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「…本当に、宜しいのですか?」
アンヌが私驚いた様に目を見開く。彼女の提案に私が躊躇い無く了承したからだが、ここまで驚かれるとは少々心外だ。…そんなに意外だっただろうか。
「君が憂い無く健やかに過ごせるようにしてあげたいんだよ。半ば強引に選んでしまった様なものだから、君が望むことは出来る限り叶えたいと思っている」
「陛下…ありがとうございます」
そう言えば、大きな瞳を更に大きくさせ、潤ませる愛らしい憐れな子ウサギ。そんな彼女が望んだのだ、叶えてやるのが王である自分の役目だろう。そう微笑めば、視線の端でルイザゼラが下がるのが映った。
「それに、君が気付いて望まなければ、私は何の罪もない者の未来を奪ってしまうところだったのだから、感謝するのは私の方だ」
「いいえ、そんな…」
そう、彼女が望んだんだ。実に優秀な王妃だ、本当に。逃さず、飼ってやらねばね、君も、君が望むあの者も。優秀な駒は、多いに越したことはないのだから。
〇
国境を越える手前、ほんの寸前、私は捕まった。ナードと共に書類を取りに行ったあの日、ナードを怒らせたパパに言いつけてやるからな!タイプのやられ悪役っぽい人に。確か名前は……何か鈍る、みたいな感じだった気がする。激怒ナードの方が印象強すぎて、そのくらいしか思い出せない。
「貴様が逃がしたんだろう!!知ってるんだからな!!」
と、列から私を引っ張り出し、大勢の前で大注目されながら怒り狂っている。よく周りが熱くなると自身が冷える、周りがパニックだと自身は冷静になるとか言われるけど、まさにその通りの現象が今起きている。国境の騎士さんや役人さん達は状況を見守っているのか、今は取り敢えず並んでいる人達を捌いていた。正直物凄く助けて頂きたいし、ティナに余計な心配を掛けたくないので、早くサーマルクに行きたい心が疼く。
「聞いているのか!?」
「…はい」
「だったら認めろ!!」
何をだろうか。分かっているんだろうか、この人さっきからキレて大事な事を言っていないんだけども。
「あ、あの…」
「何だ、漸く認めるか!」
「いえ、そうでなく…そもそも何の話をされているんでしょうか、と思いまして…」
「な!?惚ける気か!!貴様だろう!スペルリングの神のっぅ!」
「っ!?」
大声で叫ぶ彼が、途中で白目を剥き、がくっと膝を折って倒れてきた。そう、私の方に。だから、慌てて避けた。
「……避けるのか」
「え、だって自分よりデカい人を支えるだけの力無いですし…」
小物な悪役顔が退いたソコには、左目に大きな傷がある少年が立って居た。高校生か、それよりちょっと上くらいか、声に聞き覚えがある、気がした。
「まぁ、いい。怪我は無いか」
「あ、はい、ありがとうございました」
ちゃんとお礼を言う。例えそれが年下であろうとも。
「いや…それより、行くぞ」
「…え?」
「コイツが阿呆な事をしでかすだろうと、イヴァンが懸念していた。だから見ていた」
「…え、と…君、は…」
「テラ」
あぁ……その名前、やっぱり聞いた事あるもん、あの時の人だよねぇ…会いたくなかったぁ。
「…イヴァンから、アンタをちゃんとサーマルクに行かせるように言われている。だから行くぞ」
「え、ちょ!?」
ぐいぐいと引っ張り、本当に検問所へ戻ろうとするテラくんに、心底驚く。だって、私が此処に居る事を知っているって事は、ティナが来ることも知っている可能性が高いって事だ。二人揃ってサーマルクに行くんだから。……ん?もしかして、手紙はメルーソルから?だとしたら、何でティナは先に私を行かせた?こうなる事を見越して?そうだとして、イヴァンくんは私をちゃんとサーマルクに行けるように、テラと言う目の前の彼に言ったらしいし、ティナはフクロウが誰か知らない、筈。いや、本当に訳が分からないんですけど!?未だ小物悪役の方が分かり易いよね、いや、あの人も何がしたかったのか分からないけども。
…駄目だ、本当に何が何だかよく分からん!!
「…通せ、書類に不備は無い筈だ」
「え」
待ってー!!意識が変な方に行っていたせいで、目の前の出来事に全く追いついていなかった!彼、命令しております、お偉いさんに!いや、確かに直前だった、後一人だったよ、前に居たの。その人はもう居ないね、多分私の後ろの人も居ないね、それは良い。良いんだよ!だから一度列を抜けた人間を通せ、と命令するのはどうなんだろうね!?確かに自分の意志じゃないよ、だから入れてもらえるなら有難いよ?でも一般的にコレ割り込みって言われるよ?イヴァンくんと言い、テラくんと言い、フクロウさんはボケなのかな!?お姉さんツッコミなんてしたことが無いんだから、やめてもらえないかな!?
「見ていただろう、この人は後一人という所でアレに連れて行かれ、難癖を付けられていただけだ。その間、貴様等は何人捌いた?本来居た人間を先に行かせることぐらい、容易ぃ…」
「黙ろうか、少年」
思わず彼の口を塞いだ自分に拍手だ。遅いとか言わないでね、これでも混乱を押して頑張ったんだ!!
「申し訳ございません、騎士様お役人様。少年、ちょーっと変な子でして…」
目を付けられるなんてたまったもんじゃない。混乱が収まったわけじゃないし、ティナの事も気になってしょうがないけど、今一番の目標は、あの小物悪役に連れて行かれるわけでも、騎士さん達に目を付けられる事でも無い。無事にサーマルクへ、アーク達の元へ行く事なんだ。
「あ、あぁ…」
「すみません、すみません、ちゃんと並び直しますから!」
「え、あ…いや、構わない。彼の事は知っているし、書類がちゃんとしていれば、貴女が先に通る事も問題無い」
「すみま……え?」
今、知ってるって言わなかった?フクロウだよね、彼。フクロウって素顔を晒さないんだよね、どういう事…?て言うか、通って良いって、何!?つか今更だけど顔晒してるね!?
「彼は傭兵なのですが、小回りが利く上に強くて、我々では面倒な相手の対応を頼んでいるんですよ」
「へ?」
「それに、皆さんも構わないと言うと思いますよ、事の顛末を全て見てる方々でしょうから」
「アース、あの貴族をああした、という事は、彼女はそれという事だね?」
「……」
こくり、と頷く掌。
「分かった、じゃあ先に進んで書類を見せて下さい。あぁ、その前に手を放してやって下さい」
「……は、え、あ、ゴメン!!」
苦笑いする国境の騎士さんや役人さんに促されるまで、頷いた掌の存在を忘れていた。ぱっと放し、慌てて謝ると、じっと見られた。いや、本当にごめんなさい。自分でも咄嗟の事だったし、もう何が何だかなんだ、ホント。
取り敢えず彼と、次であっただろう人やもう直ぐだっただろう人達に頭を下げて、促されるまま騎士さん達に着いて行った。これ以上騒げば、更に遅くなる。それは事情を知る知らないに関わらず、色んな人に迷惑が掛かる。それはしちゃいけないって、混乱する頭でも理解出来た。
…その後、無事、出国及び入国は滞りなく行った、と言っておきます、はい。かなりドタバタしたけど…二ヶ国目、サーマルク。アークに会わなきゃ、ティナを待ったなきゃ、早く、混乱を整理しなきゃ…。




