り裂いた。手を挙げる墐章に、一同は揃って胡乱げな目を送る。墐章はそんな視線を無視して、綺宵の隣に来ると背中を軽く叩いた。
「せっかく眠れたんですから、今日はこのぐらいで。いつまでも回廊で騒いでちゃ、彩王さまが起きてしまいますから」
「それもそうだな」
凌峯が頷く。
「綺宵は彩王さまの側に置いてもいいですか? この方が安心して眠れると思うんで。あ、俺はしっかりと夜警を務めますよ」
そう言って、墐章は自らの佩剣を叩いて、笑う。
墐章の腕前と忠誠心に信頼を置いている一同は、顔を見あわせると揃って頷きあった。ここでみんな揃って龍賢が目を覚ますのを待つより、墐章に任せて自分たちは休むべきだ。いつものように龍賢を支え続けるために。




