第一章 十五節
あー、雪ちゃんが面倒見てくれるんなら、それはそれで・・・・・・・・。
―――――って、良くねぇ!
それじゃ、放り出すのと同じじゃないか! んなコトしたら、姉ちゃんにブッ殺される!
いや、それ以前に、ホムンクルスの女の子1人ぐらい、面倒見れないでどうする!
俺の野望は成人するまでに自分の砂上陸艇を持って、独り立ちすることだぞ?
大体、小型艇とはいえ、自分の船を持つとなったら、最低でも7人の乗組員を食わせる必要があるんだ。
それにどうせ一緒の艦に乗るのなら、ムサイおっさんよりも、可愛い女の子の方が断然いいじゃないか!
これは神が与え給もうた、試練に違いない!
何の神かは知らないが。ともかく。
俺はホムンクルスの少女を見やる。
そこには、桃色した瞳を不安げに揺らす、少女の姿があった。
そうだよ。この娘は俺が艇長を務める砂上陸艇の乗組員第一号になる予定なのだ。
お子様で結構じゃないか! 何も解らないって言うんなら、これから俺が『戦艦乗り』のイロハを叩き込んでやる!
俺だって、物心付いた時には、すでに砂上陸艦に乗り込んでんだ! 戦艦乗りの流儀ならすでに骨の髄まで染み込んでる!
ホムンクルスの1人や2人、立派な戦艦乗りに育て上げてやらぁ!
つーか。俺自身がまだ半人前なんだけどねー。とりあえず、そこは棚に上げとくとして。
そして、ゆくゆくは女の子ばっかりの砂上陸艇の艇長となって、キャッキャッウフフな砂上陸艇ライフを送るのだ!
俺はそう決心すると、表情を引き締めて、雪ちゃんにそれらしく言ってみる。
「いや。雪ちゃん。そうはいかないよ。その娘は俺が鹵獲したんだ。俺が最後まで面倒見る責任があるんだよ」
「何言ってんですか。遊庵さん。それは無理ってもんです。だって、女の子はイロイロと物入りなんですよ?
例えば、下着なんて遊庵さん。どこで調達するんです? それに遊庵さんの部屋って8人の相部屋でしょ? それも男の子ばっかりだし。しかも機関室の隣りで騒音がスゴイって言ってたじゃないですか? その上、部屋と言っても4段ベットが二つあるだけだし。そんな狭い空間で2人で寝るんですか? 床に寝ようにもそんなスペースないでしょ? しかも掃除なんてほとんどしないって言うじゃないですか。そんな汚くて不潔で汚れてるところに女の子を置いておけません!」
「いや、だからね。雪ちゃん? 戦艦乗りの掟じゃ―――――」
「駄目です! 遊庵さん、絶っ対この娘にエッチなことするでしょう?」
「ええっ!? なんで雪ちゃんまで、そういうこと言うかなー。俺ってそんな信用ない? ホムンクルスだからって、そんな扱いしないって。ちゃんと大切にするよ!」
「なんか、それはそれでムカつきます」
「そんなメチャクチャな。じゃ、どうしろっての?」
ムキになる雪ちゃんに、俺は思わず声を荒げてしまう。
「はいはい。2人ともそこまで。あの娘の処遇はどうあれ、どっちにしろ、この艦に乗せてる間は遊庵と同じ部屋で寝かせる訳にいかないわ。風紀が乱れるもの。
それに彼女の脳にどんなダメージがあるか解らないし、設備の整った街で精密検査するまでは、とりあえず彼女のことは責任持って、私が預かります。
それにこんな言い方したくないけど、こう見えて彼女は戦闘用ホムンクルスよ? それも最新型の。情緒不安定な今、雪ちゃんと同じ部屋で寝かせる訳にもいかないわ。言っておくけど反論は受付ないからね。これは船医としての判断よ。それに、この件については艦長にもあらかじめ了承は取ってあるわ」
尊大に脚を組み、胸を張るマグノリア。
医者としての貫禄でも出そうとしているのか、なぜか満面のドヤ顔である。
「えっと・・・マグノリア?」
俺は沈痛な面持ちでマグノリアへと暗い目を向ける。
「なに?」
「なんで、それを先に言わないんだ?」
マグノリアがさっさとそのことを教えてくれていれば、ホムンクルスの少女を巡って、俺と雪ちゃんが無駄に言い争う必要もなかったはずだ。
「だって、あんまりにも必死な雪ちゃんが可愛かったんだもん」
「ハア? 意味が解らん!」
首を傾げる俺に、
「な、ななななにを言ってるんですか、マグノリア!」
と、慌てたような声を上げるのは雪ちゃんだ。
顔を真っ赤に染め上げ、ホムンクルスの少女の手を取り、意味もなくブンブン振り回している。
「う、お? なに? なに?」
と、慌てた声を上げる少女に、雪ちゃんは手をパッと離すと、
「そ、そう言えば、わ、私、洗濯物途中でした。早く済ませちゃわないと!」
口早にそう言うと、雪ちゃんは洗濯籠を持ち上げ、ギクシャクとした動きで医務室を後にした。
その後ろ姿を見送りつつ、俺は疑問符を頭の上に羅列する。
何なんだ一体?
やはり、首を傾げる俺に、マグノリアが声を掛けた。
「それで、遊庵? その娘の名前なんだけど。もう考えてあるんでしょうね? いつまでも『あの娘』じゃ、可哀想よ?」
そのことなら、マグノリアに言われずとも、すでに決めている。
ウチの艦では、鹵獲したホムンクルスに名前を付けるのが通例だ。
それも鹵獲した本人が、いわば『名付け親』になるのが暗黙ルールとなっている。
「うん。それならもう決まってるよ。彼女が気に入ればの話だけど」
俺はそう言うと、立ち上がり、ホムンクルスの少女の隣へと腰を下ろす。
さっきまで雪ちゃんが座っていた場所だから、少し熱が籠もっているのを感じながら、ホムンクルスの少女をこちらへと向き直らせる。
ホント言うと、もう少し、落ち着いてから名前をプレゼントしたかったのだが、仕方ない。
キョトンとした表情で、俺をまっすぐに見つめて来る少女に、俺はなんとなく照れてしまう。
彼女の肘の辺りを握っている今の状況にも、俺はほんの少しだけ、背徳感を覚えていた。
それにニマニマと笑みを向けるマグノリアの存在もちょっと恥ずかしい。
俺はマグノリアの存在を、どうにか頭の隅へと追いやり、口を開いた。
「多分、俺が君にあげられる最も重要なプレゼントだ。『シルエラ』俺が考えた君の名前だ。
もし、君が気に入ってくれたなら、今日、この日、この瞬間から、君の名前は『シルエラ』だ。そう名乗って欲しい」
ゆっくりと、そう言ってから、俺は自分の背を滝のような汗が伝うのを感じていた。
「しるえら? シルエラ、シルエラ、シルエラ?」
少女はまるで、舌の上で響きを転がすように、俺の考えた名前を繰り返す。
うう。あんまり連呼しないでくれ。なんでだか、スゲー恥ずかしい。
「うん。気に入った。僕の名前は今から『シルエラ』だ」
そう言うと、少女、いやシルエラは俺の右手を、思いのほか小さな手で握ったかと思うと、自分の頬へと宛がった。
上気したシルエラの頬は熱く、滑らかでプニプニしていた。
シルエラはまるで猫がそうするように、俺の右手へと頬ずりした。
気持ち良さそうに目を細め、幸せそうに微笑んでいる。
「ねぇユアン。僕の名前を呼んで?」
「シ、シルエラ?」
「ふふっ」と笑う。
「嬉しい。これまでずっと番号で呼ばれてたから」
潤んだ瞳、薄く開いた桃色の唇。
俺は思わず、吸い寄せられるように顔を近づけ――――――。
「ハイ。そこまでー」
という声はマグノリアのもの。
その声に心臓がドキーンと跳ね上がる。
バッ、とシルエラから距離を取る。
うわー。完っ全にマグノリアの存在、忘れ去ってたーー!
「危うい。危ういよ。遊庵? わたしがいなかったら、どうなってたことやら。アウトだよアウト。やっぱり遊庵も思春期な男の子だねー? そうは見えないだろうけど、相手は5歳だからねー。5歳児。忘れちゃ駄目よ?」
「いや。その。マグノリア。違うんだ! これはその」
「あー、もういいから。遊庵、仕事に戻りなさい?」
アタフタと言い訳を探す俺に、手をヒラヒラと振って見せるマグノリア。
「うっ。ああ、そうするよマグノリア。シルエラを頼む」
自分の中の獣に打ちひしがれ、俺はトボトボと医務室へと背を向けた。
その俺の背へと、シルエラの弾むような声が聞こえて来る。
「僕は、僕は、マグノリア? 僕は何をしたらいい?」
「シルエラは何もしなくていいの。むしろ、ジッとしてて」
「いや、それはちょっと難しいかな? どうしようマグノリア? 僕、何だか『わーっ』てなって、ジッとなんかしてられないよ!」
鉄扉越しに、そんな声を聞いて、マグノリアが居てくれて、本当に良かったと思い直す。
もし、俺の欲望でシルエラを傷つけるような真似をしていたらと思うと、ゾッとする。
あのままだったら、絶対に無理やりチューはしてただろう。そこで止まるかは、自分のことながら、甚だ疑問ではあったが。
でも、よく考えたら俺。初恋の人の前で5歳児にチュー未遂したんだなっと気付いて、これって立派な黒歴史じゃねーか。と独り凹むのだった。




