(18)
聖堂の裏庭には、小さな花畑がある。
高台から見下ろせる墓地に面しているのだが、歴史ある風情があって、気味の悪さは無い。
色とりどりの小さな花々が咲き乱れる庭は、ポーションや傷病薬用の薬草が生えているので、聖女たちも時折訪れる。
アデルは一人で木製の白いスツールに座っていた。
日の沈みかけた花畑には、ねぐらに戻って来た気の早い小鳥が葉音をたてる。
人は他には誰もいない。
仕事が終わって立ち寄ると言っていたミシェルとの待ち合わせは、この花畑なのだ。
また鳥が飛んできて、チ、チ、と木々の中でさえずる。
アデルは愉しげに口角をあげて、後ろを振り向いて鳥の姿を探した。
その時、アデルの背後に影が迫っていた。
静かに近寄った人物の手には、厨房で使う短刀が握られている。
アデルの後頭部を睨みつけ、頭上に短刀を振り上げた。
その瞬間、その人物の手首をグッと握りしめた者がいた。
「キャッ!? み、ミシェル様……!」
「君だったんだね」
ミシェルは悲しそうに女性の手首を掴み、そっと短刀を抜き取った。
「危ないでしょ、こんなもの振り上げたら」
くしゃり、と表情を歪めたのは、下級聖女のユピーだった。
「だって! この女が悪いんです! ミシェル様とあたしの間に割り込んできて」
嫉妬と憤怒で震えている。
ユピーは濃い口紅を塗った唇のまわりを唾で濡らしながら、興奮して叫んだ。
「騙されてるんですッ! ミシェル様は、あのアデルとかいう女に! あんなの聖女なんかじゃない」
「うん、そうなんだよね」
と、ミシェルは言った。
「えっ?」
「君も、騙されてるよ。アデル、もう視えた?」
先ほどまでスツールに座っていたアデルは、パッと立ちあがって、聖堂へ続く小道の塀の一角を指差した。
「そこ! 塀の陰!」
途端に、何者かがパッと身を翻して走り去ろうとした。
しかし、白い何かがそれよりも早く飛び出して、何かを引き倒した。
「手荒な真似をしてすまんな、お嬢さん」
白い何かは騎士団長のマティアスだった。
隊服の白いズボンを身に着け、女性の腕を拘束している。
ユピーが目を見開いた。
「デレダ? 何でここに?」
「……」
背の高いデレダは血の気を失った顔をして、地面に膝をついていた。
裏庭にガブリエルが走り込んできた。
惨状にも動じずに、一瞥したのみでマティアスへ報告する。
「この女達の部屋の私物のクローゼットから、毒の入った瓶が見つかった。食中毒事件に使われたものだろう」
「えっ?」
と、ユピーが変な顔をした。
「嘘よ、そんなはずないわ」
ガブリエルが首を振る。
「いや、確かにお前たちの部屋からだ」
「だって、あの瓶はもう川に捨てたはずだもの……そうすれば、食中毒事件の犯人は永久に分からないはずって」
「それは誰が言っていたの?」
と、ミシェルが言った。
蜂蜜色の瞳がユピーを映す。
途端に紅潮したユピーは、熱に浮かされるように言った。
「デレダよ。彼女、本当に良い友達なの……ミシェル様に会うためにはどうしたらいいか、デレダが教えてくれたの。花祭りの祭典で、聖女が足りなくなれば、下級聖女の私たちもきっと、壁の花として呼ばれるって。だから、少し具合が悪くなるくらいのちょっとした毒を食事に入れたの。それに、宝物庫の宝物を壊せば騎士団が来るっていうのも本当だった。でも、すぐ帰ってしまったでしょ? 騎士の姿のミシェル様をもっと見たかったって言ったら、デレダが教えてきこれたの。もし、聖女が殺されたら、ミシェル様はきっと何日かいらっしゃるって。ああ、ほら、やっぱりデレダは正しかったわ。こんなに近くでミシェル様に会えるなんて……」
お付き合いありがとうございます。
次回最終話です。




