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まさかこのタイミングでイナに打ち明ける事になるなんて、思ってもみなかった。俺は元々口下手で、普段は言葉が出てこない事も多い。だが、王としてそれでは駄目で、王になった時だけ、偉そうに話す事が出来る様に、一生懸命努力した。王になる一年前に。そしてそれは上手くいった。だが、王になって分かったのは、自分の国がいかに愚かな国か、という事だった。
王妃の座を買ったリナリアは、話の分かる、ティアナ嬢のような賢さを持っている。彼女から、自分は様々な国を見てきた経験があるから、貴方も行って視野を広げてこいと、半年前に国を追い出された。…追い出された、と言うか、戻ったら一緒に何とかしよう、と、一年という期限で、国を引き受けてくれた。周りは貴方は騙されていると言ってきたが、だったら何故リナリアは買った?と相手を黙らせた。嫁いできたわけではない、その座を買った彼女は、ティアナ嬢と同じ、その役職が欲しかったのだ。しかもそれを買うには、誰に支払うのか…王である。当時は俺ではなかった王から、彼女は買った。そしてその直ぐ後に、俺は王となった。彼女は国が欲しいのではない、ただ変えたいのだとどうして分からない?敵しかいない王宮に、莫大な費用を掛けてわざわざ入る事は、正直頭がおかしくなければ出来ない。そんな事すら、俺の周りは気付いていない。否、気付かないフリをしているのだ。そんな奴等と彼女とでは、信用の度合いも違うに決まっている。
勿論イナのように、完全に信用しているわけではない。だが、信用出来る存在だとは思っている。だからこそ、俺の幼馴染の宰相を付けているのだ。時々二人から様子を探る鳥が来るが、何か言ってくるわけではない。…そう、だから今日のように騎士が来る事はあり得ないのだ。あの二人は、俺の事を知っていたにも関わらず、俺に説教と、あろう事かイナを侮辱した。身の程知らずだという怒り以上に、イナへの侮辱が許せなかった。
異世界から来たという彼女は、とても変わった人だった。先ず、彼女は元から無意識に、気配を隠している節がある。俺の周りは、俺も含めそういったことに敏感な人間が多いから、他の人間もその事に気付いているようだが、けっして害や悪意がある訳ではなく、自分の存在をただ無くそうとしているような、そんな雰囲気だ。そしてそんな彼女が、俺を可愛いと言う。見た目で女性には怖がられて来たし、男も怯む事が多いこの見てくれが、まさか可愛いと言われる日が来るとは思ってもみなかった。萌え、とか何とからしい。可愛いと言われるのは恥ずかしいし、男としても止めてもらいたいが…。
極め付けは、神の使いやその身内と知り合いだと言う事だ。正直、神の使いは喉から手が出るほど欲しい。その切り札たる父親が自分の手元ある現状は、非常に美味しい。だが、イナのことを思うと…神の使いにも、個人的には嫌な感情しか浮かばない。本人がもう家族ではないからと笑って言うから、俺も、ティアナ嬢達も過敏に反応はしないのだが。
兎にも角にも、そんなイナとの関係が壊れなくて良かった。俺に沢山の感情を与えてくれるこの腕の中に居る存在を、俺は失わずに済んだ。それが何より嬉しい。
「…良かった…」
〇
「…まずい事になったわ」
戻ってきたティナの第一声がこれだった。その場の全員が、何事かと此方を見ている。止めろ、嫌な予感しかない。
「…聞きたくないが、言うんだよな?何だ?」
「当たり前でしょ、そうじゃなかったらこんな入り方しないわよ」
ふう、と溜め息を吐き、持っていた荷物をカウンターに置いて、そのまま椅子に腰かけた。
「…どうやら、近い内に王家の人間が市井に視察に来るらしいわ」
「おいおい、名ばかりの人探しか、税金の値上げだろ…」
「今回は両方でしょうね。イナも今回取れてれば外に出したいわ」
「だな、此処には間違いなく寄るだろうからあの人も一緒に、と行きたいところだが…」
「出せるとしても一緒は駄目ね。まぁ、誰も許さないと思うけど…」
事情を知る人間は少ないが、俺も勿論拒否する。誰が一緒になんかさせてやるか。もし万が一にも詫びようと思っていたとしても、させたくない。今が穏やかである以上、思い出す必要はない。本人の罪悪感で相手のトラウマを呼び起こす事なんか許されない。
「…で、あの人はどうなの」
「進展あると思うか?ある訳ないだろ、常に現実逃避ばっかりしてる奴に」
「何でかは分からないけれど、こういう時って女の人の方が優れてるらしいわよ」
「それは言えてるかもな、人によるのかもしれないが。アレを見ていると同じ性別である事が嫌になる」
「貴方が女に?止めてよ、笑い死にさせたいわけ?」
「そこまで笑いそうなのかよ」
軽快な会話は楽でいい。ティナやサラもそうだが、イナが来てからはイナもそこに含まれた。お陰様で日々退屈や堅苦しさも無く、俺は変わらず快適に暮らせている。堅苦しさを無くす為に今に至るのだから、此処に来たのがイナで良かった。だが、アイツは別だ。俺がこうも嫌うのは理由がある。一番初めに話をした時、アイツはスペルリングへ行く為の協力を俺に求めた。出来る限り早く家族の元へ行きたいのだと。俺もティナも家族というものに対して特別な感情は無い。だが、あの男から告げられた言葉が、俺の苛立ちのポイントに触れたらしい。何もしない癖に、してこなかった癖に、言うことだけは家族家族と、いかにも家族を大事にしていますアピールのようで気分が悪くなった。勿論協力は惜しまないさ、イナから離すためにな。その話をしたら、ティナは意外そうな顔をして、俺が怒る事が珍しいと苦笑いしていたのを思い出す。確かに俺はあまり怒らない。ティナが代わりに怒ってくれる事が多いから、というのがあると思う。…決して感情が乏しいわけではないと思いたい。
「…兎に角、貴方の好き嫌いどうこうじゃなくて、隠しきれない今回をどう凌ぐか。来るのが誰かにもよるけれど…少しでも話が分かる奴ならいいわね」
「そうだな。お前の心中を察するに余りあるよ」
「要らないわよそんな余り」
元令嬢様はふんっと鼻息荒く言い放つ。我が腹違いの妹様は心強く育ったものだ。クズでカスだった父親の血を受け継いで、よくもまぁ俺たちはこうして逞しく生きていると思うよ。反骨精神とはつくづく馬鹿にならないと身に染みる。因みにだが、その父親はティナが自身を暴露したのを機に…消された。文字通り、この世から抹消されている。当たり前だ、例え蔑まれた女とは言え、主人の妻に手を出し、挙げ句の果てに落とし子まで作りそれを主人の子と偽って育てさせ、あまつさえ歪んだ欲望の為に己の子に手を出した、生粋のクズなのだから。そのことに対して俺もティナも、あぁ消されたのだな、程度だし、そうなる事は遅かれ早かれ決まっていたのだから、やっとかという思いもある。その妹様の元婚約者である第二王子なら、話は通じやすいのだが、コイツは複雑だろう。何せ、本人ではないかもしれないが、サラを付けている張本人なのだから。
「…冗談じゃなく、余って済むなら余らせてやるわよ」
「そうだな…」




