第29話 死なず人だ(SIDEアグニ)
*****SIDE アグニ
「伝わっていたか。我ら竜はすべての血族と意識を共有しておる」
それ以上彼は語らない。当然理解しただろう? そんな顔で笑い赤毛をかき上げた俺に、エミリオは一瞬目を瞠ったものの静かに頷いた。
足元に転がる芋虫状態のクラウディオに手を翳す。地下牢の闇を払拭するような激しい光はなかった。ぼんやりと手のひらが光る程度だ。
濃い紫色の光を罪人の額に押し付けるが、暴れて外れてしまった。舌打ちしたが、無傷で彼に術を施す必要がある。
「僕が押さえましょう」
公爵子息であるエミリオは夜会用の衣装で汚れた床に膝をつき、異臭に包まれたクラウディオの身を押さえつけた。魔術の行使に長い時間は必要ない。紫の光はクラウディオの額に吸い込まれた。押さえていた王子が動かなくなったのを確認し、エミリオは立ち上がる。
ぐったりと力を失い意識を手放した男を、無造作に転がす姿は元主家の人間相手とは思えないほど容赦がない。追加で蹴飛ばしてもおかしくないほど感情を露わにしていた。
意識を共有する――人と根本的に違う種族と告げたことで、エミリオの意識が変わったのを感じる。我慢してきた鬱憤や憎悪が吹き出した、と表現すれば近いか。メレンデス公爵家の跡取りならば、竜帝の血を受け継ぐ器だ。一族の末席に加えれば、彼の意識や知識もそっくり共有できる。
取り込めば竜は憧れて拝む存在から、罪を共有する仲間へと変わる。1匹の竜の行いは、他の竜も知るところとなるのだ。建物を尻尾で壊せば、その感覚やその時の考えや感情までも共有可能な竜にとって、復讐は全員が手を下す必要はなかった。
もちろん、誰もが己も手を出したいと願っていても……仲間の想いを一身に引き受け、代表として赤い竜である俺がこの場にいるのだ。
「エミリオ、だったな」
「はい。遅くなり申し訳ございません。メレンデス公爵家の嫡男エミリオ・ソラ・メレンデスと申します」
正式な名乗りをあげる彼の言動に、竜への尊敬の念が窺えた。
「アグニと呼べ。敬称は不要だ」
汚れたエミリオの服に気づき眉をひそめる。暴れる罪人を押さえた彼の行動に謝意を示す意味で、手を翳した。白い炎が一瞬でエミリオを包み、直後に消える。熱さは感じないはずだ。驚いて目を瞬いたエミリオに「これが竜の魔法だ」と笑った。
穢れを払う浄化の一種だ。竜が聖なる生き物と分類される理由の一つが、この魔法の存在だった。怨嗟や憤怒が絡みつく人間の憎悪を、簡単に消し去ることができる。
動物や植物を含めた人間以外の種族は、他者への憎悪を長く保てなかった。すべて吐き出してしまうのだ。漂う穢れを嫌う竜種が、有り余る魔力でそれを浄化する魔法を覚えたのは……まあ掃除の一環だったのだろう。己の住処を快適に整えるための手段だ。それを他種族が褒め称えたのが始まりらしい。
「これでフランカやティファを心配させずにすみます」
綺麗な姿に戻ったエミリオは表情を和らげた。足元に転がるクラウディオは気を失ったのか、指一本動かない。紫の光を吸い込んだ額に、歪な模様が浮かんでいた。
「ありがとうございます。アグニ、彼は……」
どうなるのか。今後の処罰を問うエミリオは途中で言葉を切った。
足元の虫けらを見つめる俺の赤い瞳は鋭く、嫌悪感も含まれる。視線を交わした先で、エミリオが首をかしげた。尋ねる所作に答える。
「死なず人だ」
滅多に聞かぬ単語だが、竜に関わる伝説に記載がある。死なずの言葉通り……人の輪から外れた死ねない存在だった。人が望む不老不死ではなく、老いるのに死ねない。身体が老いて動けなくなり、石のように固まっても死なずに生かされる呪いだった。
「竜の重罪人は死なずの呪いを受ける。決して死ねず、かと言って自由に動くことも出来ず、いくつかの山には今も彼らが眠っているであろう」
過去の記憶を懐かしむように饒舌になった俺は口角を持ち上げた。何匹もの竜がその罰を受けている。クラウディオの額には、紫の模様が刻まれた。それは魔法陣と呼ばれる文様や記号であり、興味深そうに額の模様を眺めたエミリオが呟く。
「この文字は見覚えがあります」
「竜の乙女が手記に残したか」
後ろの牢でけたけたと笑い声をあげる壊れた国王を振り返り、狂った様子に顔をしかめた。この程度の罰で狂気に逃がす気はない。正気のまま苦しませるのが罰だ。時間を戻す治癒は母が得意だった。頼むなら彼女だろう。
邪魔をしないよう待つエミリオに向き直り、階段の上を示す。
「白青の髪を持つ竜を迎えてくれ」
「はい」
頷いたエミリオが牢番に合図をした。牢番は目の前で起きた超常現象に目を瞬かせていたが、慌てて階段を駆け上がる。この場に長くいたくないらしい。案内が終われば外へ出してしまった方がいいだろう。善良な人間には刺激が強すぎたか。
算段をつけるエミリオの横顔を見ながら、意識下で仲間との打ち合わせを続けた。
「随分と待たせましたね。アグニ、陛下が苛立っておいでよ」
降りてくるなり文句をつけた母竜は、膝まで届く白青の長い髪を三つ編みにしながら肩を竦めた。尋ねるまでもなく竜帝テュフォンを指した言葉だ。言われるまでもなく、共有した意識に棘をまき散らす竜帝の感情は伝わっていた。
「わかってる」
「それならいいわ。私はこれを直せばいいのね」
意識を共有した竜同士は、互いの考えや行った罰は伝わる。場合によっては視界や感情まで共有するため、この場で起きた事象は承知していた。
逃げ損ねて狂った国王へ小さな呪文の紐を編んで絡めた母マリエッラは、少しするとリボンを消す。対象物に干渉し、物質に残る時間の経過を曖昧にした。自我を手放す前まで精神を引き戻された国王が「ひっ」と悲鳴をあげて、甥のエミリオから逃げようとする。
よほどひどい捕らえ方をしたようだ。それでこそ我らの輪に加える価値がある。
鼻先をそぎ落とされた醜い男の顔に、白青のマリエッラは「この顔も直すの?」と尋ねた。先ほどから治癒を意味する「治す」ではなく、物を修復する「直す」を使用する彼女も、この場の罪人をモノとして扱っている。
残酷なほど優先順位がはっきりした竜の性格を厭うことなく、エミリオが笑みを浮かべた。人の中で浮いてしまうほど愛する家族と婚約者を優先するエミリオの気質は、身内を重視する竜の特性そのものだろう。
「この顔は放置しましょう」
いつまでも醜い姿で這いつくばればいい。そんなエミリオの発言に、俺たちはくすくす笑って同意した。




