(8)
この王子様は何を言っているんだろう。
アデルは痩せぎすの自分の体を見た。
化粧っ気もないし、色もとりわけ白くないし、見目麗しい令嬢や姫君とは程遠い。
「アデル、特定の相手がいるの?」
言葉が被さりそうなくらい早口でミシェルが言う。
アデルもすげなく答える。
「いるわけありませんよ」
これだけ仕事に勤しんで、休日は研究に邁進しているのに。
結婚の約束どころか、男性とお付き合いらしいお付き合いをしたこともない。
「本当に?」
「ええ」
「よかったあ」
パッと花の咲くように笑う王子は、その後で
「もしいたら決闘を申し込んでたよ」
と、不穏な発言をしていたが、小鳥のさえずりほどの声量だったため、アデルには聞こえなかった。
ユーリンヒッテが、取りなすように言った。
「アデルさん。我が甥ながら、この子はとっても女人に人気があるのよ」
「お察し致します」
ユーリンヒッテは大聖女という立場よりも、今は伯母としての必死さが垣間見える。
「先日、国をあげての剣技大会で優勝したときには国中の女性から花やら菓子やら手紙やらが山のように届いたの。貴族も平民も関係なく、娘たちはこの子の絵姿を飾っているわ。ミシェルと一度だけでも間近で話をしたいと願う国民はたくさんいるのよ。あなたはどう? 率直に言って、ミシェルのことを男性として見られる? それとも年下の子には興味はないかしら」
年下。
それはきっと、13と18のような過渡期であれば、明確な差としてあっただろう。
だけど五年が経った今のミシェルは、ただただ麗しい成年としての存在になっていた。
たくましい体躯もすらりと伸びた身長も、アデルよりずっと上にある。
「正直なところ、成長したあの子がこんなにかっこよくなっていて、驚きました。私にはもったいないお言葉までかけていただいて、本当にありがたかったです」
アデルはとつとつと喋った。
「結婚などというお約束をした点に関しては、本当に申し訳ないと思っています。ですが5年経ち、大聖女様のお膝元で働けることに生き甲斐を感じているのも事実なのです。どうかご理解下さい。結婚以外でしたら、このアデル、微力ながら殿下のためにできることに最善を尽くします」
「そうねえ……ここまで言っているのだし、ミシェル、この聖女は貴方にはどうにもできないんじゃないかしら」
ユーリンヒッテは、言外に『諦めろ』と助け舟を出してくれ、アデルは大聖女への敬愛を更に深くした。
美貌の天使は、柔らかく眼尻を下げた。
ただし、蜜色の瞳にはどことなく妖しげな光が忍んでいた。
「結婚以外なら、何でもしてくれるの?」
ぞくり、と背筋が泡立つような感覚。
一瞬、生涯を王の愛人として送った偉人の妾がアデルの脳裏に浮かんだ。
忘れていたが、ミシェルは下級聖女の一人や二人、指先ひとつで辞めさせることのできる権力を持っている。
まるで兇悪な悪魔と渡り合っているような気持ちになりながら、ミシェルの瞳を直視しないようにして、アデルは己を奮い立たせた。
「はい……私に出来ることであれば」
蜜色の瞳をじっと見返す。
成長した青年は鋭利な美しい刃物のようで、とうていあのときの純朴そうな庇護欲をあおる少年には見えない。
ユーリンヒッテが慌てて、
「……既成事実を作るのは駄目ですよ」
と、言い出した。
アデルは思わずゴホッと咳をした。
変なことを言わないで欲しい。
ミシェルは心外だ、という顔をした。
「まさか。伯母様、僕がアデルに夜伽でも命じそうに見えますか?」
「見えるから言っているのです」
「兄様達はともかく、僕はそんな悪趣味じゃありませんよ」
「英雄色を好む、と言うけど、好み方もそれぞれよね……思わず浄化の魔法を発動しそうになったわ、ミシェル」
少なくとも、麝香の匂いたつような各国のご令嬢を差し置いて、健康で純朴なだけが取り柄のアデルに目をつけて執着するのは、悪趣味以外の何物でもない。
パンッと手を叩いて、ミシェルが言った。
「では、第3王子として、大聖女ユーリンヒッテ様に請願します。聖騎士団に魔道具の研究部隊を創設したい。現在は貴重品である魔道具を、量産品に変える。これがうまくいけば、聖騎士団は各国の間でも比類無きものとなるでしょう。つきましては、優秀かつ魔力の十分な聖女を派遣して頂きたい。勿論、生活のできる快適な拠点を準備します」
無邪気に笑うミシェルは、絵面だけ見れば宗教画の大天使に相違ない。
しかし、瞳は為政者の強引さと若さゆえの情熱に溢れていた。
ユーリンヒッテは肩を落として言った。
「アデルさん。三人の王子のうち、このミシェルが最も美しくて、最も魔力があって、最も執着する性質なのよ、昔から……ごめんなさいね」
ユーリンヒッテは今度は誰が聞いても明らかなほどの、大きな溜息を吐いた。
「魔導の第一人者なのよ、この子ったら。今おへそを曲げられてしまうと、この国が滅ぶわ」
「あはは、そんな、まさか」
真顔のユーリンヒッテと目が合い、アデルはそれが冗談でも何でも無いことを悟った。
「アデルのおかげで、僕、五年かけて結構強くなったんだよ」
と、ミシェルがにっこり微笑む。
「魔法と剣を融合させると、面白い攻撃がたくさんできるんだ。辛いときもあったけど、アデルが支えてくれたんだよ。僕もっともっと強くなれると思うんだ」
「私、何もしていないんですが……」
「僕の心の中にいつもアデルがいたんだよ」
アデルは自分のあずかり知らないところで、何か糖度の高いものが醸成されていたことをうっすらと察した。
にわかには信じがたいが、ミシェル王子はいつも自分のことを思っていたらしい。
いたたまれなさと申し訳なさで胸が痛い。
しかし、巷の男たちが言えば、女性たちに石を投げられそうな台詞も、ミシェルが言うと許される気がする。
口角のあがった、この美貌が良くない。
世間の恨み辛みから縁遠い、音楽さえ聞こえてきそうな麗しい王子様。
「じゃあ、僕はそろそろ行くね。アデル、会えて良かった」
またね、と声を出さずにミシェルは言った。
その三日後、アデルの元に正式に書類が届いた。
『下級聖女アデル・ド・リュースバーグを中級聖女とし、聖騎士団直属の魔導具研究所へと異動する。なお、本件は極秘任務により、すみやかに荷物をまとめて王宮へ移ること』
末尾にはやはり美しい筆跡で、ミシェル王子の署名がしてあった。
続き 明日7時、10時です。6月になるまでに完結まで投稿したい所存です。




