第一章 十二節
俺は我へと返ると、マグノリアへと棘のある視線を向けた。
どうせ、マグノリアが彼女に余計なことを吹き込んで、俺を困らせようとしているんだと思ったからだ。
視線を向ければそこには、静かに微笑むマグノリアの姿があった。
てっきり笑いを堪えているものとばかり思っていた僕は少し、動揺した。
マグノリアの、その表情がどことなく寂しそうに見えたから。
その表情に、なぜか心が締め付けられる。
マグノリア・・・・・。 どうして、そんな悲しそうな顔してるんだよ?
俺は何かを言わなければと思い、口を開きかけたものの、結局、何を言えばいいのか分からなくて、俺は黙っているより仕方がなかった。
俺はゆっくりと息を吐く。
そうして俺は、どうにか気を取り直すと、本来の目的を思い出していた。
「マグノリア。少し、彼女を借りたいんだけど、連れ出して大丈夫かな?」
「ええ。少しなら問題ないわ。一応、彼女、病み上がりなんだから、あんまり無理させちゃ駄目よ? エッチはほどほどにね?」
目を細め、揶揄するような、いつもの笑み。
「だーかーらぁ! なんで姉ちゃんもマグノリアも、揃って同じようなこと言うんだよっ!?」
顔を赤くしてムキになる俺の様子に、マグノリアがクスクスと笑う。
そこには、いつものマグノリアの姿があった。
俺は思わず安堵する。さっきの悲しそうな顔は俺の勘違いだったんだろう。
―――――と、俺は視線を感じて、斜め後ろにいる、ホムンクルスの少女へと顔を向けた。
途端、プイと横を向かれてしまう。
彼女の怒ったような横顔に、俺の背筋をどういう訳か冷や汗が流れた。
「えっと? どうしたの?」
オズオズとそう聞く俺に、
「何でもないっ!」
と、声を荒らげる。
「何でもないってことないだろ? 現に君、怒ってるじゃないか?」
ホムンクルスの少女の、いきなりの訳が分からない態度に、さすがに俺もムッとする。
これから、この艦の先輩として振舞う気、満々の俺としては、新入りにここで嘗められる訳にもいかない。なにしろ最初が肝心なのだ。
「お前な―――――」
声を上げようとした俺に、マグノリアの声が掛かる。
「遊庵。悪いんだけど、ちょっと出ててくれるかしら?」
「マグノリア。何でだよ? 俺は彼女に用があって―――――――」
「そんなケンカ腰では、彼女が怯えてしまうわ」
何だよ? これじゃ俺が悪いみたいじゃないか。
「・・・・・・もういい。分かったよ、マグノリア。でも、後でちゃんと説明してもらうからな?」
「ええ、もちろんよ。あなたにも関係あることですからね」
俺は踵を返すと、少女には一切、目もくれず、鉄扉を押し開けると医務室を後にした。
なんだよアイツ! 僕のことを無視した!
マグノリアとはあんなに楽しそうにしてたのに!
ううー、何なんだよ! もう!
・・・・・・・・ホントに、なんなんだよ。無視することないじゃないか。
さっきまで、あんなに腹が立っていたのに、今はどういう訳かすごく悲しい。
うんん。それだけじゃない。
モヤモヤとした何かが僕のお腹の中をグルグルしているのだ。
ああ。駄目だ僕。
なんかオカシイぞ?
感情がコントロール出来ない。そんなのホムンクルスなら出来て当然なのに。
そう言えば、僕、ここに来てから投薬治療受けてないや。
催眠療法も、同位体によるカウンセリングも。
ああ。絶対そのせいだ。
早く原隊に戻らないと。
このままだと、僕は壊れてしまう。
もう一度調整を受けて、元の僕に直してもらわないと。
戦えなくなったらどうしよう?
戦えない僕に存在価値はない、分解処理されてしまう。
そんなのはイヤだ。僕はまだ戦える。
僕は戦争用品。僕を殺すのがシゴト。僕に殺されるのがシゴト。
ううう。気持ち悪い。どうなったんだ僕は? なんで僕は生きてるんだよ? どうして生きていたいって思うんだよ? どうして殺したくないって思うんだよ? おかしいよ。
後から後から良く分からない感情が奥底から湧いて出て、次々に泡のように弾けては、これまでの僕をグチャグチャにしていく。
なんなんだよ。なんなんだよ。なんなんだよ。
苦しいのと同じぐらい楽しくて、悲しいのと同じぐらい嬉しい。死にたいって思うのと同じぐらい生きていたいと思う。
訳の分からない、支離滅裂な感情に、僕は思わず「ううう」と、うめき声を上げると、自分の肩を抱いて、床へとうずくまった。
「どうしよう、マグノリア」
どうしたらいいか、分からず、僕はもう一人の僕へと、助けて貰いたくて声を上げた。
「僕、壊れちゃったよ」
「いいえ。壊れてなんていないわ。あなたは、ただ取り戻しただけよ。これまで奪われていたものを」
マグノリアはそう優しく微笑むと、人間の母親が自分の子供にするように、僕を抱いてくれた。




