第一章 十四節
「はい。コレ。あなたの服です。洗濯しておきました」
洗濯籠を下に置いて、雪ちゃんがホムンクルスの少女へと差し出したのは、丁寧に畳まれた軍服だった。
「あ、それ。僕の・・・・・」
少女が一瞬、戸惑ったような表情を見せて、雪ちゃんから軍服を受け取ると、まるで迷子だった子供がよく知ってる道に出た時のような顔で軍服を抱き締めた。
それは自分の存在意義を取り戻したかのようで、そのことを察してしまった俺は、少し複雑な気持ちになる。
「ありがとう!」
花が綻ぶような満面の笑みを浮かべる少女に対して、微妙に表情を曇らせたのは雪ちゃんだ。
「そんな。別にお礼なんて要りません。これがわたしの仕事ですし。それに・・・・・・」
雪ちゃんがそう言い淀むと、少女から目線を逸らし、小さな声で呟いた。
「ズルイです。そんな顔されたら、あなたのことキライになれません」
「え?」
その声を聞きとがめたのは俺だった。
少女は気付いていないのか、幸せそうに自分の軍服へと顔を埋めている。
「な、な、なんでもないです。―――――遊庵さん! 女の子の独り言を盗み聞きするなんて良くないですよ!」
「や、盗み聞きするつもりなんてないよ!? たまたま聞こえちゃっただけで」
「私からすれば同じことです! つ、次からは気を付けてくださいね」
「ああ、うん。良く分からないけど、気を付けるよ」
顔を真っ赤にしつつ、捲くし立てる雪ちゃんの剣幕に圧され、俺は思わずそう答えてしまう。
何だろうな。本当に良く分からない。
俺の聞き違いじゃなければ、雪ちゃんは『あなたのことキライになれません』と言った。
キライになれないってことは、キライじゃないってことだ。
そもそも雪ちゃんはアキのように、ホムンクルスを目の敵にしてはいない。
そりゃ雪ちゃんだって、ホムンクルスに思うところはあるだろう。
とはいえ、雪ちゃんはホムンクルスが人間社会で果たしている役割を良く理解していたし、あの紛争を起こしたのが人間だということもきちんと解っている。
それにホムンクルスであるマグノリアともそれなりに上手くやっているし。
そんな雪ちゃんが、この娘のことを無理にキライにならなければならない理由がどこにあるんだ?
本当に女って良く分かんね。どこが単純なんだよ雪ちゃん?
「そ、それじゃ、私、医務室のシーツ交換しなくちゃいけないので」
雪ちゃんは俺へと向けて、素早くお辞儀すると、そそくさと医務室へと入ってしまう。
あー、そういえば俺もマグノリアから話聞かないと。
多分、雪ちゃんに聞かれてマズイ話でもないだろうし。
俺は何となく、そう判断すると、閉じられた鉄扉を開けようと、手を伸ばした。
その時。
「キャー、雪ちゃん! どうしたのー?」
という嬌声はマグノリアのもの。
「あ、えっと。シーツを換えに―――――」
という雪ちゃんの声を遮るようにして、再度、マグノリアが声を上げる。
「今日はなんていう日なの!? まさかの女の子デイ? 神様有難う! これはここぞとばかりに、日頃不足しがちな女の子成分を吸収しなければー」
「ちょ、マグノリア邪魔です! 私はシーツを、シーツを換えなければ」
「そんなの後よ。後。今から抜き打ち人間ドックです! どうせシーツも汚れるんだしぃ?」
未成年に何さらす気じゃ!? あのエロホムンクルス!!
俺はマグノリアの凶行を阻むべく医務室へと乗り込もうとして、待てよ。と思い止まる。
いや、ここは敢えて、佳境に突入するまで待って、ここぞって時に乱入したほうが、イロイロとエロエロなのでは?
そう思った俺に、ホムンクルスの少女の視線が浴びせられる。
キョトンとした顔で、何してるの? と言わんばかりの表情で俺を伺い見る。
う。そんなイノセントな目で見られると・・・・・。
俺は仕方なく、鉄扉をドンドンと叩くと「マグノリア何やってんだ! 雪ちゃんを解放しろ!」と、叫ぶ。
「ヒッ! 遊庵さん? 今ドア開けたら、絶交ですからね! 絶対に開けちゃダメですよ!」
「いや、でもマグノリアの魔の手から雪ちゃんを助けないと」
「いえ、結構です。自分で何とかしますから!」
鉄扉を挟んで、そんなやり取りをしていると、扉の向こうから、
「ぐぬぬぬ」と、唸るような声が聞こえてきて、
「そ、そんな!? 雪ちゃんの華奢な体のどこにそんな力が!?」
驚愕の声を上げるのはマグノリアだ。
「ちょ、ちょっと、雪ちゃん。待って! それはキャビネットの一輪挿し。それで何を――――――!」
――――ゴメッ!
というような音がして、やおら医務室内が静かになる。
ギイと軋むような音と共に鉄扉が開くと、そこには憔悴しきった雪ちゃんの姿があった。
「むー。ちょっとしたスキンシップじゃないのー。ひどいよ雪ちゃん」
医務室の丸イスに腰掛け、自分の頭部をさすりつつ、マグノリアが涙目でそう言った。
「どこがですか! 股に脚を割り入れておいて、何言ってんです!? 私、本気で貞操の危機を感じてましたよ!?」
「またまたー。大げさなのよー」
とか言いつつ、世間話をするオバさんのように手を振る。
俺は「あら? ○○さんの奥さん!」とか言い出しそうな、その仕草にマグノリアの実年齢を垣間見たような気がした。
とはいえ、そんなことはいいのだ。
いや、雪ちゃんの貞操関係はかなり重要な問題だが、それはともかくとして、だ。
「まぁ、マグノリアの凶行は後で双葉さんに報告しておくとして、まずは俺の用件を済ませてもらいたいんだけど?」
「ああ、その娘のことね?」
雪ちゃんと並んでベットの上に腰掛ける、ホムンクルスの少女へと、マグノリアが視線を向ける。
ちなみに俺は、医務室の入り口近くの壁へと、もたれ掛かっている。
「ま、その娘だけじゃなくて、ホムンクルス全般に言えることなんだけど、ホムンクルスはその用途に応じて、様々な調整を受けているのは知ってるでしょ?
人がホムンクルスに求めている機能は『使い捨てに出来る人間の代替品』だわ。
もし、感情のないただ命令に従うだけの兵隊が欲しいなら、それこそ精神感応波で動く無人機や、肉人形で十分なはずよ?
とはいえ、感情豊かであることと、感情を制御できないということは別の話。
ホムンクルスに心を必要とするのは、ホムンクルスに心が必要だからじゃなくて、心のあるホムンクルスが人間に必要だったから。
だから、ホムンクルスは人間の都合良く調整される。
そして、その手段は様々だわ。それは投薬であったり、カウンセリングであったり、洗脳であったり、または、心を肉体から隔離するための制縛呪術だったりするのよ。
特に制縛呪術が感情制御に取り入れられるようになってからのホムンクルスは悲惨だわ。
例えば、制縛呪術を掛けられたホムンクルスが、怪我をしたとしましょう。
そのホムンクルスは『イタイ』と感じるわ。
だけど、それが自分のものだと実感することが出来ないの。
それは全てにおいて同じよ。
料理を食べて『オイシイ』と感じても、実感が出来ない。
花を見て『キレイ』だと感じても、実感が出来ない。
実感できない感情なんて、ただの『紛い物』でしかないわ。
でもそれが、ホムンクルスにとっての普通なのよ。
だから、ホムンクルスは自分の感情を置き去りに、人間が出す都合の良い命令を、優先させることが出来るの。
死ぬことの恐怖も、殺すことの罪悪感も彼女は感じてはいたけど、実感は出来ていなかったはずよ?」
マグノリアにそう聞かれ、ホムンクルスの少女が勢い良く、首を縦に振っている。
「でも、それも遊庵に接続端子を無理やりブッコ抜かれるまでの話」
「ええっ? ちょっと待ってくれ! その呪いってのは、んな簡単に解呪できるような代物なのかよ?」
「ううーん? 何ていうか、解呪の条件の一つに、死んだら解けるっていうのがあるのよ」
「えっと? 彼女、ピンピンしてますが?」
「でも、一回、仮死状態にはなってたわよ? 彼女。その時に解けたんじゃない? 多分」
「ええっ!? 仮死状態って? それってやっぱ俺のせいか?」
「何言ってんの。そうに決まってんじゃない? でも自己嫌悪で凹むのは後にしなさい遊庵。彼女は生きてるんだから。彼女はね。すごく戸惑ってるの。感情がダイレクトに体へと反映されることにね。
しかも、この娘。見た目こそ、13歳ぐらいだけど、実際その半分も生きてればいい方ね。稼動してからいいとこ5、6年ってとこかしら? 知能が高くても精神年齢が付いてってない状態よ? しかも感情を制御する術を全く知らない。あなたにきちんと面倒見れるかしらね?」
マグノリアがどことなく楽しそうに見えるのは気のせいか?
ともかく、俺はマグノリアのその言葉に、この艦にいる5、6歳ぐらいの女の子がどんな感じだったかを思い出す。
該当者は俺が知る限り2人、詩織と茜の双子の姉妹だ。
2人はやたらとオシャマさんで、大人たちの話を良く聞いており、時々こっちが慌てふためくような質問をしてくる。
時に整備士のおっちゃん達を言葉のナイフでブッ刺し、核心を突いた一言で妙齢の女性クルーを撃沈する。
彼女らに本当の意味で対抗出来るのはアキのみだろう。とはいえ、一対一なら容赦なく髪の毛引っ張ったりして、圧勝を納めるもアキも、この前、2人掛かりで報復を受け、用意周到な追い込みを掛けられたアキは、2人にパンツを剥ぎ取られたりしていた。
ある意味無敵だな。あの2人。
ちなみに俺だって、2人の毒舌の被害者である。
忘れもしない。
「ユアンってー、しすこんよね? いいイミで」「そうよねー。いいイミで、しすこんだとおもう」
「なんか、きもいよねー?」「ねー」
脳内で声がリフレインする。
いい意味なのに、キモイのか?
容赦ない。子供って容赦ない。
俺は壁に背を預けたまま、ズリズリとずり落ち、ついには床の上に腰を落としてしまう。
「自信ない」
思わずそう呟いてしまう。
「はい。じゃ私が面倒見ます!」
そう挙手をして言ったのは、雪ちゃんだった。




