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聖女アデルは頷かない ~気付かないうちに推しと5年前に結婚の約束をしていたらしい~  作者: 丹空 舞


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激重執着の明るいヤンデレ美青年は個人的には結構好きです。

例によって長くなりました。1日1エピソード更新していきます~。

 アデルがミシェルに手渡したのは、小さな紫色の瓶だった。

 花の形に彫り込みが作ってある。


「ガラスに魔力を込めて形をとってみたらね、意外とうまくいったんだ。どうかな」

 と、アデルは微笑んだ。

 わりとうまくいったので、少しばかり自信作だ。

 といっても、ミシェルのような立場なら、高価な物も貴重な物もたくさん持っているのだろうが。



「インク瓶……」


「聖女試験のときの花、押し花にして持ってるって言ってたでしょ?」


「アデル、覚えてたの。僕が話したこと」


「うん。あの花好きなのかなと思って。細かいところは違うかもしれないんだけど、イメージしてみたよ。物質を変成させるのはやったことなかったから……少し手伝ってもらったけど」




 ミシェルは黙っていたが、そっと呟くように言った。



「いいの?」


「うん。ミシェルのために作ったんだもの」


「僕のために……」


「ディアーヌ様に手伝ってもらってね、魔力の付与っていうのもやってみたんだよ。ミシェル、騎士団だし、怪我とかするかもしれないし……元気でいられますようにっていう、ちょっとしたおまじないっていうか。初めてだし、あんまり自信ないけど……でも、一応私も聖女だし、ちょっとでも加護があったらいいなって」


 実は少し花びらの形も不格好になってしまった。

 魔力で物質を変質するのは、なかなかできることじゃないとディアーヌは慰めてくれたが、ミシェルは許してくれるだろうか。


 もじもじするアデルをじっと見ながら、ミシェルは何も入っていない空のインク壺をきゅっと握りしめた。




「ありがとう。ずっと、一生、大事にする」

「あはは、おおげさだね」

「僕はアデルに何をあげたらいい?」

「え? 何もいらないよ」

「そういうわけにはいかないさ。なんだか自分が恥ずかしくなったよ。アデルといると、自分の心が綺麗になるような気がする」


 ミシェルは変なことを言うものだ。

 ちょっとした思いつきで作ってみたけれど、こんなに喜んでくれたなら甲斐があったというものだ。


「ミシェルはもう十分過ぎるくらい、綺麗だと思うよ」


 実際、見た目だけなら人形やら彫刻の方が種族が近しいと言われても違和感のない青年だ。

 しかし、ミシェルは照れも笑いもせず、真剣な瞳のままだった。


 美形の真顔は体に悪い。

 それに、幼かった頃とは違って、最近のミシェルは時々やけに男っぽい。

 尖った顎や、大きくなった手。


 アデルはドキッとしつつ、その場の空気をうやむやにしようとしたけれど、ミシェルの方が上手だった。

 ずいっと顔を近付けてくる。




「アデルさ、僕のことまだ子どもだと思ってる?」


「ええ、そんなことないよ。ミシェルはとっても……かっこよくなった」


「本当? ガブリエルより?」


「なんでガブリエル様が出てくるのか分からないんだけど」


「ガブリエルと僕と、どっちの方がいい?」


「ええっ? だから、なんでガブリエル様が……」


「選んでよ、アデル」





 じっと見つめられて、アデルはひるんだ。

 前にもこういうことがあったような気がする。



 だけど、ここでミシェルと言った瞬間、世界が全て壊れてしまうんじゃないか。

 今までの常識が崩れてしまうのではないかと思うと、怖いような気さえする。




「お願い、アデル」


「ミシェル、ちょっと近い」


「どこまでなら近付いていいの?」




 ミシェルの手がアデルの顎にかかる。

 無理矢理に苦い薬を飲まされるときみたいだ、とぼんやり思いながら、アデルはさらに近付いてくるミシェルの鼻筋を見ていた。



「僕を選んでよ」






(この子、みんなが言うような天使なんかじゃなくて――)



 ミシェルはもしかすると、悪魔なのかもしれない。

 そうじゃなければ、こんな瞳をするだろうか。

 強引で、欲深くて、奪っていく。




 天使だとしても、悪魔だとしても、アデルの答えは最初から決まっている。



「ミシェ――」





 アデルが口を開こうとした瞬間だった。

 疾風のように素早く、黒い影が扉から飛び込んできた。

 バーンッと騒々しい音を立ててドアが開く。


 それは副団長ガブリエルだった。


「ミカ坊! 大変だ! っ……と、お前もいたのか、アデル」



 バッと体をひいて、アデルは咳き込んだ。

 ミシェルがドラゴンでも射殺しそうな目をした。


 ドッドッドッと早鐘のように鳴り出した心臓が落ち着かない。


(な、何だったの、今の……)


 ミシェルの中には、天使と悪魔がどちらもいるんじゃないだろうか。


 アデルの様子など気にもとめず、ガブリエルは汗で濡れた黒い短髪をかきあげて報告した。


「緊急だ。大聖堂で、今度は聖女が襲われた」


「何だって」

「聖女が!?」

「犯人は」



 ガブリエルは何か言いたげにちらりとミシェルを見やったが、すぐに溜息をついた。



「分からん。やられたのは中級聖女だ。なんでも、祭壇の準備をしているときに後ろから突き落とされたそうだ」



 嫌な予感がする。

 アデルは立ち上がって、ガブリエルに問いかけた。



「容体は?」

「良くは無いらしい」

「そんな」

「あのバカでかいオルガンの上の階段から転がり落ちたんだ。意識がまだ戻らない」



 アデルは震える声で尋ねた。


「誰ですか? その、怪我した聖女」


「ええと確か……モルガネとかいったな」



 アデルは一瞬息ができなかった。


「モルガネ様?」





 ただならぬ雰囲気に、口火を切ったのはミシェルだった。

 蒼白になったアデルの手を握って、ガブリエルに頷く。



「今から向かおう。アデルも一緒に」



 有無を言わさない横顔に、アデルは少しずつ普段通りの呼吸ができるようになっていった。


 冷えてきた頭が、穏やかなモルガネの微笑みを思い出す。


 アデルは不意に込み上げてきた涙をぐっと堪えた。

 今は泣いている場合じゃない。


 とにかく、聖堂に向かわなければ。

台風の被害がありませんように… 皆さんお気を付けください。


★★★

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