彼の国あの時その場所で
兄二人が辞退して、俺が選ばれた。この年までフラフラしていたのが不味かった訳だが、まさか本当にこうなるとは。嫌ではないが、出来ればもっと楽がしたかった。そう言えば、陛下は一瞬きょとんとされたが、次の瞬間笑われてしまった。そして、それで良いとまで言われてしまった。お前がやりたいようにやれば良い、と。国の方向性に反する事さえしなければ、任せるとまで。陛下は中々に黒い腹をお持ちの方だ。そんな方に笑われ、任せると言われた俺は、色んな意味で大きなプレッシャーを掛けられたと気付いた。…気付かなければ、どれだけ楽だったか。
「宰相様」
そう呼ばれる度、違和感でモゾモゾした何かが腹に出来上がる。
「何かな」
それに気にしないふりをして、宰相閣下を演じる。これが違和感無く出来るようになるまでに、どれだけかかるのだろう。
「陛下よりご伝言を」
「陛下から?何だって?」
「見事だね、との事です。それから、此方を」
賛辞と、差し出された白い紙。……中には、口に出せない内容が書かれていた。思わず鼻で笑いそうになるのを堪える。陛下め、人使いが荒い。だが、お陰で俺はもう、この国の宰相として在る事に、満更でも無くなった気がする。我が国の新王メルーソルは、俺が仕える王であり、俺を退屈させない王のようだから。
「陛下に伝えて、仰せのままに、と」
〇
王に成り上がる、とはどんな気持ちだろうか。オルスタム国の新王の戴冠式を眺めながら、漠然とそんな事を考えた。普段とは違う装束に身を包み、神と民衆の前で宣言する。この日、メルーソル第二王子は、メルーソル王となった。
自らの陣営は誰一人手を出さず成したとされるクーデター。この一番大打撃を受けたのは、ファシート公爵家だったともっぱら誰もが口にする。自らの娘をメルーソルに嫁がせ、息子を宰相に据えようとしたこの家は、最早見る影もない。娘は自ら民の身分を買い、嫁ぐ事を拒否。非常に美しく、聡明な女性だったと聞くが、恐らくだからこそその道を選んだのだろう。そして、父と息子はメルーソルではなくムスカードに付いたが故に、今回のクーデターで爵位を落とし、入城は叶わなくなった。死んだ話しが上がって来ないという事は生きてはいるのだろうが、恐らくもう二度と表舞台には立てないだろう。堕ちた貴族の宿命は、大体が決まっている。
「此方でしたか」
知った声がして、思考を止め、意識を向けた。視線を向ければ、外に出ていた部下が居た。
「…お前か」
「急なお声がけ、ご容赦頂き感謝いたします。それにしても、非常に盛大ですね。街中はお祭り騒ぎです」
「それはそうでしょう、誕生祭も兼ねているのです。商売の国がこの時期を逃すわけがない」
「確かに。騎士達が気の毒ですね」
自分が属する国とは違う、この国の雰囲気。嫌いではないが、自分には合っていないと思う。そう考えれば、今の国で良かったのだろう。
「…それで、頼まれていたモノは?」
「それならばこの中に」
「そうですか」
国を出る祭、課せられたもの。この部屋の外に待機する騎士に、悟られるわけにはいかない。勿論、そこまで愚鈍ではないが、ただでさえ今この肥沃な国は、新王誕生でピリついている。下手な真似は命取りになりかねない。我々は再び、戴冠式に意識を向けた。今はとにかく、招かれた国賓として役割を果たさなければ。
〇
用意された部屋は、宿泊場所とは別に各国毎に一部屋。直接我々が新王メルーソルに見える事は無いが、戴冠式が実によく見える場所だ。そして、互いの国の監視も可能な場所であり、全てが計算されていると嫌でも分かる。我が国とは違い、華やかさと言うか、垢抜けた雰囲気があるこの国も、あながちその点でも侮れないと言う事か。
「…どう思う」
「どう、とは?」
「この新たな国の騎士達の顔だ」
我が国は他国と違い、騎士と名の付く者は居ない。しかし、自らの置かれた立場から、どうしても目が行くのはその部分だ。政治としての戦略は苦手でも、呼び名こそ違えど、同じ立場であるなら、顔を見れば状況を読める。メルーソル王は、自身の内では無い騎士のクーデターを諌めた。不満があれば、それは直ぐに顔に現れる。
「新王に、期待が持てそうか」
「そうですね…不満を持つ様には見えない気がします」
「そうだな、俺もそう思う。連日の疲れは見えるが、実に統率が取れている」
王もそうだが、恐らくは奴らを統べる長が上手いのかもしれない。シーランス、だったか。下から尊敬を集め、上からの信頼も厚いとされる騎士団長の話はよく聞く。今度会う機会があれば、手合わせをと思う相手だ。
「いつも思うのですが…」
「何だ」
「騎士というのはどうしても、相手を見下す傾向があるように思うのです。なので正直、あまり…」
「そうか、それは残念だ」
国が違えど、信念を持つ事はどの国も同じこと。我が国にいるせいで、自国が他の国の人間以上に違って感じる事も多い。この男も視野を広げる良いチャンスなのだろう。
「ならばよく見ておけ」
他国の様子を観察する事など、そう滅多に出来るものではないのだから。
〇
他国の情勢は、その国に入るのが一番よく分かる。自分の肌で感じる事が、何より大事だという事だ。何かが起こる度、それは大きなチャンスと言っていい。そのチャンスに、俺はニヤける顔を必死に抑えながら、この戴冠式に挑んでいる。勿論客として、だ。
さて、新王メルーソル・テン・オルスタム誕生は、この国にとって大きな存在となるのか。我が王の好敵手となるのだろうか。他国はどうだ。現状、他国来賓を全て別々の場所に置くその采配は、面白い。だが、その分護衛はバラける。手薄の部分をどう補っているのか。考えているのは新王と同じく新しく宰相に就いた、元大商家の三男だろうが。
「主様、顔が緩んでおられます」
「おっと、失礼」
よかった、指摘されなければずっとニヤついた変態だった。
「どうせまた、相手の考えを考えておられたのでしょう?そんな事、誰も見ていないところでやって下さい」
「癖のようなものなんだから仕方がないだろ。まぁ、少しこの場では自重するけどな」
「当たり前です。戴冠式を観ながらニヤつくなんて、ただの変態の所業ですから」
「お前な…仮にも俺はお前の主だぞ」
「勿論承知しております、主様?」
にっこり笑う家臣が憎い。だが、昔から俺に仕えるコイツは、俺の事をよく知っているからこそ、信頼も出来る。俺が宰相という似つかわしくない地位に居るのも、本来はダチだったアイツの為。そして、コイツの助言があったからだ。
「…この国は我が国と同じ立場の国です」
急にトーンを落として、真剣な眼差しを戴冠式の主役に向ける。俺も釣られるように視線を向けた。
「…そうだな、資源が違うだけで、基本的な状況は似ているな」
「その国が、世代交代をした。どう動くのか、一番見ておかねばならないのは、我が国です」
「相変わらず、俺より優秀だな」
「何を仰います、それを考えてニヤついていたくせに」
相変わらず、よく見ている。そうだ、これから我が国の王も本腰を入れて動き始める。王妃と俺と、その準備をしているわけだしな。色んな人間の色んな手腕を見られるのは、実に楽しくていい。




