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あの時頷かなければ、私の命は簡単に無くなる。死ぬ事は怖いし、出来るなら避けたい。寿命まで全うしたい。でも、私である事を後悔する為に生きるくらいなら、死んだ方がましだ。奴隷、子を産む為だけの存在…どちらも嫌だ。尊厳がまるで無い生き方なんて絶対に嫌だ。だから、それじゃないならと、生きる方を選択した。それが例え、敵しかいないこの場所で後ろ指を指され、愚かな存在として生きる事になるとしても。いつか必ずもう一度イナたちと会う為に。
私が了承したその日、アンヌ…アンヌ様が王妃と成られた事が公に通達された。それに伴い、一週間後にお披露目パーティーを行う事が発表された。私の事もそこでお披露目されると言っても過言ではない。王妃を完璧に王妃として魅せられるか…それが私の役目であり、そこで認められなければ、私は更に窮地に追いやられることになる。
彼女は私よりも若く、ファシートよりもしっかりとした家系のご令嬢様で、寧ろずっと思っていたけれど、何故私の方が上になっていたのか不思議でならない。
「…ティアナ様」
彼女の髪に櫛を通していた時、不意に声を掛けられた。
「申し訳ございません、何処か痛かったでしょうか」
「いいえ!そうではなく…」
極力話したくはないが、そうもいかない。やるからにはしっかりやろうと決めたのだ、何か不手際があれば言ってもらいたい。
「では…」
「…そこを」
綺麗な指が化粧台の引き出しを指す。失礼しますと髪を下ろし、指された先を引く。中には白い封筒が入っていた。
「差し上げます」
「…ですが…」
「受け取って下さい」
「…ありがとうございます、頂戴します」
中身は多分、彼女の言いたい事が書かれているのだろう。恐らく、本心が。フクロウや他の人間の目や耳が多い此処で、王ではない人間が本心を語るのは非常に難しい。特に王族に関する事は。
「ティアナ様」
「はい」
「私は王妃になりました」
「はい」
「貴女様を、敬称無く呼ばなければなりません」
「はい、当然の事です」
「…可能であれば、貴女様…貴女にも、敬称無く呼んで頂きたいと思っております」
「それは…」
「えぇ、難しいとは分かっています。けれど、こうして二人きりの時だけは…私が私で居る為に、どうか。お願い致します」
孤独な貴族の女の頂点は、彼女の様に高貴な身分を与えられた人間。ならばその同じ立場である自分も、従わねばならない。なんせ相手は王妃様なのだから。
「畏まりました…アンヌ」
〇
沢山の目や耳が居るこの場で貴女様に告げられない事を、此処に書き記します。
この度の件で貴女様を巻き込んでしまった事、お詫びいたします。誓って申し上げますが、私が貴女様を側仕えにと望んだのは、貴女様を苦しめる為ではありません。自由に生きたいと思っていた筈の貴女様の羽を手折っておきながら、と思うでしょうが、本当です。
ファシート家のご当主であられた御父上様と兄君が処刑されることとなり、お家そのものの身分剥奪、お取り潰しの旨を聞いた折、真っ先に浮かんだのが貴女様の事でした。民として生きる貴女様は、御父上様よりその身分を得たと聞いておりました為です。このままでは路頭に迷ってしまわれる、そんな事をさせて良い方ではない。そんな思いで、勝手だとは思いましたが、陛下に側仕えとして召し上げて頂けないかと申しました。元は共に、婚約者候補であられた方。寧ろ、私よりも格段に優れ、王妃に成るべき方だったと。陛下は快く受け入れて下さいました。元より貴女様の優秀さは誰もが知る所であり、自分もその一人であると。何より、私が心強いだろう、と。
ですが、後から思ったのです。もしかしたら別の場所に当てが有ったのではないか、と。私がそう進言したことで、貴女様の自由を奪ったのではないか。きっとご自身の知識や実力、人脈を駆使して別の場所で自由に生きられたのではないか、と。私がでしゃばるのは、貴女様が困って助けを求めた時で良かったのではないか、と。そう思っていた時、貴女様がこの城へ連れて来られた事を知り、あの場での対面となりました。その時の格好から、貴女様が何処かへ行こうとしている事は分かりました。そして、私の後からの考えの方が当たってしまった事を後悔したのです。
しかし、私が陛下に申し上げ、その様に動いて下さった陛下を、そのお言葉を、私が無かったことにすることは出来ません。ですがいつか、必ず、少し時間は掛かるかもしれませんが、貴女様を解放致します。それまで、私の出来得る限りの権限で貴女様を守ると誓います。勝手で一方的な事ばかりで申し訳ありません。ですがどうか、信じて頂ければ幸いと存じます。
アンヌ・テン・オルスタム
〇
くしゃり、と手紙を握りしめる。やはり、と言うか何と言うか…後悔を懺悔する内容だった。彼女の思いは分かった。でも、本当に余計な事をしてくれたと思わずにはいられない。彼女の言葉が有ろうが無かろうが、あの二人の事だ、必要だと思う事はしただろう。それに彼女の言葉が加われば、更に勢いを増す。彼女が意図せずとも、私がその例だ。二人の駒として私は選ばれた。何に利用するつもりか分からないけれどね。
私が何をしたというのだろう。生まれから復讐の為の存在であり、成り上がる為の存在であり…そんな無価値な自分が嫌で、ならばと力を付けたつもりだった。一人で生きてゆけるだけの力を、貴族としてでなくとも生きてゆける力を。それは駒になる為ではない。そんな下らないものになる為に、無価値に必死で価値を付けてきたわけではない!
握りしめた手紙を、焼却炉へと放り込む。他のゴミと共に燃え上がる炎を見ながら、私は新たに心に決める。例え望まぬともこの場に居る事になった。ならばいつか来る時の為に完璧にこなしてみせると決めた。そこにもう一つ、居る間にこの国が何処に向かおうとしているのか探ってやろうじゃない。恐らくこんな目標を立てたところで、困難を極める事は分かっているけれど。でも、いつか此処を出てイナ達と再び暮らす時までに、この国の弱みを握っていれば、交渉事も上手くいくかもしれないもの。
「…ん?」
決意新たにしたところで、視線を感じそちらを見た。
「其処に居るのは…って、やっぱりティアナ嬢!?」
「あら、久しぶりね」
走り寄ってきたのはサラだった。こんな城の端で何をしているのかしら…まさか早々に知り合いに会うなんて。
「何で君がそんな恰好で此処に!?」
「王妃様の側仕えとして召し上げられたのよ、私の民である身分が剥奪されたから」
「はぁ?何で…」
「犯罪者から買ったから、らしいわ」
「……成る程、ねぇ」
顔を顰めるサラに、苦笑いする。彼はこの場の状況を知っているから、これ以上深追いはしてこないでしょうね。
「それより、貴方は何でこんな場所に?」
「え?あ、あぁ、当番だったんだ、見回りのね。その帰りさ、近道なんだ」
「そう」
大した興味も惹かれないので、会話はそこで終わる。私は下を向いた。
「イナはサーマルクへ逃がしたわ。無事に着いていれば、だけれど」
髪で表情を周囲に見えない様にする。そして、彼にしか聞こえない様に小さく告げる。これが意味する事を、この脳筋が気付いてくれる事を祈って。そう願い顔を少し上げれば、彼は腰に着けた剣を撫でていた。




