第一章 十三節
俺は医務室の前で、居ても立ってもいられず、落ち着きなく右往左往していた。
2人が何を話しているのか、もの凄く気になるが、だからと言って盗み聞きをする訳にもいかず・・・・・、
鉄扉の向こうから時おり、漏れ聞こえてくる少女のすすり泣く声に、心臓を見えない手で、ギュッと強く握られているような気分になる。
これじゃ、まるで量刑判決を待つ犯罪者の気分だ。
―――――って、なんで俺、すでに有罪確定してんだよ?
でも、泣いてる女の子に「お前が悪い」なんて言えねぇし、俺が悪いってことでいいような気がしてきた。
そもそも、何であの子いきなり怒りだしたんだ?
「あーもー。女の子って、わっかんねーなっ!」
思わず、愚痴が漏れる。
「そうでもないですよ? 男の子が思ってるより、女の子って意外と単純なんですよ?」
という声はすぐ横からした。
「うわぁ!」
思わず悲鳴をあげる。
見ればそこには、洗濯籠を抱えた、黒髪を三つ編にした10歳ぐらいの少女が立っており、そのすぐ隣には、6歳ほどのヤンチャそうな男の子が、俺に向けて「あっかんべー」をしていた。
「ユ、ユキちゃん。いつからいたの? 驚かさないでくれよ」
「えっと。いちおう声を掛けたんですけど。聞こえてなかったみたいですから」
「う、あ。ゴメン。考え事してたから・・・・・・・」
その間にも、男の子は俺の足をゲシゲシと蹴っていて、いつもの俺なら、少し付き合って遊んでやるのだが、今はどうにも、そんな気分になれなかった。
「えっと? 洗濯物?」
「あ、はい。あのホムンクルスの娘の軍服と、ベットの替えのシーツです」
「ああ、そうなんだ」
「ユアンさんは、お見舞いですか?」
「あー、まー。そんな感じかな」
「どうして外に? 部屋に入らないんですか?」
「うーん。取り込んでるみたいで、締め出されたんだよね俺」
「じゃ、わたしもここで待ってた方がいいですかね?」
「うん。そうだね。・・・・・・ところでユキちゃん? さっきのことだけど」
「さっき?」
「あ、ほら。『女の子が解らない』っていったら『そうでもないですよ』って・・・・・、あれ、どういうこと?」
「んふふー。気になります?」
「う、うん。なる、かなー?」
「教えてあげません」
にっこり笑顔で断られた。
やっぱり女ってわかんねー。
片っ方はホムンクルスで、もう片っ方はまだ子供だけど、結局、女であることに代わりはないのだ。
俺はこっそりと嘆息した。
―――――と。
突然の衝撃と共に俺の爪先へと激痛が走る。
「痛って。何すんだアキ!」
見ると、男の子が俺の爪先へと踵を落としていた。
少し頭に来た俺は、いつもより少し力を込めて、アキへとチョップを落とした。
この2人は姉弟である。
顔は何となく似ているが、性格は正反対だ。
しっかり者の姉に、やんちゃな弟。
特にアキのイタズラには、ほとほと困らされていた。
俺を見つけるとかならず、今みたいに蹴りを入れて来るし、同じ年頃の女の子をいじめて泣かせたり、双葉さんのスカートを捲ったり、マグノリアの胸を触ったりとやりたい放題だ。
ま、一度、姉ちゃんにカンチョーして、思いっきりぶん殴られてたけど。
あの人、本気で大人げないからな。
姉ちゃん、アキをシメていい気になってるところを、双葉さんに見つかって正座させられてたけど、そん時、姉ちゃんは「これはアレよ。教育よ。そう。キョーイクの一環なのよ」とか、目を逸らせつつ、言ってたっけ? それが単なるウソだってことは誰だって分かる。カンチョーされてムカ付いただけだろう。
ちなみにアキが姉ちゃんにイタズラしたのは、後にも先にもこの時だけだ。
俺にチョップを落とされたアキは、涙目で俺のことを見上げつつ、睨んでいた。
そこにはチョップされた以上の怒りが滲んでおり、俺はやっぱり嘆息した。
なんなんだろな今日は。えらく人に怒りを買われる日だな。
「ユアン! お前、見損なったぞ!」
アキはポロポロと大粒の涙を落としつつ、それでも俺をしっかりと見据えて怒鳴る。
「何の話だよ?」
「ホムンクルスだよ! お前、なんでホムンクスルなんか助けたんだよっ!」
「なんだぁ? お前、そんなことで怒ってんのか?」
「そんなことって何だ! 俺の父ちゃんと、母ちゃんはな。ホムンクルスに殺されたんだぞ!」
「知ってるよ。でも、そのホムンクルスは姉―――――――じゃ、なくて艦長がその場で始末してるぞ? 俺が拾って来たホムンクルスは、お前の両親を殺したのとは別の個体だ。お前だって、判ってるだろ?」
2人は4年前、紛争地から姉ちゃんが拾って来た戦災孤児だ。
その当時、6歳ぐらいだろう姉のユキならまだ記憶もはっきりしてるだろうが、アキは2、3歳ってとこだ。
記憶が残ってるかどうかも怪しい。
両親がいなくて寂しい思いをしているのだろうが、それとこれとは別の話だ。
「違うよ! ホムンクルスは敵なんだ! やっつけなくちゃ駄目なんだよ!」
「ふーん。じゃ、マグノリアもやっつけんのか?」
「マ、マグノリアは特別だよ! 良いホムンクルスだから」
「何だそりゃ? 別にいいけど。でもよ。お前のいう『特別』ってのに俺が拾って来たホムンクルスの娘は入れちゃくんねーのか?」
アキが一瞬、困惑顔になって、それでも何かを言おうと口を開いた瞬間、ギィ。と軋んだ音を立てて、鉄扉が開いた。
そこから気まずそうに顔を出したのはホムンクルスの少女だった。
この少女が俺の拾って来たホムンクルスだと、気付いたのだろう。アキがポカンと口を開けて固まる。
どうやら想像してたホムンクルス像と、かけ離れていたようだ。
アキはともすると、ホムンクルスを得体の知れない怪物のように思っていたのかもしれない。
さっきの『マグノリアは良いホムンクルス』っていうのも、本気でマグノリアだけが特別なホムンクルスだと思っていたに違いない。
難しい顔して唸り出したアキに、ホムンクルスの少女は戸惑いの表情を浮かべている。
「あ、あの」
と、アキへと声をかける少女。
「あー、もー。わっかんねー。わっかんねーよ!」
アキがそう叫んだかと思うと、ホムンクルスの少女を、キッ! と、睨み付け、勢い良く少女のスカートを捲った。
バッと翻るスカートに「ひゃう」と悲鳴を上げる少女。
慌ててスカートの裾を押さえる。
思わず「おお!」と小さく声を上げてしまった俺に、ユキちゃんのジト目が突き刺さる。
俺は素早く横を向くと「コホン」と咳払い1つ。
うう。バツが悪い。自分の煩悩を恨んでしまう。
その間に、アキは逃げ出していて、少し離れたところで立ち止まると「バーカバーカ! ユアンのバーカ」と言って、さらに駆け出す。
あー、何か昔の俺見てるみたいだ。イヤなこと思い出しちゃったよ。マグノリアと初めて会った時に俺、アキと同じことしたなー。スカート捲り。
姉ちゃんに思いっきりブン殴られたっけ。この場合は俺がアキにゲンコツ落とした方が良かったんかな?
でも、そのことを思うと、姉ちゃんとマグノリアが俺をおちょくる理由が解ったような気がする。
姉ちゃんやマグノリアにしてみれば俺という存在は、俺にとってのアキみたいなものなのだろう。
そりゃ、ヤメられんわなー。俺をおちょくるの。
意外でもなんでもない事実に気付いた遊庵は、今日だけで、何度目かもわからないタメ息を吐くのだった。




