(7)
「ミシェル様の字はいつも美しくて、勝手にファンになっていたのです」
「ッ……僕の?」
「ええ。いつも美しい字を書かれるので、どんな方なのかと思っていたのです」
ミシェルは無言で頬に片手を当てていた。
困ったような顔でそっぽを向いているが顔が赤い。
あんなに結婚結婚とはしゃいでいたくせに、今更照れるなんておかしくて、アデルは笑ってしまいそうになるのを我慢した。
「文字の通りのような御姿で、感服いたしました」
「ねえ。じゃあ嫌じゃないってことなんでしょう、アデル。僕、5年でかなり強くなったんだよ」
「い……良いとか嫌ということではないのです」
「なんで。僕のこと嫌い?」
ミシェルはうるっとした瞳で庇護欲を掻き立てるようにこちらを見つめてくる。
「ですから、嫌とかでは」
「じゃあ好き?」
ぐっと言葉に詰まる。
好きか嫌いかで言えば断然好きだ。
この、世の尊さを一心に集めたような顔を真っ正面から見て、嫌える人間などいるわけがない。
しかし、結婚は顔ではない。
身分と身分との結びつきが貴族の結婚なのだ。
そもそも、王子なんて初耳だ。
あのときアデルを慕ってくれた子は、確かにきれいな顔をしたはいたけれど、小柄だったしもっと自信なさげでおどおどしていた。
確かに5年で強くなったのだろう。
だけど、自信に溢れているミシェルに見つめられると、何かが揺らぎそうになる。
「養子になったなんて嘘をついてごめんね。口止めされていたんだ。聖女試験には代々王族が関わるんだけど、本当は自分の身分を明かしたり、積極的に接触しちゃいけないんだ」
ミシェルはハアッとため息を吐いた。
「あの頃の僕はひ弱だったし背も小さかったけど、好き嫌いを無くして、よく運動をして、しっかりと睡眠をとるようにしたら、とっても背が伸びたんだよ。乳母も母様も驚いていた」
「それはよろしかったですね……」
「アデルに会いたくて頑張ったんだ。闘技場でのトーナメントでも優勝したんだよ」
5年も前の他愛もない口約束。
だがしかし、ミシェル王子はそれを本気にしたらしい。
「アデル、僕のお嫁さんになってくれるよね?」
甘い声と表情にうっとりするのが女性として正しい道なのだろう。しかし、アデルはどうしても頷けなかった。
「結婚は……その、考えられないです。申し訳ありません」
ミシェルが目を見開いて、口をガクッと開けた。
「え……な、なんで」
アデルは律儀に頭を下げた。
約束は約束だ。
子ども相手だと思って、軽い気持ちで約束なんてするんじゃなかった。
「あの時は……ミシェル様がそのようなお立場であるとは知らなかったのです。私はただの下級聖女です」
少し沈黙して、ミシェルが咳払いして言った。
「アデル。ごめんね、調べさせてもらったんだけど、アデルってヴァレリアン公爵家の養女だよね。公爵の養女なら、第三王子の僕とは釣り合いが取れているよね」
アデルはぐっと息を飲み込んだ。
たしかに養父と養母にあたるヴァレリアン家の方々は、たいそう上品で素晴らしく伝統的な貴族だ。
美男美女のカップルとして有名になったヴァレリアン公爵夫妻たちは、アデルのことも大切にしてくれる。
「しかし、私は一度没落した貴族の娘で、公爵家の養女でしかありません。高貴な血筋のミシェル様には不釣り合いです」
「でも、聖女だ」
「国民は納得しません」
「アデルの意思は? 僕のこと、本当に嫌?」
それを言われると辛い。
ミシェルは黙って微笑んでいた。
アデルはのろのろと首を振った。
「そういうわけではありません、が……あの頃の子どもと、ミシェル様とはあまりにちがっていて……」
「大きくなったでしょ」
「はい。とても格好良く成長なさって……私は見ての通り、美人や淑女といえるような見た目でもありません。だからといって飾り立てる気も湧かない田舎者です。ミシェル様より五つも年上ですし」
「アデルは世界で一番可愛いよ。それとも、アデルにそんなことを言った不届き者がいるの?」
ミシェルはあくまでも微笑みを崩さなかった。
しかし、すうっと部屋の空気が張り詰める。
ミシェルの一挙手一投足で場の雰囲気がコントロールされていく。
「血脈のことまで気にしてくれるなんて、アデルって優しいんだね。だけど問題無いよ。僕たち、どちらも魔力持ちでしょう。国民も納得してくれると思うんだよね」
ミシェルはトーンを低くして、
「納得しない奴がいたらどうなるか、知らしめてやってもいいんだけどね」
と、付け加えた。
が、小鳥がさえずる程度の小さな声量だったため、アデルには聞こえなかった。
「それに、年齢なんて関係ある? アデルは僕にとっていつも憧れのお姉さんだった。けど、今日から成年になったんだ。もう大人って言ってもいいでしょ」
確かに見た目だけでいえば、ミシェルは大人といっても良かった。
とはいっても筋骨隆々とした騎士のイメージとは違って、本当に王子様らしい雰囲気だ。
色が白く、首や頬のあたりはほんの少しだけ細さもある。
だけれど、五年前に草花のようにほっそりとしていた腕や肩はアデルよりもずっと太くなり、ごつごつした喉仏が女性ではないことを想い出させる。
「だから、約束通りアデルを迎えに来たんだよ」
ミシェルは懐から金の指輪を出した。
見るからに王家の何物かといった風情の、高級そうなアクセサリーが、またもや手触りの良さそうな光沢ある生地の箱に入っている。
「それは……受け取れません」
ミシェルの顔から血の気がひいた。
行き場を無くなった指輪がポトッと床に落ちる。
ユーリンヒッテがあわてて拾い上げたところを見ると、やはり貰わなくて正解だったようだ。
国宝級の何かだったかもしれない。
「アデル……」
泣いてしまうだろうか、と思った。
アデルはハラハラしながらも、断るしかなかった。
(天使と結婚は無理……無理無理……)
冷静に考えて、傍観者が納得するわけもない。
貴族や平民を問わず、全国民の女性から石が飛んでくるだろう。
公爵家に『恥を知れ』と野次馬連中が押しかけるかもしれない。
ヴァレリアン公爵家に迷惑をかけるわけにはいかない。
なりゆきを見守っていたユーリンヒッテが、助け船を出した。
「ねえ、ミシェル、あなたは結婚相手がいないか公爵家に根回ししていたみたいだけれど、心の中までは調べられないわよ。アデルさんにもう心に決めた方がいらっしゃるかもしれないって思わないの?」
美貌の王子は青ざめた。
「……他の男が?」
ミシェルは光を失った瞳をしてアデルを見た。
ヤンデレルートにはいかないので安心してください。(ハピエン厨)




