2
「…なぁ、研究機関は何処が一番発達しているんだ?」
「技術力で言えば、恐らくサーマルクだろうな。いわゆる金がある国はサーマルクかオルスタムだが、扱うものが違う。簡単に言えばサーマルクは技術で、オルスタムは生物だからな」
成る程な。となれば、俺はサーマルクへ行きたい。だが、コイツらは許してくれないだろう。俺は目の前の将軍、ガーライルを盗み見た。
母さんと共に、気付いたらこの国、ウィンファルターの城の前で倒れていた。慌てて母さんを起こしたところに、城の門番がやって来て、俺を見るや城へと招き入れた。その時母さんとはバラバラな所に通された。俺は応接室、母さんはあろう事か牢屋へ。事情がよく分からなかった事もあって、母さんがまさかそんな場所へ連れて行かれたとも知らず、俺は現れたこの国の王という存在に緊張していた。
「よく我が国に参られた、神の使い殿」
「……は?」
思わず、何を言われたのか全く分からなかったせいで、間抜けな声を出してしまった。緊張していたから、事態が飲み込めていなかったから、今思えば馬鹿らしいその状況が、何より情けないのは言うまでも無い。その後、王、ジャルガートから直々にこの世界の話を聞いた。異世界である事は何となく理解はしていた。日本にこんな西洋の城みたいな場所で、こんな格好をしている人間なんて無い。慣れた違和感の無さは、コスプレでは有り得ない。だからか、入ってくる内容が阿呆でも、一応状況把握としては出来るものだった。
俺達が現れた時、その場が光ったのだそうだ。其処に俺と母さんが居た。そして、その俺の右手の甲には、今まで見た事もない黒い模様が有った。指摘され、ギョッとして服をめくれば、その模様は肩まで伸びていた。それで神の使いで間違いないのだと認識されたわけだ。その時はもう、状況把握と自身が訳の分からない存在だと分かっただけで良かった。だから母さんと取り敢えず住む場所を、と考えた。だが、目の前の王はニヤリと笑って俺に言った。
「話を聞いていなかったのかな、神の使い殿は」
「は?」
「この世界、女は卑しい存在であるとされている。それが例え、神の使いという神聖で貴重な存在の母親であったとしても、だ」
「なっ!?冗談じゃない!」
「今説明した内容に、嘘も偽りも無い。まして、冗談などでも無い。直ぐに理解しろと言う方が無理かもしれんが、少しは己の置かれた環境を理解した方が良いだろうな、若き神の使い殿?」
馬鹿にされたのだと、直ぐに理解した。あぁ、直ぐに理解してやったさ、自分がこの男に良いようにされようとしているのを。だから取り敢えず、その場は一旦冷静になるように努めた。兄さんがよく言っていた、相手のペースで物事を進める程不利な事は無い、という言葉を思い出して。相手が何であれ、取引は上手くやってやる。俺には今、守らなければならない相手がいる。それを切り札に向こうは仕掛けてくるだろう。だったら、こちらもそれを切り札にしてやるまでだ。
その後は、母さんの処遇についてや俺の処遇についても、しっかりと話をつけさせてもらった。急に冷静になった俺に、ジャルガートは面白がっていたようで、その場としては上手く言ったと思っている。お陰で、城の中であれば、例え母さんが居る牢屋でさえ、自由に行き来出来る。母さんには不自由な思いをさせてしまっているけど、同じ境遇の女性が牢屋には何人もいて、母さんはその世話をする事で気を紛らわせていると言っていた。不謹慎なのかもしれないけど、と。
「此処の環境は、正直良いものでは無いわ。でもね、そこの妊娠している人が言うのよ、新しい命が生まれてくることが楽しみだって。生きる支えだって。女性であれば辛いことになってしまうかもしれない。でも、生まれてくる命に罪は無いし、幸せになって欲しいと思うのは、母親の性よね。私もよく分かる」
「母さん…」
「もし、貴方だけでも助かる術があるなら、迷わずそれを取りなさい」
「ちょ、ちょっとなに言って…」
「最後まで聞きなさい。母さんだって、簡単に死んでなんかやらないし、助かるなら助かりたいと思う。だけど、自分か愛する息子か選ばなければならないなら、迷わず息子を取る。それが母親の仕事だと思っているから、この考えは誰がなんと言おうと曲げるつもりは無い。いい?さっきも言った様に、母さんは此処で、他の人達と耐えてみせる。だから、貴方は母さんの事なんか考えず、自分がやりやすい様にやりなさい」
母さんは、自分が居る事で俺が何かと不利になると分かって言った。誰かから聞かされたのか、それとも自身でそう思ったのかは分からない。でも、そう思わせてしまってる事は事実で。それが何より心苦しかった。だから、その日から俺は女性の保護をするよう、ジャルガートに訴えた。少しでもちゃんとした医療を受けられる様に、安心して子供が産める環境を整えたくて。話によれば、昔に比べ下火になっているとは言え、女性の死亡率は相変わらず高いとされている謎の病気も解決していない。
その事も真剣に考えていた時、スペルリングの神の使いの父親が、何処かの国に居るようだ、という噂が出回っていると、王妃であるサフィルカから聞いた。王妃、と言われているが、れっきとした男であり、軍事国家であるこのウィンファルターにおいて、軍師の様な役割を担っている。総指揮官が王のジャルガート、軍師である王妃のサフィルカ、そして現場指揮官の将軍であるガーライル。この国のトップ3は、何とも凛々しいと思う。脳筋かと思えば当たり前だがそうでも無い。其々小姓の様な存在が居るが、その彼等も兵隊である事は言うまでも無い。中々に統率のとれた大きな組織だと思う。まあ、阿呆な事さえ無ければ、の話だが。
話を戻して、スペルリングの神の使いの存在は既に聞いていたから驚きはしない。俺と同じ存在がもう一人居る、その事実を知った時は、もしかして自分と同じ様に何処か違う世界から来てたりして!?なんて思った。そうは思っても、俺には連絡する手段が無い。城から出られず、メールが無くて手紙しか手段が無いこの世界で、外の人間とどうやって連絡を問い合うと言うのだ。相手だってきっと境遇は俺と一緒だろうし。そして、そうこうしている間に、また新しい情報が入った。オルスタムでクーデターが起こり、政権交代が成されたと言う事だ。
「ムスカードではなく、第二位だったメルーソルが王となった。否、未だ戴冠式が成されていないから、一応、と言うべきか」
「其々の国に、同世代の王が立つ、か…何か動くかな」
「取り敢えず、他国からの女の保護を行う理由について答えるべきか。まあ、同じくスペルリングも用意しているだろうが」
「ふふ、そうだね。それよりガーライル」
「は」
「我が国の神の使い様は、いつまであの赤子を抱いてるの?」
そう、俺は今、先日牢屋で生まれた子供を抱いている。子供は男の子だった。
「母親に返してやれ、お前が奪ってどうする」
ジャルガートがニヤニヤと笑いながらこちらを見る。相変わらず、人を馬鹿にした様に笑う奴だ。フンと鼻を鳴らし、俺は無視を決め込むことにした。そして、この子の為にも俺はサーマルクに行きたいと、改めて思った。




