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「お迎えに上がりました」
我が家の前に現れ、膝を付いた姿勢で頭を下げた騎士は、そう告げた。彼は時の人、革命を終わらせる一撃を放った英雄だった。王家のルビーを身に付けたい彼は、現在王の騎士の一人。それが私の目の前に居る、迎えに来たと言う事は、私が王妃に成るのが確定した証…。
思わずため息を吐く。元々婚約者候補の一人であったのだし、あの方が退いた今、他の候補の中から選ばれるのは自なの事。でも…でも、だ。もしも私ではなくあの方だったのなら、きっと、否、私よりも優れた王妃に成られて、この国を、女性達を導いてくれたに違いないのだ。複数居た候補の中で、地位も名誉も実力も頭一つ飛び抜けていたあの方に、私を始めとする他の候補の令嬢達は期待をしていた。それがあの方は自らが持つ全てを投げうって、平民の地位を得た。流石である、と誰もが思った。平民の地位を得た事は、揺ぎ無い場所を得たと同意。同じ貴族の女性として、ただの女性としても、羨ましいの一言に尽きる。平民として生きて行くだけの自信と、実力が有った証なのだから。私が成る王妃の地位も、得れば王に次ぐ事になる。かと言って、私自身は女である。この世界で卑しい、愚かであると蔑まれる存在だ。王族になる為の勉強や知識は持っているつもりだけれど、果たしてあの方の代わりに務まるのだろうか。きっと期待はされている。そして、見定められる。王に次ぐ地位に相応しい人間なのか、と。
そんな多大な重圧の中で、私は彼に伴われながら登城し、メルーソル陛下と宰相と成られたルイザゼラ様に謁見した。
「アンヌ、これから共にこの国を我々の国にして行こう。私も彼も、まだまだ実力不足が否めない。だから共に作り上げていきたいんだ、協力をしてくれないだろうか」
「…謹んで承ります、メルーソル陛下。ご期待に沿えるよう、努力致します」
「ありがとう、でもそこまで肩肘を張らないで欲しい。先程も言った通り、私達は未だ現在の地位に就いて日が浅い。それ故に経験も浅い。共に経験を積んで、貴女は立派な王妃に成ればいいのだから」
「はい…ありがとうございます」
そして、当初の予想通り、私に王妃の地位が与えられた。あの方と違って、私には断る術はな無い。どれだけの重圧が掛かろうとも、私は貴族としてしか生きてはいけない。そんな自分が断ればどうなるか…簡単に想像が出来てしまう。だからこそ、受け入れた。受け入れるしかないのだ。
メルーソル陛下は優しい方だ。宰相に成られたルイザゼラ様も評判が良い方だ。だから大丈夫、きっと王妃として頑張れる、サーマルクのリナリア様の様に、何よりあの方に劣らない王妃に成ろう。
〇
イナをサーマルクへと逃がし、私も出国の準備をする。幸い、客は二組のみ、事情を話せば理解してくれるだろうから、それは心配要らない。問題は、イナと私が無事に出国出来るかという根本だ。
届いた手紙は、我が国の国王陛下、メルーソルからの物。本来王家からの物であれば、直接使いの者から手渡しされる。それをしなかった、という事がどういう事か…非公式、それこそつい最近話題に上がったフクロウが運んで来たモノだ。本当に質が悪いとしか言いようが無い。正に悪魔の手紙とでも呼んでしまおうか…そのレベルの代物だった。
内容は育ての父と血の繋がりの無い兄の処刑が決まった事。そして、王妃が決まった事……最後に、私の現在の身分を剥奪する旨が淡々と書かれていた。非公式でこの内容を私の元に届けたという事は、私の出方を見る為で間違い無い。私が元家族の処刑を悲しむとは思っていないだろうし、王妃が決まった事でどうこうするとも思っていない筈。最後だ。最後の内容だ。元父から買ったこの身分は、その父と兄が罪を犯し、ファシート家が処刑と言う形で文字通り無くなる事で無効となる、と言いたいのだ、要するに!冗談じゃない!何故理不尽な要求を聞かなければいけないの?私はちゃんとお金で買ったのに。でも、それがこの国、この世界の現状だ。犯罪者から買った身分等、本来の契約が成立するものか…と言いたいのだろう。そんなもの、言われなくても嫌と言う程分かっている。だったら、逃げてやればいい!お望み通り逃げてやろうじゃない!出方を見るなんて猶予を与えた事を後悔させてやる!…と、取り敢えずイナをサーマルクに逃がさなければと思った。サーマルクならフィルが居る、アークも居る。万が一私が行けなくても、彼等がイナを守ってくれる、そう思ったから。だから直ぐに出した。不安そうな顔をしていたけど、有無を言わせず急かした。ちゃんと後で説明する、私もサーマルクへ行くのだから。アークにも言わなければいけない事だから。
そもそもサーマルクへ行くだけなら、特に何も要らない。書類さえ有れば、取り敢えずは大丈夫だ。けれど、私は身分が無くなる。このままではこの国で生活が出来なくなる。ならばサーマルクで生活するだけのお金が必要だ。他にも、必要最低限の物を持って行かなければ。…思い通りになんか、なってやるもんですか。こちとら、一人の女として生きているプライドがあるのよ!
〇
扉を出た私は、取り敢えず真っすぐ検問所に向かった。国境にある検問所は、何度か遠目から見たことはあるけど、実際に行くのは初めてだ。不正に国境を越える事も、出来なくはない。検問所は道沿いにあるだけで、山や森、崖を越える覚悟があるなら、そっちからであれば書類も何も要らないで行ける。現に、奴隷がここを使って逃げる事も少なくないというから、人間やる気さえ出せれば何とかなるのかもしれない。私はしないし、出来ないけどね。だって、正規の方法で行けるんだから、危険を冒す必要性が無い。それよりティナだ。大丈夫だろうかと、此処に来るまでに何回か振返ってしまった。信じていない訳じゃない。でも、不安なんだ。あんな切羽詰まった表情、未だかつて見たこと無かったから。
そんな状態で、検問所の列に並んだ。審査をする為に時間が掛かる事は予想してたから良いんだけど、こうして並んでいる間に追いつて合流出来ないだろうか、なんて思っていたりする。と言うか、あの手紙に書かれていたのは何だったんだろう。勝手にシャルルさん辺りからの物だと思っていたけど、あの取り乱しっぷりを見るに違う気がしている。だって、ラス達の話では、シャルルさん達は牢屋に入れられているらしいから。そんな状態の人が、ティナをあんな状態にする手紙が書けるとは思えない。だとしたら、あんな立派な封筒……もしかして、王族の人?それならあんな状態になるのも頷ける気がする。メルーソルかルイザゼラか…でも何で?彼等だったとして、何の用?元家族に対しての何かなら、私を追い出す前に言うと思うし、そもそも追い出す必要は無いと思う。だって、捕まってるんだから。じゃあ何だろう…私に関係する事?それとも、ティナ自身?オルスタムに居てはいけないと判断したからこそ、サーマルクへ行けと言ったんだろうと思うから……あぁ、やっぱり早くティナと合流したい。私なんかより、ティナが心配だ。
どうか無事、私もティナもサーマルクへ行けます様に!




