15 朝議
朝議の場は始終穏やかなまま時間だけが過ぎていった。即位当初に持ち上がった難題も周囲の協力の元、ひとつひとつ解決させたのでいまや政務は滞りなく進み、堂に集う臣下たちの顔にも安堵が浮かんでいる。
そのことに龍賢は嬉しい気持ちになった。二十年以上もかかったが、亡き異母兄が望んでいたような安寧が平常のものになりつつある。自分が存命な内も、死後も永らくこの平穏が続くことを願っていると穏やかな雰囲気を打ち消すかのように一人の老臣が腕を持ち上げた。
珍しい、と龍賢は思う。老臣は先代の御代から数年前まで国外に医術の術を学びに行き、今は国子監で医術の教鞭を執っている。誰よりも冷静に物事を判断するが、同時に寡黙なため、こういう場ではまったくと言っていいほど自ら発言をしようとはしない。
「珍しいな。なにか気になることがあったのか?」
周囲の視線を一身に浴びて、老臣——伊玄兒は居心地が悪そうに肩をゆすっている。玄兒の意見は的を得たものが多いため、龍賢は黙って言葉の先を待つ。
しばらくして、玄兒は覚悟を決めたのか真剣な眼差しで龍賢の目を見つめた。
「恐れながら申し上げまする」
「ああ、思ったことを言え」
「彩王さまは一人の宦官を側に置いているだとか」
宦官、という単語に周囲に緊張が走る。何人かが玄兒の発言を止めようとしたが、龍賢は片手でそれを制した。
「お前の耳にも届いていたか」
「誰を愛するのも自由ではございます。私は長い間、海の向こうの土地で生活をしていました。同性を愛する者は男女問わず多くいたため、偏見などございません。実際に宦官を側に置くようになってから彩王さまは明らかに幸せそうです」
龍賢は顎をさする。周囲からの視線が変わったのは察していたが、幸せそうに見えていたとは知らなかった。
(まあ、それも正しい)
実際、龍賢は幸せだった。綺宵という宦官を手元に置いてから龍賢を悩ませる悪夢は見なくなった。戯れに綺宵に共寝を命じてから、あれだけ苦痛だった夜が来るのを心待ちにするようになった。
綺宵とは熱を分け与える行為はしたことがないが周囲から《《そう》》見られても訂正しようとは思わない。自分の中に芽生えつつ感情と向き合わなくても、その感情の名前は自分がよく知っていた。
「けれど、あなたさまはこの彩国を導く存在でございます。後宮には数多の華麗が住んでおられます。ぜひとも、時々でかまいません。せめて世の人々の目を欺くためにも、時折は彼女らを顧みていただきたく存じます」
深く、玄兒は頭を下げる。
龍賢は少し悩んだ末に顎を引く。
「顔をあげろ。お前の諫言は間違っていない」
龍賢は扇を開いて顔を隠し、ため息を吐く。
「我を忘れていたようだ。お前の言うとおり、俺はこの国を導く存在。国のために後宮入りした者を蔑ろににしてはいけないな」
素直に頷く龍賢に、周囲はやっと緊張を解いた。
「寧徳妃さまが懐妊なされたように、吉報が続くことでしょう」
龍賢は知らず、眉を顰める。寧徳妃を嫌ったわけでもない。
ただ、その話題は綺宵の耳には届いて欲しくはないと思った。




