(3)
5話くらいで完結するかと思いきや全然終わらない予感がしてきました。
仕方ねえ付き合ってやるかという心の広い方は、15時も投稿しますのでよしなにお願いします…。
残りは明日です。
白いベールと儀式の装束を身につけてアデルは聖堂の裏口から会場に入った。
壁の聖女たちは、顔を隠していて誰が誰が分からない。
といっても、大聖女ユーリンヒッテの傍らでは、たしかにその辺りの聖女など大差など無いかもしれない。
大聖女は全ての聖女の中で最も魔力の高い、聖堂の代表だ。
歴代の大聖女の中でも、現職のユーリンヒッテ様が最も力が強いと囁かれている。
二十年前の魔物の大襲来の事件の際も、聖騎士団と共に闘い、その膨大な魔力で被害を最小限に抑えたと言われている伝説的な存在だ。
花祭りの式典も楽しみだったが、アデルはいつも遠くに見ていたユーリンヒッテ様を、ベールごしにとはいえ間近で見られることに興奮していた。
(昨日の晩ご飯、ヌマスグリをたくさん食べてきてよかった……!)
昨夜、残業していて食堂を使えなかったアデルは、部屋でおやつ代わりのヌマスグリの実をつまんで済ませたのだった。
翌朝までの空腹に耐えて眠るのは辛かったが、ヌマスグリは視力をよくする効果があるという。
本当かどうかは定かでないが、そう思えば視力もいつもより良くなっているように思える。
ユーリンヒッテ様の麗しい御姿を少しでも解像度高く見ることができるのならば、あの空腹の苦行にも価値があった。
アデルはきょろきょろと辺りを見回した。
聖女たちは全員頭部に白いベールをつけているので、誰が誰なのか分からない。
そのとき、たくさんの顔を隠した聖女たちの中から、ひときわ色白の手がこちらに向いて左右に振られているのが見えた。
あの手には見覚えがある。
「アデルさん。こちらへ」
「モルガネ様ですか?」
「ええ」
近付くとローヴから香ったのと同じハーブの匂いがした。
アデルはモルガネの隣に並び、列におさまった。
「どなたか分からないのは不思議な感じがしますね」
「ええ。ここにいる時は、大聖女様以外は皆、ただの壁だもの」
「私、間近でユーリンヒッテ様を拝見するのは初めてです」
「ふふ。ユーリンヒッテ様は、素晴らしくいい匂いがするわよ」
「モルガネ様よりもですか?」
「まあ。もちろんよ、ユーリンヒッテ様に勝てる人間なんていないと感じるわ」
完璧な人間などいないという至極当然の常識を覆すのが、大聖女ユーリンヒッテなのだ。
それも然り、とアデルは頷いた。
モルガネが素晴らしい淑女であり聖女なのは確かだが、白鳥と鳳凰を比べるようなもので、ユーリンヒッテ様は酷く遠い場所にいる伝説のような存在なのだ。
「しかも、今日はあの、ミカエル様がいらっしゃるわ」
と、普段は噂話などしないモルガネが、こころなしか声に喜色を滲ませながら言った。
「しばらくは騎士団に籍をおかれていたけれど、これからは王族として顔を出されるのかしら」
初めて聞く名前だった。
「ミカエル様というのはどなたですか」
「あらっ、アデル、知らないの? 第三王子ミシェル様のことよ」
「ミシェル様!?」
アデルは心あたりのありすぎるくらいある御名に飛び上がりそうになった。
「ミシェル様がいらっしゃるのですか? 今日?」
「ええ。今日、花祭りの日がミシェル様の生誕日ですもの。十八になられて、もう成年の王族になられるのよ。ミカエル様というのはね、ミシェルというお名前がミカエルに由来しているからとか、ご本人が天使ミカエルのような美貌だからだとか、天使のように慈愛に満ちたお心の持ち主だからだとか」
「ふわあ……」
あの、ミシェル第3王子に会えるーー。
思わず、アデルは天に祈った。
(天にまします我が神よ。昨日私に偶さかにヌマスグリをお与え下さった天啓と、今日の僥倖を誠に感謝いたします。ええ、心から……!)
あの美しい書状の書き手の密かなファンとして、アデルは今日の幸運に酔いしれていた。
「アデルさん、なんだかあなたの周り、よい香りがするわ」
「えっ?」
「何かよい祈りをしたのね。誰かのために魔力を集中させた強い祈りを発動させると、状況にもよるのだけれど、特有の香りがするらしいわ。下級の聖女ではなかなか無いことだけれど、アデルさんって魔力が強いのね」
「いえ、そんな……あ、だからモルガネ様はいい香りがするのですか。このローヴの香りもすごくいい匂いでした」
「ふふ、それはただのサシェの移り香よ」
「なんだぁ」
アデルはモルガネと笑い合いながら、心の中に湧き上がるふつふつとした興奮を懸命に抑え隠していた。
あの美筆のミシェル第三王子を直に見ることができるのだ。
(どんな方なのだろう?)
落ち着けという方が、どだい無理な話だった。
*
ユーリンヒッテ様はこの大聖堂のトップである。
王族や貴族、否、時にそれ以上の権力すら持つ大聖女。
もう御年60程になられるだろうかというユーリンヒッテは、全く容色が衰えず、今日の式典のドレス姿などはどう見ても40半ば程だ。紫の濃い毛髪にところどころ銀色の白髪も見えるが、それさえも高貴な貫禄のように思えてくるから不思議だ。
有事を戦い抜いた猛者とも言える胆力。
国外の狸共に腹の中を探られないようにする穏やかな微笑み。
ただ者ではない雰囲気が明らかだ。
アデルは心中で手を組み、神とモルガネに感謝の祈りを捧げた。
「本日の祝典が行われますこと、五穀の豊穣と大地、海と空へ感謝の祈りを捧げます」
壁の花の聖女が一斉に、指を組んで祈りを捧げる。
上級聖女ともなるとその実力は折り紙つきだし、中級といってもなかなかのものだ。
魔力の強い者たちが列になり、一緒になって祈りを捧げる姿は何とも荘厳だ。
聖堂の中は厳かな空気に満ち、なんともいえない甘い花のような香りが漂い始めた。
讃美歌の美しいハーモニーが響き渡り、参列者の中には涙を流しているものもいる。
大聖女ユーリンヒッテも、壁の花の聖女たちの前に立ち、方向を同じくして祈りの歌を歌っていた。
(うわあああユーリンヒッテ様、御髪さえも恰好良いッ……白髪さえも優雅とはどういうこと……老いすらも統率するユーリンヒッテ様……)
アデルは心からの憧れを胸に、大聖女ユーリンヒッテの後ろ姿に目を奪われていた。
しかし、未だアデルが気づいていなかったことが一つあった。
このとき、本日の式典の主役が、讃美歌の響く中、聖堂の中央に姿を現していた。
仕事に熱心な聖女たちは、誰も一言とて余計なことをしゃべらなかった。
が、聖堂全体の空気が静かに変質し始めていた。
口に出さずとも、少しばかりのため息や驚きの瞬きや、そんな静かなさざめきが聖女たちの間に広がっていた。
(ユーリンヒッテ様は何を食べていらっしゃるのだろう。雲とか朝露とか……いやまさか?)
アデルがぼんやり考えていると、ユーリンヒッテが静かに言った。
「ミシェル第三王子、前へ」
厳かな音楽と共に、聖堂が静かな興奮に包まれる。
その時初めて、ノエルは大聖堂の中央に目を向けた。
「ミカエル」という天使の名前に形容される男の余りに優美な出で立ちが、全ての者の視線を集めていた。
肩まである長い巻毛の金髪。
色白の頬は少年のようだが、彫りの深い目鼻立ちは元々の王である父親譲りの王者の貫禄がある。
金色のまつ毛が縁取る二重のまぶたはスッキリとして余分な脂肪も無く、ふっくらした唇と、やや垂れ目がちな造りが、ミシェルの真顔を甘やかな表情に見せていた。
美しい王子は聖職者たちに囲まれながら、その場で気高く神聖に前を向いて立っていた。




