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第一章 十一節

 クソッ! 姉ちゃんのバカタレ!


 階段を駆け下りながらも、耳まで真っ赤になっているのが自分でも分かる。

 姉ちゃんが変なコト言うから! そもそもセキニンなんてどう取れっていうんだよ?

 そんなことを思った矢先、裸を鮮明に思い出して、俺は大慌てで脳みその中を架空の手でグチャグチャと掻き混ぜた。


 あーもー! エロイ妄想しか浮かばねー。


 俺は軽くキレつつ「十代の持て余しっぷり嘗めんなよ!?」と、自分でも理解不能なことを口走る。


 とはいえ、だ。

 姉ちゃんの言わんとしていることも分からない訳じゃない。

 姉ちゃんは余計な人死にを極端に嫌う。それが人であれ、ホムンクルスであれ、だ。

 昨日の戦闘で使われたタウロスだって、わざわざ戦闘用のAIを積んで、無人機として運用したぐらいだし。

 そうは言っても姉ちゃん、敵にはカケラも容赦しないんだけどな。

「優しく出来る相手の数は決まってんの。敵にまで回してやれるほど、わたしの愛は無限大じゃない」

 とか言ってったっけ?


 それにしたって、色々と拾ってくるのは姉ちゃんの方だ。この艦がホムンクルスや女子供だらけなのも、そのせいだ。

 だからこそ余計に、俺があの娘を放り出すことを姉ちゃんは許さないのだろう。


 いや、ま。放り出すつもりなんか毛頭ないんだけどね。

 そもそもホムンクルスは『物』だから、捕まえたヤツが好きにしていい。とか言うからエロイ感じになっちゃうのだ。

 ちゃんと一個の人格として認めれば、それはもう、ただの新入りじゃないか。

 新入りの面倒を先輩である俺が見るのは何も不自然なことじゃない。

 それどころか、むしろ、当然のことだろう。

 そうだよ。疚しいことなんか、全くない。正々堂々としていればいいんだよ僕は。


 そう思うと気が楽になってきた。

 でも、不可抗力とはいえ、裸覗いたことと、接続端子を迂闊にぶっこ抜いたことは謝らなきゃな。

 開き直って軽くなったはずの心が、自己嫌悪と罪悪感の分だけ重くなる。

 それでも俺は、萎えそうになる心をもう一度、理論武装し直して、医務室へと向かった。



 医務室の前で、俺は髪の毛を撫で付けつつ、ノックして、

「遊庵ですが、入ってもよろしいか?」

 と、断りを入れた。

「どうぞ」

 そう答えたのは、この医務室の主であるマグノリア。声だけで彼女だと判断する。

「あっ・・・・・ちょ・・・・・待っ!」

 慌てた声が扉の内側から聞こえたような気もするけど、もう遅い。


 勢い良く開けた扉の向こう、俺のすぐ目の前にホムンクルスの少女が立っていた。


 ヘソの所までたくしあがったワンピース。

 少女が慌てたように、その裾をバッと押さえる。

 どうやら着替えの最中だったらしい。

「ゴ、ゴメン!」

 俺は咄嗟に後ろを向く。

 自分でも頬が熱くなるのが分かる。


 一瞬のこととはいえ、彼女の妙に生っ白い太ももと、肌に透けて見える桃色した血管が、脳裏へと瞬時に焼き付いてしまった。


 そんな俺の慌てた様子にクスクスと忍び笑うのはマグノリアだ。

 クソッ! 完全に面白がってやがんな。

 姉ちゃんといい、マグノリアといい、俺をおちょくって何が楽しいんだ?

「もうこっち向いていいわよ? 遊庵」

 マグノリアが鼻に掛かったような、揶揄するような声でそう言った。

 俺は後ろを向いたままで、コッソリと溜息を一つ。

「あの。マグノリア。俺で遊ぶの止めてくれないかな?」

 切実な俺の願いも、いつものごとくマグノリアには届かない。

 彼女が心底楽しそうに笑っているのが、背中越しに伝わってくる。

 あーもー、正直、背中に銃とか突きつけられている方がナンボかマシだ。

 俺は意を決すると、不自然にならない程度に、ゆっくりと振り向いた。



 そこには可憐という表現がぴったりと来る少女の姿があった。

 俺は不覚にも、その少女へと見蕩れてしまう。

 

 少女はワンピースの裾をギュッと握り、俺から微妙に視線を逸らしつつ、顔を真っ赤にして瞳を潤ませている。

 彼女のそんな様子を見やり、そういや、俺の初恋の相手ってマグノリアじゃなかったっけ? と、そんなことを漠然と思い出していた。


 マグノリアと同位体である彼女は、マグノリアをそのまま幼くしたような姿をしており、俺の胸を郷愁にも似た感情が締め付ける。


「あ、あのっ」

 目の前の少女が意を決したように、声を上げた。

 オズオズと上目遣いでこちらを見上げて来るその仕草は、小動物的な愛らしさを備えていた。

「僕は君に所有されているのでしょう? これから僕はどうなるの? お願いだから、あんまりヒドイことしないで?」


 もし、この湧き上がる感情が死に至る病なら、俺はありったけの鼻血を噴出させて、天へと召されていたことだろう。






 この瞬間、俺はホムンクルスの少女に恋をした。


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