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嵐が去った後、休息をする気分じゃなくなった私たちは、取り合えず戻った。そして、色々小言という名の心配を散々アークにされながら、営業を再開することに決めた。忙しい方が、気が紛れるってティナが言うから、ね。私も手伝うし、何よりティナがそうしたいなら従うまでだ。本当にあの宰相め、余計な事をしてくれたもんだ!二度と会う事も無いと思うけど、万が一今度あったら何か質の悪い物でもぶっかけてやろうと思っている。スライムとか無いかな、ガムでもいいんだけど!それか肥溜めの中身とか!!
「…あら?」
「どうしたの、何かあった?」
掃除をしていたティナが声を上げた。因みに今日はティナがキッチン、私はカウンターより外担当だ。
「アークってば、コレ忘れていったみたい」
そう言って持って来たのは黒い棒だった。アークは今、出掛けている。例のテントを作る為にサーマルクへ。フットワーク軽い軽い。
「…何それ?」
「あら、貴女これ見るの初めて?コレはここをこうやってこう…すると、ホラ」
「あ、デカイ針?」
「…貴女にはそう見えるのね」
はぁ、とため息を吐かれた。分かってるよ!頭の悪い例えだって言いたいんでしょ!
「…」
「そんな顔しないで頂戴、ちゃんと教えるから」
「…お願いします」
「素直でよろしい。あのね、コレは簡単に言うと剣よ。刺すためのね」
「ん?アークって立派なヤツ持ってたよね?」
「ええ。でもコレもあの人のよ。だって私が渡した物だもの」
言われて確かに、と思う。ティナとアークの身長差は、アークの胸の辺りにティナの頭がのてっぺんがくる程ある。そのティナが持っていて丁度良い長さな気がするし、何より扱いが慣れている。
「渡したって、何で?どうしたの?」
「コレ、元々は私のお母様から頂いた物なの。護身用にって。普段杖に見えるから、いざという時に使いなさい、と」
なら何でアークに渡したのだろう?そういえば、今までティナやアークから、二人の父親については何度も嫌いだと聞いたけど、母親については何も言ってなかったな。
「でもね、私、お母様の事大嫌いなの」
「え?」
「だって、私を産んだのよ?落とし子を。ただの仕返しのためだけに」
「仕返し?誰に…」
「ファシートと、私とアークの種親よ」
お口が悪いですよティナ!
「でも、ティナを産むことが何で仕返しになるの?」
「ファシートは元々お母様の家名だったの」
「え!?」
待て待て、どういうこと?混乱してきたんだけども。最近こんなんばっかり!
「前にシャルルが本妻の子だって言ったの覚えてるかしら」
「あぁ、うん。全くの血の繋がりが無いって言ってたよね」
「そう、そして兄なのよ。私よりも年上。これがどういう事か分かる?お父様は先に、伯爵の娘だった本妻に兄を産ませた。そして、その二人と共にファシートの家に入ったの。そしてお母様が落とし子を産んだ。その事で正式にファシートの家名を継いだのよ、滑稽でしょ?」
ふふふ、と笑いながら続ける。
「珍しい話では無いの。母方の方が身分が高い事も、取られる事もね。けれどお母様は、お爺様に相当厳しく育てられてきた人で、矜持が物凄く高かった。だから執事からの仕打ちも受け入れた。私を産む事でどちらにも仕返し出来ると思ったから」
「それって…」
つまり、ファシート家に成る為には、己の血が入っている子が必要だった。けど、ティナの母親は矜持が高くて、自分の誇りを踏みにじる人間をファシート家に入れたくなかった。だが騙すには子が必要だった。その時都合良くに執事によって暴行され、子が出来た。それを我が子と誤解した事で、伯爵家族は正式に公爵の座を手に入れた。だが、娘と思っていた子は自分の子ではなく、よりによって執事の子…となれば執事はただでは済まない。ティナの母親はそれを復讐としたわけだ。
「この世界の貴族の女は、ある意味奴隷と同じ」
「え?」
「恋愛結婚なんか有り得ない。お金だって自身で稼ぐ事が出来ない以上、自分のものではなく家のもの。意思なんか無い、身分と子どもを産むだけの存在。だから、そう言われてるわ」
「…改めて、最悪だね」
「本当よね」
逃げ道が無い。自ら切り開かなければいけない上に、切り開くにしても茨の道。棘がこれでもかってくらいに邪魔をして、自らの身を傷付けて漸く小さな穴が開くかどうか。殆どの人間が傷付けられると分かっているから、チャレンジしない。そこで負けなくても、穴が開かず諦める。そこで開いても、通れるくらいの大きさに出来なくて挫折する。通っても、待っているのは望んだものではないのが現状だ。だったら、と初めに戻る。堂々巡りもいいところ。
「ティナ」
「ん?」
「ティナも初めから反抗する気だったでしょ?ただヤられるだけとは思えないし、そうじゃなかったら、今の状況になってないもんね」
「ふふ、当たり前でしょう?お母様は私に王家の人間になって欲しかったみたいだけど、どうして言う事を聞かなきゃいけないのかしらね?それに、もう居ない人の話なんか、叶えて差し上げる義理は無いわ」
「あれ、亡くなってるの!?」
「あら、話してなかったかしら。私が成人した年の暮れに、野盗に殺されたのよ。お爺様から呼ばれていて、その帰りにね。まぁ、遅かれ早かれって感じだったと思うし、指示した人間が分かっているから…」
「……」
「お爺様もその時既に長くは無いって言われていたし、あの男は早く完全掌握したかったんでしょうね。そのせいで焦って娘に証拠を遺すミスを犯した訳だから、今回の王の件と言い、その程度の人間だったって事よ」
…ティナの側に、アークが居てくれて本当に良かった。私は奥歯をギュッと噛み締めて、改めてティナの手を握る。
「え、ちょっと、イナ?」
ねぇアーク。貴方はずっと彼女の側で何を思っていたの?貴方の存在は、きっとティナにとって無くてはならないものだった筈。少しだけでも、私も貴方みたいになりたい。
〇
「…掃除しちゃおう!」
イナが少し泣きそうな表情をして、それを吹っ切る様に笑いながら私の手を放した。私の話を聞いて気を遣わせたのだと分かったけれど、そこを指摘する程、野暮な事は無い。それに、私だってイナが家庭環境に問題があった事を聞いている。勿論、イナの世界を知らない私が、彼女にどこまで心を寄せられるのか分からないけれど、今のイナと同じで私も同じ事しか出来ない。それで良い。私たちの関係はそれで良い。一番良い距離で、笑い合えれば、それで…それが一番大切で尊い。
手元に有る剣を見て、過去を思い出す。ルイザゼラの事といい、ファシートは本当にろくなものでは無い。最早呪われていたと言われても納得する。そもそもこの剣はお母様が、私の王家に嫁ぎ時が満ちた時点で全てを公にして、自害する様にと持たされた物だ。ファシートの名を完全に無くす為に。完全に遂行する為に私に計画を話したその年、念願叶う事無く逝かれてしまった。…ねぇお母様。ファシートの家は、あの男たちの野望は潰えました。お母様の望む形ではなかったでしょうけれど、私、満足しております。私は生き、それでいて貴女を含めた大嫌いなファシートが全て、無くなったのですから。
「…そうね、終わったら買い物にも行かなきゃ」




