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聖女アデルは頷かない ~気付かないうちに推しと5年前に結婚の約束をしていたらしい~  作者: 丹空 舞


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(5)

次回更新は明日、また数回更新します。

思ったより長くなりました。

 ふわふわと雲の上を歩くような足取りのアデルは、不安ながらも、本日二度目の大聖女様にまみえる機会に少しだけ浮かれていた。


 大聖女様の私室のある本殿に出入りできるのは、上級の聖女だけだ。

 アデルは下級の聖女に区分されているので、本来ならば出入りすることさえ叶わない。


 それだけでも畏れ多いのだが、アデルが案内されたのは、本殿の更にその奥だった。




(うああ……目の膜に焼き付けておこう)




 視神経に染みこませるように、アデルは瞬きをせずに歩こうと心がけた。


 色とりどりのステンドグラスや壁画。

 金銀で細工をされた部屋中の美しい装飾は、歴史と神秘の彩りだ。


「粗相の無いように」

と、ジョルジェットはアデルを振り返って釘をさした。

上級聖女は皆、黒地に金の縁取りのある特別な衣を身にまとっている。本殿に出入りして、大聖女の仕事の補佐や世話をするのだ。選ばれし存在の彼女たちは下級や中級の聖女には持てない特別なロザリオを身につけている。


 ジョルジェットは背の高い、いかにも仕事のできそうな聖女だ。ユーリンヒッテ様の近くで業務を行っているということは、ジョルジェット自身も力のある聖女だということだろう。


 ジョルジェットは大きな白い石の扉の前で立ち止まり、ノックをした。




「お連れしました」

「お入りになって」



 扉の向こうから上品だがはっきりと響く声が聞こえた。




(わああああ!)



 嫌がおうにもアデルの心臓はバクバクと鼓動を速めた。

 あれが――。


 憧れと畏敬の対象のその人。

 大聖女ユーリンヒッテだった。



 扉が開かれ、大聖女の柔和だが意志の強そうなブルーの瞳が、アデルを出迎えた。




「あなたがアデルさんね」

 と、ユーリンヒッテは微笑んでいた。



「は、は、はははいっ!」




 興奮のあまり、舌を噛みそうになりながら、アデルは返事をした。

 直接喋りかけられたどころか、名前まで呼ばれてしまった。


 前へ歩み出るとき、アデルは動揺のあまり自分で自分の足を踏んでしまったくらいだった。


 ユーリンヒッテ様はなんだか後光がさしているように見える。

 尊い人間になると発光するのかもしれない。

 アデルは聖堂で光り輝いていたミシェルを思いだした。

 尊さで光る一族は現実に存在したのだ。



「わざわざ呼んでごめんなさいね」


「いえっ! 全く問題ありません」




 アデルの手のひらから、確実に小さな水たまりができるくらいの汗が出た。カラカラになりそうな口の中から返事を絞り出す。




「あの、ご用件というのは……」


「ええ。それがね」





 大聖女ユーリンヒッテは物憂げにため息をついた。




「私の甥っ子がどうしてもあなたに会わせろってきかなくてね」


「はあ」


「職権乱用だわね。本当にごめんなさい。だけど良い子なのよ、本当に……ちょっぴり頑固なのだけど。申し訳ないけれど、少し話してやって頂戴」




 その時、アデルは初めて気が付いた。


 ユーリンヒッテの座る席の奥から、もう一人の誰かが早足でやってきたのだ。


 アデルはいぶかしげに目を細めた。

 いったい誰だろう?



「アデル!」



 夢を見ている?


 アデルは全身で汗をかいていた。

 血液が沸騰してしまいそうだ。

 綺麗な青年がこちらに近寄ってくる。


 いや、そんなことはありえない。

 逃げ出したくなる足を叱りつけるように、アデルは身を固くした。

 大聖女様の御前だ。

 最後まできちんと務めを果たさなければ。




「アデル? アデルだよね」



 天使が確かに名前を呼んだ。


 アデルは自分の気がとうとうおかしくなってしまったのだと思いながら、真っ赤になって口をぽっかり開けていた。



 きらきらと光る玉のような美貌。

 金色の巻き毛と彫刻のような美しい肌。


 宗教画の中から、天使が飛び出てきたのだと思った。

 アデルは珍しい生き物に遭遇したような気持ちで、目の前の生き物を眺めた。


 上背があってアデルよりも大きいが、まだ年若そうな顔つきだ。

 ふわりと羽が舞い降りるように、砂糖菓子のように甘い微笑みがアデルに向けられる。




「やっと会えた」




(みっ!?)




 花のほころぶような美青年の笑顔とは対照的に、アデルの心中は千々に乱れていた。





「っみ、み、ミシェル様?」


「うん。ミシェルだよ。覚えていてくれたの?」






(えっ! ミッシェル様! ん!? 甥!? じゃあユーリンヒッテ様も王族の関係者ってこと!?)




 アデルは別の意味で衝撃を受けていた。


 本当の本当に、光る一族だった。

 まさか大聖女と王子が血縁者だったとは思わなかった。


 ミシェル王子に関してはいったん置いておいて、大聖女ユーリンヒッテが高貴な血筋の方なのだという新情報が胸を震わせてくる。




(血をひけらかさないユーリンヒッテ様! さすが! 高貴なお身分とそれを鼻にかけない謙虚さと実力! ますます尊い)





 ミシェルが少しかがみこんだ。

 アデルより上にあった視線が下がり、ぱちりと合う。




「アデル。僕のこと、覚えてる?」




(うっ! 近いっ)



 こてん、と首を傾げる仕草は、世の中の女性たちの心を根こそぎ奪っていく破壊力がある。


 キラキラ光る生命体が自分を甘やかに見つめているという事実に、アデルはくらくらした。



(ありません、天使に会ったのは今日が初めてです……!)




 もったいないお言葉である。

 せっかくならば以前から書面にて美麗な筆跡を知っていました、と本当のことを言いたい。


 しかし、間違いは間違いとはっきり言わなければならない。

 貴族連中ならともかく、王族と知り合う機会など無かった。

 そんな畏れ多いことはない。

 アデルは半ば怯えながら、ミシェルから視線を逸らした。



「何かの間違いです。私はミシェル様とは初めてお会いしましたから……」




 と、何とか絞りだす。


 字は何度も見ていたし、会っても無いのにファンではあったが、実際にこうしてご尊顔を見るのは先ほどが一度目、これで二度目だ。


 天使のようなミシェル王子は柳眉をひそめて、ポソッと呟いた。




「えー、忘れちゃったの?」




 忘れるも覚えているも何も、こんな美麗な人間と関わった記憶はない。


 きゅ、と唇を結んで、悲しそうにしないで欲しい。

 罪悪感がむくむくと盛夏のひまわりのごとく首をもたげていく。




「申し訳ありません。ですが、ミシェル様のような方に会えば覚えているはずです……」








 金星のように輝き、どこにいても目を引く美貌。

 それだけでなく王族であり、大聖女ユーリンヒッテの甥っ子。



 大聖女の血縁者とあって、さすがに風格がある。

 立っているだけで後光が差してくるような気品と、華のある美しさを兼ね備えている。

 貴族のお嬢さん方向けの絵画のモデルにちょうど良い。

 若々しいつるりとした顎はすっと白い絵の具をひいたように伸びて、艶やかに光を反射した。




 白いジャケットがよく似合う青年はまさに王族だ。

 しかし、花蜜色のとろけそうに甘い色をした瞳がこちらを見つめている。



(あれ、この瞳……どこかで?)



 とろりととろけてしまいそうな甘い黄金の瞳を、どこかで見たような気がする。





 すると、大聖女は優しい声でアデルの名前を呼んだ。



「アデル」


「ひゃい!」




 舌をかみ切らなかった自分を褒めてやりたい。


 アデルは直立不動のまま、手に汗を握った。




「ええとね。うちの甥っ子が言うには――あなた、5年前に、何か約束をしたようなのだけれど」


「はい? ここで働くという誓約のことでしょうか? それは勿論、聖堂とユーリンヒッテ様の御許で仕えたいという心は当初より変わりなく」


「いえ、そうではなく……結婚の」


「ケッコン?」




 アデルは目を丸くした。




「誰のです?」


「貴方のよ、アデル」


「いったい何の冗談ですか?」




 黙ってアデルを眺めていたミシェルが、大聖女をさえぎるようにアデルの前へ進み出て微笑んだ。



「僕とアデルのだよ。約束したでしょ?」


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