第4話 中級ダンジョンを掃除できます
「佐倉さん」
「はい」
「おめでとうございます」
「ありがとうございます」
探索者協会。
会議室。
机の向こう。
いつもの職員が、一枚のカードを差し出した。
受け取る。
《ダンジョン清掃従事者ライセンス》
《中級》
「…………」
ちゃんと。
書いてある。
「本当にできたんですね」
「できました」
「清掃員用の資格」
「はい」
「中級ダンジョンに一人で入っていい?」
「清掃業務に限り」
「そこ大事ですね」
「非常に」
隣では。
「キィ!」
俊太郎が、中継ドローンの上からカードを覗き込んでいる。
「お前のじゃないぞ」
「キィ!」
「欲しいの?」
「キィ!」
「発行できません」
職員が答えた。
「そこ真面目に返すんですね」
「申請資格がありませんので」
「そういう問題なんだ……」
俺は、もう一度カードを見る。
中級。
探索者ランクなら。
戦闘能力。
攻略実績。
そういうものを見られる。
でも。
これは違う。
戦えるかではなく。
戦わず。
掃除して。
帰ってこられるか。
そのための資格。
「正式運用になるんです?」
「まずは試験運用です」
「まだ試験?」
「制度そのものが、です」
「ああ」
俺が受けた試験ではなく。
制度の話。
「一定期間の運用結果を確認したあと、本格導入を判断します」
「俺だけ?」
「いいえ」
職員が資料を開く。
「《洗浄》《清浄》を含め、複数の清掃従事者についても順次審査を進めます」
「じゃあ」
「はい」
「本当に俺専用じゃない?」
「違います」
「制度上は?」
「実際に違います」
「よかった」
「そんなに気にしていたんですか?」
「俺一人のために資格作られたら嫌ですよ」
「制度設計のきっかけではあります」
「そこは忘れてください」
「記録に残っています」
「じゃあ無理ですね」
「はい」
消えなかった。
*
「今回の実証結果ですが」
「はい」
「清掃系能力を持つ専門職を、中級ダンジョン内で活動させることには十分な実用性があると判断しています」
「普通の掃除でも?」
「もちろんです」
職員が資料をめくる。
「モンスター討伐後の残留物」
「はい」
「体液、血液、破損した装備」
「はい」
「長期間放置された区画の汚れ」
「ありますね」
「水場の衛生管理」
「《清浄》の人、向いてそう」
「そうですね」
「《洗浄》の人も」
「清掃速度については非常に高い評価です」
「ですよね」
あれは。
本当に速かった。
「俺は?」
「通常清掃について、必要な水準を十分に満たしています」
「一番ではない?」
「評価軸が違います」
「言い方が優しいですね」
「事実です」
「グラーフさんみたいになってきましたね」
「そうですか?」
「気のせいです」
一番ではない。
でも。
それでいい。
掃除なら。
もっと得意な人がいる。
その方が普通だ。
「《浄化》については」
「…………」
聞きたくない。
「非公開事項として、清掃ライセンス制度とは切り離して扱います」
「ですよね」
黒いモヤ。
あの話は。
表向き。
この資格とは関係ない。
清掃ライセンスは。
あくまでダンジョン内で清掃業務を行うための資格。
俺の《浄化》が。
変なものを直すための資格ではない。
「そこ」
「はい」
「ちゃんと分けるんですね」
「当然です」
「ちょっと安心しました」
何でも一緒にされると。
俺が困る。
*
「運用上の注意事項を確認します」
「お願いします」
「中級清掃ライセンス保持者は、中級以下のダンジョンへ清掃業務を目的として単独入場できます」
「はい」
「ただし、協会が立入規制を行っている区域は除きます」
「はい」
「異常や想定外の危険を確認した場合は、原則として作業を中止してください」
「帰る」
「そうです」
「いい資格ですね」
「まだ言いますか」
「大事なので」
俺にとっては。
かなり大事。
「コアルームについて」
「はい」
「通常時は立入禁止です」
「はい」
「探索者によるボス討伐後から、次回リポップまでの期間に限り、必要がある場合のみ清掃を許可します」
「毎回じゃない」
「はい」
「汚れてる時だけ」
「基本的には」
それならいい。
ボスがいないうえに。
必要な時だけ。
わざわざ毎回行く場所ではない。
「あと」
職員が俺を見る。
「佐倉さんについては、攻略核およびダンジョン核への無許可接近禁止措置が継続します」
「ありがとうございます」
「やはり喜ぶんですね」
「近づいていいことなかったんで」
ダンジョンが消える。
逃げる。
階層が増える。
ろくなことがない。
「そこは」
「はい」
「一生そのままでもいいです」
「必要に応じて見直します」
「見直さなくていいです」
「必要に応じて」
「聞いてます?」
「聞いています」
聞いているだけだった。
*
「以上で、中級清掃従事者ライセンスに関する説明は終了です」
「はい」
「何か質問は?」
俺はカードを見る。
中級。
これで正式に。
中級ダンジョンへ。
一人で掃除に行ける。
「仕事」
「はい」
「増えます?」
「増えると思います」
「普通の清掃依頼?」
「もちろんです」
「黒いの関係なく?」
「当然です」
「…………」
ちょっと。
嬉しい。
俺は清掃員だ。
別に。
ダンジョン核を消したいわけでも。
黒いモヤを直したいわけでも。
変なことへ巻き込まれたいわけでもない。
掃除して。
帰りたい。
それだけ。
「中級なら」
「はい」
「まあ」
事故で。
地下八階にも行った。
正式な資格も取った。
危険なのは嫌だけど。
「普通に掃除するだけなら、やってみてもいいですね」
「ありがとうございます」
「普通にですよ」
「承知しています」
「何も起きないやつ」
「それは保証できません」
「保証してくださいよ」
「ダンジョンですので」
「ですよね……」
「キィ!」
「お前は楽しそうだなあ」
俊太郎が。
ニィッ。
「笑うと怖いって」
*
「では」
「はい」
「最後に」
「…………」
まだある。
絶対。
嫌なやつだ。
職員が新しい資料を出す。
「何です?」
「今後の制度運用についてです」
「中級の?」
「それも含みます」
「…………」
俺は資料の表紙を見る。
《上級ダンジョン清掃従事者ライセンス 試験基準案》
「…………」
閉じた。
「見なかったことにします」
「見てください」
「嫌です」
「まだ試験案です」
「受けませんよ」
「まだ受験の依頼はしていません」
「じゃあ終わりですね」
「いいえ」
「なんで?」
「制度上、上級区分も必要です」
「他の人が取ればいいじゃないですか」
「もちろん、その予定です」
「じゃあ俺は」
「佐倉さんにも、いずれ取得をお願いする可能性があります」
「嫌です」
「まだ可能性の話です」
「可能性の段階で断ります」
「キィ!」
「俊太郎は黙ってて」
ドローンの上。
俊太郎だけが。
妙に元気だった。
「佐倉さん」
「はい」
「理由はお分かりですよね?」
「分かりません」
「黒い異常は、上級ダンジョンにも存在します」
「聞こえません」
「グラーフさ――」
「何も聞こえません」
「佐倉さん」
「はい」
「聞こえていますね」
「はい……」
聞きたくないだけだ。
「現時点では」
職員が言う。
「上級ライセンスの受験を強制する予定はありません」
「よかった」
「ただし」
「その言葉嫌いです」
「必要になった場合は、改めて相談します」
「相談だけ?」
「まずは」
「…………」
嫌な言い方だ。
俺は、中級ライセンスを見る。
さっきまで。
ちょっと嬉しかった。
今は。
その上に。
見えない文字で。
《次は上級》
と書いてあるような気がする。
「……中級取ったばっかりですよ?」
「はい」
「しばらく中級でいいですよね?」
「現時点では」
「その言い方」
「事実ですので」
「…………」
最近。
みんな。
グラーフみたいになってないか?
「とにかく」
俺は上級の資料を、机の向こうへ押し返した。
「受けませんからね」
「保留としておきます」
「拒否です」
「保留です」
「話聞いてます?」
「聞いています」
「さっきも同じこと言われたな……」
「キィ!」
俺は。
中級ライセンスだけ。
財布へ入れた。
「俊太郎」
「キィ?」
「帰るぞ」
「キィ!」
ドローンが先に出口へ向かう。
俺も立ち上がる。
中級ダンジョン。
これからは。
正式に。
一人で掃除できる。
それは。
悪くない。
上級の話さえ。
聞かなかったことにできれば。
「佐倉さん」
「何です?」
「上級の資料、持ち帰らなくていいんですか?」
「いりません」
「次回まで保管しておきます」
「捨ててください」
「できません」
「ですよね……」
結局。
聞かなかったことには。
してもらえなかった。




