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ここに居る、彼以外の全員が首を傾げるこの状況は、恐らく他の人でも違和感でしかないと思うんだ。お忍びだとして、国の宰相様が一人で森の中に居ることもそうだし、居座ったこともそう。正直戦ったら、剣の腕はアークの方が上だと思う。前にラスたちが言っていたけど、アークの剣の腕は冒険者としてだけでは勿体ない程なんだって。でも、冒険者であれば腕が立たないと話にならないらしいから、当たり前っちゃ当たり前らしいんだけど。お荷物2人が居るとは言え、その状況下でもアークが宰相に負けるとは思えないし、それってかなり宰相にしたら痛いよね。
「ティナ、ティナ」
ちょいちょい、と手招きをして、ティナを少し離れた場所に呼ぶ。
「…どうしたの、逃げる算段でもついた?」
「待って、私そんなに逃げるの上手そう!?って、そんなことじゃなくて」
「冗談よ。でも、あの男のことでしょう?」
「うん、お忍びだとして何でここに来るの?おかしいよね」
そう、ここは森。正確に言えば、私がこの世界に来た時に落ちていた森だ。生活しだしてから一度も来たことがなくて、いい機会だからと選ばれた。宿屋も国の端に在るけど、この森も城からはそこそこ遠い。…あれ、そう考えるとラスたちよくもまあ城との距離を往復出来るな。移動手段として車は無いけど、汽車は有る。所謂、蒸気機関車ね。基本は馬車や馬っていう中世なんだか何なんだかよく分らん設定だけど、この辺ゲームの設定上どうしてこう中途半端にしたか謎でしょうがないわ。考えた人たちの好みなのかしらね?それはさて置き。
「影でも付いているのかしら…」
「影?」
「そう、王族ともなれば護衛がつくのは当たり前。宰相は正確には王族ではないけれど、城での地位は王、王妃、王子、姫に次ぐでしょう?暗殺者や前に話題になった夜もそう、彼らのように表に出ず、護衛をするのが影」
ティナが言うように、この世界は王族と言われる王、王妃を始めとする人間が一番力がある。しかも、王とその子ではない限り、この世界はお金で身分が買えてしまうのだ。その為に、身分は王、王妃、王子、姫、そして宰相の順と決まっている。王家の次に身分が高かったティナの元家、ファシート家は、宰相としてシャルルを就ける予定だったし、それがその段階では一番妥当だとされていた、というわけだけど、まぁ、叶わなかったわけで。
「…その影が居るのかな」
「分からないわ、でも可能性は高い」
「影は居るよ」
「「!!!」」
ビ、ビックリした!!思わず息を飲んだじゃないか!背後からした、急な声に、私たちはめちゃくちゃビックリした。いや、本当に!!
「ごめんごめん、急に離れてコソコソしだしたものだから、つい。でも安心して?俺の影は殆ど俺の監視みたいなもので、誰かに何か危害を加えるような連中じゃないから。それに…」
「それに…?」
「俺がここに居る理由は、本当に偶然なんだ。さっきもアークエストくんに話してたんだけど…ティアナ嬢の代わりとなる女性をそろそろ確定して、いい加減城の中を静かにさせたいと思っていてね」
「……」
ティナが黙って宰相を睨んだ。物凄くハラハラする行為だけど、正直当たり前だと思う。だってかなり無神経だもん。
「気を悪くさせて申し訳ないね。でも、貴女に対しても決して悪い話じゃない筈だ。サイラスに監視されているなんて、面白くないだろう?今の身分を買ったのに、って。まあ、俺も自分が貴女の立場なら、同じ道を通ったと思うし…」
「…貴方に、何が分かるっていうの。冗談じゃない」
ティナは完全に拒否を示した。すっとその場からアークの方へ行ってしまった。今まで一度も見たことの無い、ティナの本気の怒りを見た気がして、私も身体が震えた。体験した事もない人間が、絶対に体験しない人間が、軽々しく口にしてはいけないことを言ったのだ。ティナの触れてはいけない、彼女のプライドを傷つけた。誰だ、彼を男気があるなんて言った奴。誰だ、セクシーで優しいなんて言った奴。コレのどこが当て嵌まる?
「…あー、しまった。完全に怒らせてしまったね」
私に何を言わせたいのか分からないけど、私は誰が何て言おうとティナの味方をするから。
「怒らせたかったわけじゃないんだけど…女性って本当に難しいね。…で、君、イナだよね?」
「……」
「…君も怒ってるのかな?まあいいや、とりあえず彼女に伝えてくれるかな、お詫びは必ずさせてもらうって」
「…要らない」
「うん?」
「要らないって言ったんです。何で貴方に言われたことを守らないといけないんでしょうか。初対面で、誰かも分からないのに。だから、知らない人からの、しかも怒らせた人の言葉を伝えるわけないでしょう」
そう言って、私もティナの後を追った。そう、奴は私に名乗っていない。国民が皆、顔と名前を知っているなんて思うなよ。そんな意味を込めて、怒りで内心の焦りを隠して、言い切ってやった。私の大切な人を傷付けた奴なんか、どうなったって痛くも痒くもないわ。
○
「……」
ティナが全く喋らない。言わずもがな、奴、未だ居るからだよ!!しかも、図々しくティナに何回も話しかけてるしね!
奴の話では、お忍びで街に出たついでに、ティナの代わりとなる女性を探いていたらしい。で、適当に声を掛けたのが偶々そこそこな身分のお嬢さんで、そのお嬢さんが見る目無くて奴の嫁になる!って迫って来たらしい。それから逃げてここに辿りついたんだってさ。はっ、どうでもいいね。王族に対してもその女性に対しても失礼極まりないことだけ分かる。こんな奴がこの国の宰相っていうんだから、世界なんて目に見えてるわ。神の使いさん、頑張れー。
「ティアナ嬢、君を怒らせる気なんか全くなかったんだ、本当に申し訳ない。だから機嫌を直してくれないかな?」
無駄な色気を出しているようだけど、うちのティナさんはそんな安い手に騙される安い女ではありません。だからさっさとお引き取り頂けませんでしょうか。
「機嫌を直してくれるなら、どんなことでもするよ?例えば…先ず貴女から関心を引かせる。そうすれば、周りの…彼女だって注目されずに済むかもしれないよ?」
「!?」
私か!そうか、そういう手で来るのね。いいよ、望むところだ。私はティナとアークが言う事なら受け入れるって決めている。
「…はっ、本当に話にならないわ。貴方、本当にこの国の宰相様なのかしら。何でもするですって?だったら消えて頂ける?そして二度と私の前に現れないで。それが貴方が出来る唯一の事よ」
「…そう、分かったよ。それが望みなら、従うさ。色々悪かったね、アークエストくんも、君も」
お、ついに帰るか。帰れ帰れ、仕事しろ。国の為に身を粉にして働いてください。そしてティナ達が心穏やかに過ごせるよう、従事してくださいねーだ!田中さんがコイツを好きでなくて本当に良かった。いっぱい要らない知識を知ってることになり兼ねなかった!
「じゃあ、お邪魔しました」
そう言って、奴は無駄に色気を出しながら去って行った。




