(15)
メロい年下男の赤面顔っていいよなと思いつつ楽しく書いてます。
モルガネは昏睡していた。
聖堂の医療室に駆けつけたアデルは目の前が真っ暗になった心地がした。
「……なんで、こんな」
と、絞り出すのが精いっぱいだった。
「階段から押されたらしい。転落したようなんだが、不幸中の幸いなのか、室内バルコニーの床に洗濯係が洗おうとしていた暗幕がまとめて積み重なって置かれていようだ。たまたまクッションになったんだな」
「じゃあ、もしそれが無かったら」
「即死だったろう」
と、ガブリエルは断言した。
「オルガンのあった祭壇は、階段を登らなければ届かない高所にある。あんなところから突き落とされたら、ひとたまりもないな」
「……どうして、モルガネ様が」
モルガネはもうすぐ故郷に帰って、上級貴族の男性と結婚する予定だったはずだ。
「婚約者の方は?」
「それが……便りを送ったがまだ連絡が無いんだ。どうやら外国に留学しているようで」
「モルガネ様……」
ガブリエルは調査を続けると言って、外に出ていった。
アデルは心臓が潰れる思いだった。
「駄目ですよ、モルガネ様……! 戻って来なきゃ。結婚するんでしょ」
ぽたり、と涙が医療室の床に落ちる。
痛痛しい包帯が頭に巻かれているモルガネの血色は悪い。
この間まであんなに元気だったのに。
モルガネは踏みつけられた花のように、ベッドに横たわっている。
「そうだ。花……」
その時、アデルの脳裏によぎったのは、聖女試験の時にアデルに出された『花』だった。
あれを再び咲かせたときのことーー。
泣くのをやめたアデルは、モルガネの枕元にしゃがみ込もうとした。しかし、伸びてきた腕に遮られた。
「アデル、待って」
ミシェルだった。
「きみは今、魔力を使おうとしてるよね」
その通りだった。
言い当てられたアデルは頷いた。
「人間は花じゃない。もしきみがその力を使ったら……人間の『修復』が成功でもしたら、とんでもないことになる」
ミシェルは真剣だった。
「これまでアデルは聖堂で、五年間事務作業ばかりしてたよね。ごめん、そう仕向けてたのは、僕なんだ」
「ミシェルが?」
アデルは驚いてまばたきをした。
全く気付かなかった。
事務の才能を見込まれたとばかり思っていた。
「聖女はただ祈りを捧げる存在だ。魔力を視て、ほとんどの物質の良し悪しを評価して、王家に報告する存在なんだ。それ以上のことはできない。アデルみたいに魔力を流せるのは……特別なんだよ」
聖女試験のあと、『魔力を流せること』は周囲に言わないようにと口止めされた。
五年間、言われるがままに事務作業ばかりやって、時折簡単な『魔力流し』の実験に呼ばれて、個室で何やらさせられたのも合点がいく。
ミシェルは辛そうに顔を歪めた。
眉間にシワがよっても、美青年は美青年のままだ。
「聖女は『治す者』じゃない。その前提が崩れたら……医者にかかって治らなかった人間たちが、これからアデルの加護を求めて押しかけるだろう」
「ここには私たちしかいないよ」
「秘密は生まれた瞬間から産声をあげる。火を紙に包むようなものだ。アデルは優しいから……断れないよ、きっと。本当に困っている人がいたら、その力を使うはずだ」
アデルはふと想像した。
ミシェルが戦いに出て瀕死の重症を負ったら、じっとしていられるだろうか。
確かに、きっと無理だ。
「外国だってきみを欲しがる。物質を変成させる膨大な魔力なんて……永遠の命を欲しがる奴らはたくさんいる。誰に狙われるか分からない。魔力が多いってだけの伯母様だって、それでずいぶん苦労をしたんだ。それが、物だけじゃなくて人間も蘇生できる、となったら……」
「ミシェル。ごめん」
アデルはモルガネの手を取った。
「私のことはどうだっていいんだ」
「いいわけない! アデル、この先はそうはいかないかもしれないんだ!」
ミシェルが声を荒げるのを初めて聞いた。
しかし、アデルは引かなかった。
「目の前の恩人を見捨てるようなら、そんなのはもう私じゃないよ」
ミシェルはゆっくりとまばたきをした。
「本気なの?」
「もちろん」
「もしも人間の『修復』がうまくいったら……前代未聞だよ。それがどういうことか、何を意味するか、分かってる」
ピリッと医療室の空気が張り詰めた。
「有名になるだけじゃない。命を狙われることだってあるかもしれない」
ミシェルは心から案じてくれているのだ。
五年間、国の駒にもされずに、聖堂に匿われていた。
聡明で愛らしかった天使のような少年の顔を、アデルは今はっきりと思い出した。
『誰よりも強くなる』
そう言っていたミシェルは、あの時、もう見えていたのだろうか。
アデルを守る未来を。
「小さな手で、守ってくれてたんだね。ミシェル、ありがとう」
アデルは呟いて、ミシェルの腕に手を伸ばした。
そっと掴んで、ゆっくり押し返す。
「でもね、自分が自分じゃなくなったら死んじゃうのと一緒だ。ミシェル、もし今モルガネ様を助けようとしなかったら、私はもうアデルじゃない。うまくいくか分からないけど、できるだけやってみたいんだ」
ミシェルは鏡のような瞳をして、アデルをよく見ていた。
アデルが本気なのを見てとると、ひとつだけ溜息をついて言った。
「本当に頑固だよね、アデル。それなら、僕も覚悟を決めたよ。これからアデルが誰に狙われても、僕が守る。命を賭けてもね」
「頼もしいね」
「ちゃかすなよ。本気なんだ」
また子ども扱いされたと思っているだろうか。
アデルはへにゃりと相好を崩した。
笑わずに言うなんて、照れ臭すぎて死にそうだ。
「知ってる。ありがと、ミシェル」
「ッ……くそ、ずるい」
「え?」
「……そんな顔されたらもう何も言えなくなるじゃん」
アデルはモルガネの傍にしゃがみこみ、手をとって、祈り始めた。
師匠のクレマンに教えられたことを思い出す。
「あたたかいエネルギーを流す……祈りながら、イメージしながら……水……草……太陽のあたたかさ……蘇らせる……生命を分かち合って、注いでいく……」
身体の底から湧き上がったあたたかい源が、手と手を通して少しずつ流れていく。
(頑張って、モルガネ様……!)
焦らず、一定の量を少しずつ流し入れる……。
アデルはゆっくりと魔力を注いだ。
後ろからミシェルはじっとアデルを見ていた。
見守られているのが、心強かった。
次第に、僅かだが変化が現れてきた。
モルガネの頬に色味が差し始めた。
書き溜めていたのに気に入らず消したりなんだりで、ついに読者に追いつかれてしまったので、結局また日日書いています。
相変わらず綱渡りマンです。
完結まではもう少しの予定なので、意地で毎日更新します(自分との戦い)!!




