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【完結】✴︎私と結婚しない王太子(あなた)に存在価値はありませんのよ?【改訂版】  作者: 綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢をよろしく
本編

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第28話 竜の末席に座す権利(SIDEアグニ)

 *****SIDE アグニ




「我らが守護たる竜の方々のご尊顔を拝し……」


「挨拶は後でよい。竜妃様の兄君エミリオ殿であろう」


 真っ赤な前髪を弄りながら俺は目を眇める。竜帝は上手に隠しているが、獣と同じ瞳孔が縦に裂けた瞳は人外の証拠だった。エミリオは正面から視線を受け止め、にっこり笑う。そこに虚勢や恐怖といった暗い感情はなかった。


「ほう、人にしてはよい度胸だ。さすがは竜妃様の血族だな」


「これでも初代竜の乙女の血脈ですので」


 臆することなく一礼したエミリオの後ろをついて階段を降りる。地下牢特有の空気にぺろりと舌で唇を湿らせた。牢に隔離された罪人ならば、どのような扱いをしても構わない。そう考える竜の前に、3人の罪人が示された。


「竜の乙女である我が妹ティファとの婚約を破棄した浮気男、この下種を身体で誑かした痴女、竜の目覚めを妨げたセブリオン家の当主です」


 王子、カルメン、国王を別の表現で紹介される。エミリオの端的な説明には、彼らの罪状がしっかり盛り込まれていた。騒ぎすぎて煩いと口に猿轡を嵌められた元王子は、手足を縛られた芋虫状態でのたうって暴れる。女はいまだ目覚めず、国王は呆然自失だった。


「なるほど……殺しても構わぬか?」


「殺せば、心優しい我が妹が気にします。それに彼らの無礼や非礼の罰に、殺して終わりは軽すぎますね」


 言い切った人間を「ほぅ?」と感心しながら眺めた俺は、にやりと口角を持ち上げた。


「一番活きが良いのは、これか」


 竜にとって罪人は人格や尊厳を持たぬ存在であり、者ではなく物なのだ。これが同族であっても、罪人なら同じ扱いになる。


 牢番が鍵を差し出す前に、右手の指先で錠を捻って落とした。がらんと重い音を立てて転がる錠に、目を見開いて暴れる手足を止めた王子が息を飲んだ。


 ひゅっと響いた呼吸音のあと、ゆっくり上がる顔を覗き込んだ俺が手を伸ばす。髪を掴む寸前、予想外の声があがった。


「あっ……」


「どうかしたか?」


 まさか我らの動きを止める気か? 怪訝そうな顔をした俺へ、エミリオがポケットから取り出したのは清潔なハンカチだった。


「直接ですと手が汚れますよ」


 だからハンカチを使って掴めばいい。笑顔で言い切ったエミリオは公爵令息、前竜帝の血を引く一族の末裔だった。ある意味予想を裏切らない残酷さを秘めた若者に、俺の好感度は高まった。


 この性格ならば、他の竜も文句は言うまい。多種族の頂点に立った竜種は残酷だが、誰にでも牙を剥くわけではない。相手が礼儀正しければ相応に礼儀を重んじ、相手を尊重する意思も持っていた。だからこそ無礼で愚かな者への対応は、苛烈を極める。


 頭の中で賛同の声を上げる同族に口元が緩んだ。


「構わぬ、終わった後に洗えばよい」


「でしたら、手を洗った後にお渡しします」


 日常会話を平然と行う我らの常識に、牢番もクラウディオも目を見開いた。きちんと会話が噛み合っているのに、状況を考えると異常そのものだろう。竜の思考は自分たちとそれ以外を明確に区別する。


 縦に裂けた獣の目に捉えたクラウディオが、我に返って逃げようと身をくねらせた。


 汚れ切った地下牢の床は、過去の罪人の血や汚物が染みついている。多少の掃除はされるが、綺麗に磨かれた王宮の廊下とは雲泥の差があった。その汚れを纏う若者を、俺は冷たい眼差しで観察する。


「殺さずに仕置きか……ふむ。それもよい」


 誰かと会話する竜の不思議を、エミリオは黙って見守った。それでよい。場を弁えずに口を挟めば評価が下がることを、彼は知っている。この者ならば竜の末席に加えても、誰も異論は挟まぬだろう。


「お前には竜の末席に加わる権利を与えよう。さて、どうする?」


 行使してもいい。捨てても構わない。保留して後で答えを出すのもひとつだろう。与えたのは権利であって義務ではなかった。


 提示した俺に、エミリオはすこし考える仕草を見せる。


「竜に前世という概念はありますか?」


 俺は目を見開いた。この世界に前世という概念はない。だが俺が生まれたときに、竜の中で共有されている。俺は転生者であり、前世の記憶を持っている。


 観察するようにエミリオを見つめるが、彼が前世の記憶もちか判断が出来ない。一番簡単な確認方法は、彼を共有の輪に取り込むことだった。彼が持つ知識や考えが流れ込む。同時に彼に対しても知識を与えることになるだろう。


 他の竜が告げる懸念を頭の片隅に残し、俺はひとつの罠を仕掛けた。


「前世なら、記憶があるぞ」


 転生か転移か。はたまた本当に偶然記憶があるだけか。エミリオはどう答える?


「そう、ですか。僕はないのですが、持っている人を知っています。その人の知識も共有されるのであれば、一度相談させてください」


 罠を避けるのでも解除するのでもなく、堂々と踏み抜いた。その覚悟に敬意を表し、この場はこちらが引こう。


「わかった。それは後で話し合えばいい」


 視線の先で牢番がきょとんとした顔をしている。そうだ、概念がないこの世界では牢番の反応が正しい。


 エミリオは前世の記憶持ちと親しい間柄である可能性が高かった。彼が相談してだす結論を楽しみに、目の前の仕事から片付けるとしようか。


「この者らに相応しい罰を用意しよう。我ら竜は……愚者に祝福を与える種族ではない」


「呪い祟る――神より人に近い、けれど人より優れた種族でしたね」


 初代竜の乙女の手記に残された一文だ。己の子孫が竜の恩恵に溺れぬよう、警告として記された文面だった。エミリオの表情が曇った。さては――呪い祟るなら、妹と伯母を苦しめる王家を滅ぼせばいいのに、とでも願ったか?

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