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完結までもうちょい投稿続きます。
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そのようないきさつで、アデルは白騎士団本部での特殊任務を命じられることになったのだった。
騎士団は基本的には男だけしか所属していないので、必然的にアデルには別の寝床があてがわれることになる。
「まさか離宮に住まわされるなんて……」
離宮に荷物を持ってきてすぐ、身の回りのことをしつらえるメイドを二十人くらいあてがわれそうになって、あわてて断った。
そんな王族みたいなことはできない。
公爵家の人間とはいっても、アデルの根本は貧乏落ちぶれ伯爵家なのだ。自分のことは自分でやれる。
それでも、ミシェルに押し切られるような形で断り切れず、今は数人のメイドが離宮での食事や風呂のサポートをしてくれる。正直、全く知らないところでの生活は戸惑うことも多いので、湯をもってきてくれたり、食事を用意してもらえるというのは大変有り難かった。
騎士団に来てアデルの仕事は、『魔導具』という魔力を付与した道具の研究になった。
魔法を重ねた剣技を魔導技と言う。
これは魔力があって剣に秀でた者にしか扱えない、珍しい能力だ。つまりはその使い手が、白騎士団に所属するミシェル王子なのだ。
そもそも貴族や王族が剣を使って攻撃することは少ない。
負傷せずに、命を守るのが高貴な者の職務だからだ。
しかし、魔力ありで産まれる人間には、貴族がもっぱら多いのだ。だから、魔法と剣は必然的に両立しにくい。
そこを奇跡的に両立してしまった綺羅星のような存在が、ミシェル第三王子なのだった。
ということで、希少な存在の魔導使いミシェルと、魔力をもった聖女アデルは共に業務に当たることになったのだった。
本来ならば上級聖女を配属することになるのだろうが、ミシェルが頑として譲らなかったため、大聖女の権限によって異動はすぐに行われた。
名目上は騎士団と聖堂が共同して行う、よりよい魔導具や魔導技の開発、ということになっている。
白騎士団の執務室は部隊の訓練場の端にある。
資料室というよりも、壁一面が資料に埋め尽くされたホールといったほうが正しい。
選ばれし脳筋たちの集う騎士団には縁のない書類や資料が集められており、重厚な木製の机が幾つも壁に向かって置いてある。
誰がどこに座って作業してもいいことになっているのだが、騎士団の者たちがこの机に座ることは殆ど無い。
皆、報告書やら請求書やらの整理をすすんでやりたがらないのだ。多くの場合、しぶしぶここに来て、立ったまま適当に殴り書きをしてすぐに出て行く。
ミシェルはここでも例外だった。
部屋の一番奥には他より一回り大きなアカジューの机が置いてあって、そこは半ばミシェル専用になっていた。
見ていると、愛嬌のあるミシェルは他の年上の騎士団員にかわいがられている。
王族というのは周知のようだが、皆、敬語を使わないし、ミシェル自身も騎士団にいる時はそれを望んでいるようだった。
そのせいなのか、ミシェルは他の団員たちの報告書も時々代わりに書いてやっているようだった。
王族に自分の報告書を書かせるだなんて、アデルからしてみればとんでもないが、武道に秀でた者たちには独自の世界があるらしい。
そういうわけで必然的に、アデルとミシェルは同じ空間で過ごすことが多くなっていた。
ミシェルの隣の机でアデルが作業をするようになった。
ミシェルも嬉しそうに何枚もの羊皮紙に署名をする。
自然と二人で雑談することも増えていった。
お互いに書き物をしながら、のんびりと言葉を交わす。
午前中に訓練場で練習をしたミシェルが、午後になって書類仕事をしに来る。
もしくは、午前中に一緒に魔導の話をして、午後は王宮での接待だの何だのに向かうミシェルを見送る。
何とはなしに、一緒に過ごす時間が増えていくうちに、アデルはミシェルが巷で言う『天使』というだけではなくて、年相応の普通の青年でもあることを発見した。
パーティーや社交は好きだけれど、酒の類いは苦手なこと。
体を動かすのが好きで、小さな時は王宮を脱走してよく怒られていたこと。
魔力があったので、伯母のユーリンヒッテのところによく遊びに行っていたこと。
聖女試験にはたびたび立ち会ったけれど、毎年配役が変わっていて困ること。
疲れたときには、机にぺたんと腕と頬をつけて、アデルの方をぼんやり眺めること。
(可愛いな)
と、思わない方が無理だった。
ある日、珍しく夕方にやってきたミシェルが、ホールに入るなりアデルにぼやいた。
「アデル、聞いてよ。魔導具が壊されたんだ」
「えっ? どういうこと」
「大聖堂の宝物庫の、虹色の聖杯だよ。騎士団長のマティアスと実況見分に行ってさ。粉々になってた。あれは魔力がないと発動しないし、よっぽどのことがなければ壊れない。それに、普通の人間が大聖堂に忍び込めるわけないから……内部の犯行かもしれないって」
アデルにとって、ショックなニュースだった。
一緒に時を同じくして働いていた同僚や上司が犯人かもしれないとは、思いたくは無かった。
沈んだ様子のアデルを見て、ミシェルは話題を変えた。
「そういえば、マティアスって覚えてる? 聖女試験の時に、義手をつけてた人。マティアスの奥さんも聖堂出身でね、魔力をこめた義手を作るんだよ」
「ああ、あの……」
「あれからすぐ騎士団長に昇進してね。新婚パワーじゃないかって周りに冷やかされてたよ」
「ふふふ。愛妻家なんですね」
「ね、アデル。いつになったらその丁寧過ぎる言葉遣い、やめてくれるの」
「……無理ですよ。こうして殿下とお話しているだけでも、私は女性国民から打ち首にされそうです」
「だめ」
いやに近くから声が聞こえた。
机に向かっていたアデルが振り向くと、肩越しの上にミシェルの端正な顔があった。
思わず身構えてしまう。
二人きりだということが、なんだか突然いやに気になった。
「だめ、と言われましても」
「僕の幼名、ミカって言うんだけど」
うるっとした蜜色の瞳が、いたずらっぽく細められる。
ふわふわした唇から、白いキビモロコシのような歯が並んでいるのがどこか禁欲的だ。
「アデルにはそう呼んで欲しいんだ」
そう言って、ぽやん、と微笑む。
ぐっと胸に大きな異物がつかえたようになって、アデルは顔をしかめた。
駄目だ。
良いわけが無い。
そんなことをしたら、女性国民に血祭りにされ、打ち首を通り越して市中引き回しの刑だ。
「お戯れを」
と、言うのが精一杯だった。
「ねえ、アデルが僕のお姫様になってくれるんだったよね?」
「っ……その説は、申し訳ありません」
恥ずかしさでいたたまれない。
その場の雰囲気と勢いで、どうしてあんなことを言ったのだろうか。
アデルは激しい後悔を感じていた。
というか、顔が近い。
無意識なのだろうか?
ミシェルは気安く近寄ってくるので、いたたまれない。
離れてくださいというのも意識しているようで変だ。
単なる仕事をする場が一緒だというだけなのに、何を考えているのだろう。自分が嫌になる。
アデルの気持ちを知っているのかいないのか、ミシェルはアデルの耳元で穏やかに言う。
「なんで謝るの? 僕は本当に嬉しかったのに」
「いや、あの、……すみません、分からなかったんです。まさか王子様だなんて」
「秘密にしてた僕も悪かったよね。ごめんね、アデル」
「いえ、それは問題ではないのですが……というか、一つ質問してもいいですか」
「んー、アデルがその口調をやめてくれたら答えるよ」
「っな……」
こちらを試すような目をする。
ミシェルが『昔は悪戯っ子だった』、と自分で言っていたのをアデルは今、思いだした。
「殿下って、アデルにだけは呼ばれたくないんだ。ミカでもミシェルでもいいからさ。名前を呼んでよ」
耳に熱が集まる。
これは恋じゃない。
単純に、恥ずかしいだけだ。
ミシェルにこんな風に見つめられたら、誰だってこうなる。
アデルは観念した。
「勘弁してください……」
「どうしてもだめ?」
しょぼん、とアデルよりも大きい体でミシェルは肩を落とした。
悲しそうにハの字になった眉の下から、お願い、と再度強請られて、アデルの判断力はぐらぐらと揺れ始めた。
幼い頃、農園で飼っていた毛の長い犬を思い出す。
何を言うこともなく、ただ落ち込んだように、じっと小さくなっているミシェルの頭に、ぺしょんとひしゃげた耳が見える。
「……本当に、打首になったりしない?」
と、小声でアデルが言うと、ミシェルは顔を勢いよくあげ、
「しない!」
と、パアッと花の咲くような満面の笑みを浮かべた。
「アデルに何かしようとする奴がいたら僕が命を賭けて戦うよ」
そうなると、国民の半数を粛正しなければならないのではないだろうか。
アデルは少しばかり不安になりながらも、ミシェルの満足そうな笑顔を見て、公の場以外ならばいいか、と気を緩めた。




