第3話 掃除では負けました
「では、始めます」
「お願いします」
中級清掃従事者ライセンス。
合格。
その翌週。
俺は。
またダンジョンにいた。
「キィ!」
「お前は毎回元気だな」
中継ドローンの上。
俊太郎が胸を張る。
今日の目的は。
清掃。
ただし。
いつもの清掃とは少し違う。
「今回の実証では、各能力の清掃性能を比較します」
協会職員が説明する。
参加者は。
俺を含めて三人。
一人目。
四十代くらいの男性。
保有能力。
《洗浄》。
二人目。
二十代後半くらいの女性。
保有能力。
《清浄》。
そして。
俺。
《浄化》。
「佐倉さん」
「はい」
「そんなに他の二人を見なくても」
「気になるじゃないですか」
「そうですか」
「俺、今まで《浄化》しか使ってこなかったんで」
《洗浄》の男性が笑った。
「《洗浄》なんて、そのままですよ」
「分かりやすくていいですね」
「便利ですよ」
「どれくらい?」
「見た方が早いです」
職員が。
床を見る。
泥。
モンスターの体液。
乾いた血。
壁には。
何かを擦った黒い跡。
「この区画を清掃してください」
「はい」
男性が。
手を向けた。
「《洗浄》」
次の瞬間。
「…………」
床。
壁。
一気に。
綺麗になった。
「え?」
俺は。
思わず近づく。
泥。
ない。
血。
ない。
黒ずみ。
ない。
「速くないです?」
「まあ、洗う能力ですから」
「俺より全然速いですよ」
「そうなんですか?」
「俺、一個ずつやりますよ」
「そうなんですか」
「はい。だから全然速さが違います」
「清掃なら、これくらい普通ですよ」
「そうなんだ……」
なんだろう。
ちょっと。
負けた気がする。
「次」
女性が前に出る。
「《清浄》」
淡い光が。
広がる。
床。
壁。
さらに。
空気。
「…………」
「どうです?」
聞かれて。
息を吸う。
「臭いが消えた」
「はい」
さっきまで少し残っていた。
湿った臭い。
獣臭。
血の臭い。
全部。
薄くなっている。
「水もできます?」
「できます」
「空気も?」
「ある程度」
「広い範囲?」
「《洗浄》よりは」
「強いなあ」
俺は。
自分の右手を見る。
「俺」
「はい」
「いらなくない?」
「キィ?」
「お前に聞いてない」
「通常の清掃用途では、それぞれ得意分野があります」
「《浄化》の得意分野は?」
「それも含めて確認します」
「…………」
嫌な言い方だなあ。
*
通常の清掃性能を一通り確認したあと。
協会職員が資料を見る。
「続いて、能力特性の追加試験を行います」
《洗浄》の男性が首を傾げた。
「追加?」
「はい。指定位置へ能力を使用していただくだけです」
「何かあるんですか?」
「能力が周辺環境へどの程度作用するかを確認します」
「分かりました」
説明は。
それだけ。
男性は特に気にした様子もなく。
指定された壁際へ向かった。
俺には。
見えている。
「…………」
薄い黒いモヤ。
壁の少し手前。
ゆらゆらしている。
もちろん。
男性には見えていない。
ドローンも。
何も検出していない。
グラーフの姿もない。
正確には。
俺には見えている。
少し離れたところで。
いつもの小さいおじさんが立っている。
ただし。
ほかの二人からは認識できないようにしているらしい。
協会側でも。
この件を知っている人間は限られている。
「この辺ですか?」
男性が職員へ確認する。
「はい。その範囲へお願いします」
「分かりました」
手を向ける。
「《洗浄》」
光。
壁。
床。
一瞬で綺麗になる。
でも。
「…………」
黒いモヤ。
そのまま。
俺は。
グラーフを見る。
グラーフが小さく頷いた。
『変化は?』
ドローンから。
俺にだけ聞こえるように抑えた職員の声。
「ありません」
『了解しました』
《洗浄》の男性が振り返る。
「終わりですか?」
「はい。ありがとうございました」
「こんなのでいいんです?」
「十分です」
「ならいいですけど」
男性は。
何も知らないまま。
指定された待機場所へ戻った。
「…………」
頑張れ。
《洗浄》。
心の中で。
応援していたんだけど。
駄目だった。
「キィ?」
「何でもない」
*
次は。
《清浄》。
「同じ位置ですか?」
「はい」
「分かりました」
女性が。
黒いモヤのある場所へ手を向ける。
「《清浄》」
淡い光。
広く。
周辺を包む。
空気。
壁。
床。
魔力の流れ。
その辺り全体が。
少し澄んだように感じる。
「…………」
黒いモヤが。
揺れた。
「ん?」
俺は目を細める。
『佐倉さん?』
「周りは変わった感じします」
『異常そのものは?』
「残ってます」
グラーフも。
小さく頷く。
「どうでした?」
女性が聞く。
「周辺環境への作用を確認しました」
職員が答える。
「ありがとうございます」
「これで終わりですか?」
「はい」
「分かりました」
女性も。
何も知らないまま戻っていく。
「…………」
俺は。
黒いモヤを見る。
残っている。
普通に。
残っている。
「駄目でしたね」
小声で言う。
グラーフが答える。
「はい」
「聞こえるから返事しないでください」
「承知しました」
「それも今はやめてください」
危ない。
俺が一人で喋ってる人になる。
*
二人の追加試験が終わったあと。
協会職員が二人を別区画へ案内した。
通常清掃の結果確認。
説明。
休憩。
しばらく。
こちらには。
俺。
俊太郎。
中継ドローン。
そして。
グラーフだけ。
『周辺に試験参加者がいないことを確認しました』
「やっと普通に喋れますね」
「はい」
「で」
俺は黒いモヤを見る。
「《洗浄》」
「異常への作用は確認できませんでした」
「《清浄》」
「周辺環境には作用しましたが、異常そのものは残存しています」
「…………」
まだ。
可能性はある。
「もう一回やりません?」
「必要ありません」
「違う場所なら?」
「結果が変化する可能性は低いでしょう」
「三回くらい」
「不要です」
「ですよね……」
俺は。
黒いモヤを見る。
「じゃあ」
『佐倉さん』
「はい」
『《浄化》をお願いします』
「…………」
来た。
「キィ!」
「お前は嬉しそうだな」
右手を向ける。
「《浄化》」
淡い光。
黒いモヤを包む。
揺れる。
薄くなる。
そして。
消えた。
「…………」
「修復を確認しました」
グラーフが言う。
『佐倉さん側でも?』
「消えてます」
『了解しました』
静かになった。
「つまり」
『はい』
「《洗浄》じゃ駄目」
『はい』
「《清浄》でも駄目」
『はい』
「《浄化》なら直る」
『今回の結果では、その通りです』
「…………」
俺は。
遠くを見る。
《洗浄》。
期待してたのに。
「佐倉直人」
「何です?」
「通常の清掃能力と、あなたの《浄化》は処理の性質が異なります」
「それ」
俺はグラーフを見る。
「詳しく聞いたら?」
「現在の管理者レベルでは、お伝えできません」
「ですよね」
もう。
分かってきた。
「一応聞きますけど」
「はい」
「《洗浄》とか《清浄》をもっと鍛えたら、黒いの直せるようになったり」
「現時点では、その可能性は低いと考えています」
「低い」
「はい」
「ゼロでは?」
「断定はできません」
「じゃあ、まだ希望は」
「ただし」
「…………」
「今回確認した範囲では、《浄化》のみが異常そのものへ直接作用しています」
「ですよね……」
遠かった。
俺が。
上級ダンジョンへ行かなくて済む未来。
*
しばらくして。
全員そろって。
通常の清掃性能について結果説明が行われた。
「《洗浄》は、付着汚れの除去速度に優れています」
「でしょうね」
俺は。
あの速さを思い出す。
「《清浄》は、広範囲の環境改善に優れています」
「空気まで変わってましたもんね」
「《浄化》についても、通常清掃で十分な性能を確認しています」
「十分」
「はい」
「一番じゃない?」
「評価軸が異なります」
「言い方が優しいですね」
《洗浄》の男性が笑う。
「掃除だけなら、俺の勝ちかもしれませんね」
「負けました」
「即答?」
「速すぎますよ」
「毎日使ってますから」
「俺も使ってるんですけどね……」
《清浄》の女性も笑った。
「私は汚れそのものなら《洗浄》には負けますよ」
「そうなんです?」
「その代わり、臭いや空気、水なんかは得意です」
「ちゃんと違うんですね」
「そうですね」
能力。
名前は似ていても。
全部同じじゃない。
《洗浄》には。
《洗浄》の仕事。
《清浄》には。
《清浄》の仕事。
俺の《浄化》にも。
「…………」
嫌な仕事が。
ひとつ。
混じっている。
「佐倉さん?」
「何でもないです」
「そうですか」
俺は。
笑って誤魔化した。
黒いモヤのことは。
言わない。
二人には。
関係のない話だ。
*
実証終了後。
二人が帰ったあとで。
俺だけが。
協会職員に呼び止められた。
「佐倉さん」
「はい」
「本日の非公開試験についてですが」
「はい」
「《洗浄》《清浄》ともに、黒い異常の修復能力は確認できませんでした」
「知ってます」
「したがって」
「…………」
聞きたくない。
「黒い異常への対応については、現時点では引き続き佐倉さんへ依頼することになります」
「ですよね」
そこは。
変わらなかった。
「なお、他の清掃系能力についても順次検証する予定です」
「本当ですか?」
「はい」
「お願いします」
「かなり食いつきますね」
「大事なことなので」
本当に。
大事だ。
どこかに。
いるかもしれない。
俺の代わりに。
黒いモヤを。
直せる人が。
「キィ!」
「お前まで嬉しそうにするな」
俺は。
ため息をつく。
普通の掃除なら。
負けた。
それで。
よかったのに。
黒いのだけは。
俺の勝ちだった。
「……そこは負けたかったなあ」




