第一章 十節
それなりに開けた空間で十数人の人影が慌しく動き回っていた。
数機の駆動甲冑が佇むここは、砂上陸艦『一角』の格納庫である。
近接格闘型駆動甲冑『零戦』が1機と、2機の後方支援型駆動甲冑『伏龍』の、計3機の駆動甲冑を駆動状態に保つため、常に十数人の整備士が詰めており、格納庫内は喧騒と怒号に満ちていた。
今回のシゴトで鹵獲できた獲物は、最新式の指揮車両が1両と、自動式駆動甲冑『ウォール』が全くの無傷で4機、さらにヘルメスのエンジンが3基ほど手に入ったのは大きな収穫だと言えた。
3基のエンジンの内、その1基を弄くり回しているのは『頑固の化身』を絵に描いたような、60がらみの整備士だ。
彼の名前を石黒志度という。
「お嬢。これはアカンなぁ。設計技師は天才やが、メカニックはどうしようもないヘボ揃いらしいわ。見てみぃ。コンホールドのこの段差! まさかとは思うが金型から歪んどんのとちゃうか?」
そうボヤきつつ、取り外した部品をこちらへと放る。
「内燃機関、一通りバラしてみたんやが、どの部品見ても、そんな調子や。バリ取りすらロクにしとらん」
慌てて、部品をキャッチしたわたしを一顧だにせず、志度はさらに先を続ける。
「部品っちゅう部品、ピカピカに磨いて、フリクションロス抑えたったら、それだけでエンジン性能軽く2%は上昇すんぞ?」
志度はここで初めて、わたしの方へ視線を向けると「ニィ」と笑って見せた。
子供なら思わず、泣き出しそうなイカツイ志度の笑みは「俺に預けろ」という無言の催促だ。
わたしがヨチヨチ歩きの頃からすでに一流の域に達していた根っからの技術屋である。
ここ数年、後進の指導に当たっていたのが最新鋭のエンジンに妙なスイッチが入っちゃったらしい。
わたしはこっそりと溜息を1つ。
「志度、ヘルメスのエンジン、3つともアンタの玩具にしていいわ。徹底的に分解してチューンして。ただし。デリケートなのは好みじゃないわ」
「おうおう。分かっとる。分かっとる。お嬢の好みは、よう識っとるがな。大船に乗ったつもりで黙って任し取ったらええ」
そう言うと、志度はわたしには目もくれず「ヒヒヒ」と忍び笑う。
わたしは愛機である『零戦』の手入れを終わらせると、一服するためタバコを手に、上部甲板へと続く、細い鉄の階段をトンカン音を立てながら軽やかに登って行く。
艦内の全面禁煙を決めたのは、この『一角』の艦長である、岩倉芳野、つまりは自分自身なので、文句のつけようもない。
だって、しょうがないじゃん? ウチの艦ってどういう訳か、女子供が多くて、一見すると難民船みたいになってるし。
うっかり子供の前で煙草を吹かそうものなら、子供たちの『お姉ちゃん』的存在である、双葉ちゃんに大目玉を食らうのだ。
その上、夕飯のオカズを一品減らされるし。あれは下がる。テンション超下がる。
とはいえ、そこはそれ。馴れてしまえば外に煙草を吸いに出るのも、さほど億劫じゃない。
見晴らしもいいし。
上部甲板と艦内を隔てる鉄扉を押し開けると、風がぶわっと吹き込んで来る。
暴れる髪を手で押さえながら、上部甲板へと出ると、そこのはすでに先客の姿があった。
鉄柵に身を預け、ガックリと項垂れているのは、弟の遊庵である。
何があったか知らないが、どうやら落ち込んでいるらしい。
遊庵に気付かれないよう、こっそりと近づきつつ、聞き耳を立てる。
「あーもー、俺なにしてんだ」
誰もいないと思い込んでいるのだろう。かなり大きな独り言が聞こえてくる。
思春期突入してからの遊庵って、見てて何だか色々と面白いのよねー。
「つーか。何で裸だったんだよ」
頭を抱えたまま、なにやらグネグネし始める遊庵。
うはー。なるほどねぇ。姉ちゃん、なんだか、全部分かっちゃったよ。
遊庵のヤツ、ノックもしないで、ドア開けやがったんだな? それも最悪なタイミングで。
わたしが何のために、下着一式渡したと思ってたんだ、この子?
わたしは遊庵の背後へと、こっそり忍び寄ると、遊庵の無防備な首筋に息を吹きかけつつ、囁いてやる。
「あー、アレねぇ? 仕方ないんじゃん?」
「のわっ!」
と、変な悲鳴を上げて、飛び上がる遊庵。
首筋を押さえつつ、こちらを振り向こうとする遊庵へと、そのまま覆い被さり、その背へ「ぐてー」と体重を預けてやる。
「ね、姉ちゃん?」
「アンタが無茶したせいで、あのホムンクルスの娘、上から下まで吐寫物とかその他諸々まみれで、ケイレンしてたからねー。
全裸にひん剥いて、全身洗って、医務室に放置。マグノリアに聞いたんだけど、ああいうのって、筋弛緩剤投与して、様子見るよりほかに治療のしようがないんだってさ」
「うっ!?」
痛いトコを突かれてか、思わず呻くと絶句する遊庵。
「あんた、責任取んなさいよ? 拾って来ておいて、今さら放っぽり出そうなんて姉ちゃん、許さないからね? 気まずいだろうけど、ちゃんと謝って来な?
後、あんまりエッチなことしないよーに!」
「な、なに言ってんだよ!? 頭オカシイんじゃないか!? 俺がンなことする訳ないだろ!」
遊庵は鉄柵を力一杯押すと、身を捩り、わたしの下から無理やりに抜け出した。
突き飛ばされる形になった、わたしは「ととと」と、後ろへとたたらを踏む。
遊庵は怒ったような、羞恥の表情をわたしへと向けると、人差し指を突きつける。
「姉ちゃん。いい加減、そういうのヤメてくれよな!」
遊庵はそう一声怒鳴ると、甲板をドカドカ踏み鳴らしつつ、艦内へと降りて行く。
そんな遊庵の後ろ姿へ「へいへい」と気のない返事をしつつ、
そう言えば、あの子、いつから一人称『僕』から『俺』になったんだっけ?
と、そんなことを思いつつ、煙草に火を点け、煙を肺一杯に吸い込み、鼻から吐き出してみた。
ちょっと痛かった。




