(2)
私は字が汚すぎて、匿名の「将来の夢」作文を特定されたことがあります(黒歴史)
次は12時です~。
その日は、花の祭日だった。
街中をあげて祭りをする祝日だ。
が、そんなことは関係なく、今日も今日とてアデルは聖堂の文机で事務処理をしていた。
なんだか今日はいい感じだ。
スムーズに仕事が進む。
花祭りだからなのか、天使のご加護があるのかもしれない。
アデルが自分の処理した書類の数々の山を、うっとりしながら眺めていると、部屋の扉がノックされた。
緩く桃色の髪を後ろで束ねている彼女は、モルガネという中級の聖女だ。
「アデルさん。こちらにいらしたのね」
「ああ、はい。何でしょうか」
上司に向かってアデルが立ち上がる。
モルガネは美しく優雅に微笑んだ。
「これから花祭りの祝祭儀礼なのだけれど、大聖女様の拝謁の際の壁の聖女が足りなくって」
「壁の聖女?」
アデルが尋ねると、モルガネは困ったように唇に指を当てた。
「大聖女様の儀式の際に、横に並ぶ顔を隠した聖女たちよ。本来なら中級と上級の聖女だけなのだけれど、今日はあいにく体調を崩してしまった方々が大勢いて。もしかしたら食中毒かもしれないって」
「あら、それは大変ですね」
モルガネは深刻そうに頷いた。
「賛美歌を歌ったり、大聖女様の祈りの言葉を時折復唱したりするだけよ。あまり難しいことはないわ。一緒に来てくれる?」
いつも穏やかなモルガネの顔に疲労が僅かに滲んでいる。
人員集めに苦戦しているのだろう。
「ええ。私でお役にたてるなら、もちろんです」
と、アデルは即答した。
「ああ、よかった! 壁の聖女は、儀式の際には、特別な白色のレースの布で顔を隠すのがしきたりよ。ローヴはわたくしの予備の祭礼服があるから、これをお使いになって」
何でも、壁の聖女たちは、白のベールで額まで隠して大聖女の横に立つらしい。
花嫁のベールに似ているが、聖女たちは皆独身だ。
聖女たちは、上級まであがると、国の権力者や有力者に見初められて婚姻を結ぶことが多い。政略結婚のようなものなので、上級聖女は年齢に限らずどこでも求められる。結婚せずに聖堂に残っても、大聖女と共に国の中核の重要な仕事を任されるようになる。
中級聖女でも貴族男性にとってみれば、ただの貴族の女性と結婚するよりは箔がつく。普通の縁談ではありえない条件の良い結婚ができる。
アデルの上司のこのモルガネも、実家の近くの幼なじみの男性と婚約が決まったらしい。男性が格上の家だったので、モルガネが中級聖女となってようやく釣り合いがとれるようになったのだ。実力で好きな男を勝ち取った女の武勇伝だと、噂好きな下級聖女のデルやユピーが談話室で話していたのを聞いたことがある。
アデルたちのような下級聖女は、ひたすら仕事に励んで、聖女としての格をあげるか、もしくは以前から交際していたり婚約していた人間と早々と籍を入れて、聖堂を去る。
どちらにせよアデルにとっては、雲の上のような話だ。
自分が結婚に縁があるとは、アデルには到底思えなかった。
蝶の羽根のように白く薄いベールを渡しながら、モルガネは悪戯っぽく笑った。
「もしかしたらまたすぐに、今度は花嫁として被ることになるかもしれないわよ」
「まさか」
と、アデルは言った。
結婚だなんて想像もつかない。
「モルガネ様と違って、私は相手がいたこともないし、これからもきっと、十年くらいはありませんよ。頑張って中級聖女になれば、引き取り手が出てくるかもしれませんが」
モルガネは眉を下げてゆっくり微笑んだ。
「予想もつかないのが恋よ、アデルさん。時には本人たちでさえも、その中にいることに気付いていなかったりするの」
「はあ……」
「恋が雲なら、結婚は突然降ってくる雨みたいなもの。私だってまさかあの方を本気で好きになるなんて……ンンッ! いえ、それはいいわ」
優しげなモルガネからは強さというよりは、どちらかというとたおやかさを感じる。
「あなたは気立てが良くて可愛らしいから、きっと良い方と巡り会えるわ。さあ、着替えたら大聖堂に来て頂戴。聖堂の正面には大勢、参列する人々が集まっているから、必ず裏から回って来てね」
「分かりました」
アデルは大急ぎでローヴを広げた。
ハーブのような優しい香りがふわりと広がる。
代役とはいえ初めての壁の花という重要任務だ。
わくわくした気持ちを落ち着かせるように、アデルは白と紺色の混じった、ふんわりした儀式服にそっと袖を通した。
仕事部屋を出るモルガネが振り向きざまに声をかけてきた。
「支度ができたらなるべく早くいらしてね。白いベールもつけて入るのよ。今日は聖堂に入ったら、顔を出していいのは大聖女のユーリンヒッテ様だけだから」
「大聖女様を近くで見られたりしますか?」
「ええ。すぐ手が届きそうな場所で見られるわよ」
「やった!」
「それに……今日は特別。ミカエル様がいらっしゃるわよ」
「ミカエルって、天使ミカエルですか?」
「ふふ、そうね。あなたは好き?」
「え? ええ……聖典で読んではいますけど、まあ、好きか嫌いかでいったらもちろん好きです。嫌いな聖女なんていないと思いますけど……」
「その様子じゃ、アデル、あなた分かってないのね。いいわ、じゃあ後でのお楽しみにしましょう。興奮で倒れないようにね」
アデルはにわかに楽しみになってきた。
ミカエルはともかく、ユーリンヒッテ様を間近で見られる機会など、下級聖女にはそうそう無い。
花祭りが始まる。




