第2章-2
そもそも、シルフィリア=ラウズは黒颯騎士団に所属する、ひとりの騎士にすぎない。見習いを経て、先ごろようやく騎士に叙任されたばかりだ。王都で執り行われる叙任式を終えれば、黒颯騎士団が拠点を置くディールシタッド地方へ、すなわちラウズ伯爵領へ戻り、団員のひとりとして合流する手はずだった。
いまは亡き前黒颯騎士団長であり、ラウズ伯爵シグルドの墓前に騎士叙任の報告をしたら、伯爵夫人(妻という意味ではなく、伯爵の位を持つ女性の意味)として領地経営の采配をふるう母と、現黒颯騎士団長としてシルフィリアに武術全般を教え込んだ兄、皮肉屋な弟と天真爛漫な妹と一緒に、ささやかな祝いの食卓を囲む。
シルフィリアとしては少々面映ゆくも楽しみにしていた約束を、しばらくは果たせそうにない。
当然のこと、故郷の護りに就くということもできそうにないのであった。
事の発端は、騎士叙任式典にある。シルフィリアは苦々しい思いで(それが不敬にあたることも承知のうえで)、半月前のことを思い起こした。
「シルフィリア=ラウズ。そなたを第一王子ファルカ・シレンシオ・セルディアナ=シュトライエンの近衛騎士に任ずる」
冷たささえ感じる声が単調に告げた内容に目を瞠ったのは、謁見の間の磨きぬかれた白大理石の床に映る己の顔だけではなかった。
膝を折って面を伏せたシルフィリアに視線を向けていた王国の重臣たちが、一斉にひと所を振り仰いだ。
数段高い位置に設えられた荘重な拵えの玉座にただ一人腰掛けることを許された者。シュトライエン王国国王、ベルディアス・レクサンドラ・ディグナス=シュトライエンを。
銀にも見える淡く細い金糸の髪が、大窓から差し込む陽の光に冴え冴えと煌く。純度の高い金を思わせる凪いだ瞳は、何対もの驚愕に満ちた瞳を向けられてさえ、こ揺るぎもしない。
「お待ちください、陛下」
動揺を顕にする重臣たちの中で唯一、玉座の右手に控えた宰相が冷静に物申した。鋭い瞳が問うように王に向けられる。
「王族の近衛騎士は然るべき家柄の者を任命するが慣例。その者は一地方騎士団の新任騎士に過ぎませぬ」
声に侮蔑の感情はなく、厳然たる事実のみがあった。
王族はそれぞれ、個人の近衛騎士団を所有している。団員のほとんどは、幼い頃より王宮で近衛騎士となるべく教育された大貴族の子息たちだ。王族の乳兄弟や学友として育つ場合も多い。
対して、シルフィリアの所属する黒颯騎士団は国土を守護する地方騎士団のひとつ。なかでも黒颯騎士団は流れ者の傭兵ですら団員に加えることもあるために、『寄せ集めの鴉』と揶揄されることもしばしばだ。慣例に則れば、間違っても王族の近衛騎士になれる立場ではない。
「ラウズは伯爵家だ。問題ない」
「…………」
宰相が押し黙る。確かにその通りであった。爵位だけの貧乏貴族というならともかく、ラウズ伯爵家は広大な領地と多くの領民を治め、堅実で慈愛のある領地経営ぶりは評判もいい。その伯爵家の子息が王子の近衛騎士になると考えれば、まぁ、不自然ではない。
が、しかし。シルフィリアの容姿を見れば伯爵家との縁は疑わしいと言わざるを得ない。黒い髪、黒い瞳は、純粋なシュトライエン人には決してあらわれないとされている。高位貴族の家柄には、「ありえない」のだ。だというのに、「問題ない」と冷厳に言い切る王の声には、一遍の迷いもなかった。
「しかし陛下、そもそも娘が騎士になるなど――」
「今更だな。そなたらしくもない」
女性の騎士という存在をそもそも想定していなかったがために、女性を理由に叙任を拒否する規則もないわけで。
王の言葉に黙って頭を垂れた宰相の、尚も問うような視線を無視して、王はその作り物めいて美しい瞳でシルフィリアを射抜くように見つめた。
面を伏せていてもひしひしと感じる重圧感に、シルフィリアは握りしめた拳に汗が滲むのを感じる。
「いま一度命ずる。そなたは今日から第一王子ファルカの近衛騎士だ。よいな」
命令を繰り返した王を前に、シルフィリアは黙したまま更に深く頭を下げることで応じた。
それ以外、どうすることもできなかった。
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