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第2話:『いばらのドラゴン』



「ん……」




 私は身じろぎ、薄く目を開ける。




(あれ、私は何をしていたっけ?)




 状況把握のため頭を回転させようとした、その瞬間……。




「「「ルシア!!」」」


「お嬢様ぁ!」




 私の視界に、泣き顔の面々が突如現れる。私は驚いたが、平然を装い、涙に暮れる全員の顔を見た。




「お父様、兄様、ロージー……」


「ルシ……っ、良かった、無事で!」




 リオ兄様が私の手を取り、涙をボロボロと流した。その手は震えており、私は安心させるようにギュッとその手を握った。




「神様……感謝します……!」




 泣いたところなど見たことの無いシル兄様も、一筋の涙を綺麗に流す。それを見て私は夕食の時間に突然倒れてしまった事を思い出した。


 すると、お父様が私に近付き、悔しそうな表情を向ける。




「ルシ、すまなかった。あんな話をするんじゃなかった」




 悔やみきれないという顔を見せるお父様に私はゆっくりと口を開いた。




「お父様、そんな顔をしないでください。私は大丈夫ですから」




 そう……あの時、第二王子の話をしてくれなかったら、私は前世の記憶なんて思い出せなかったかもしれない。


 だから心配をしてほしくない。むしろ、感謝している。そう思い私は身体を起こし、家族やメイド達の顔を見渡した。




「私はこの通り大丈夫です! だから、みんな、そんな悲しい顔をしないで!」




 私が笑って見せると、全員が更に目を潤ませた。




(こ、これは、恐らく『自分達を元気付けようとするなんて、なんて健気な子なんだ!』という感情なんだろうな……)




 私はこの場をなんとかしようと、会話を探す。その時、ふと窓に目をやると外が真っ暗なのに気が付く。




「え、あの……今何時ですか?」




 私が恐る恐る聞いてみると、ロージーがハンカチで涙を拭いながら鼻声で答える。




「今は、3時ですよ。お嬢様」


「さ、3時!?」




 私は思わず声を上げた。この状況からして、家族全員、私の部屋にずっと居たのだろう。このままじゃ、お父様や兄様、メイド達まで倒れてしまうわ!




(ここはひとつ、私の演技力で……)




 ふうっと小さく息を吐き、私は演技モードに脳を切り替える。




「お父様、兄様。ずっと私について下さった事、本当に嬉しいです。ありがとうございました」




 笑顔を見せながら頭を下げる私にお父様とシル兄様が口を開いた。




「ルシ……!」


「当たり前だろう!」




 リオ兄様も、力強く頷いて見せる。それを見て、今度は少し儚げに微笑んでみる。




「私はもう少し休ませて頂きます。お父様、兄様もお部屋に戻って、休んで下さい」




 私の言葉に即座に反応したのはお父様だった。




「いや、今日は朝が来るまでお前を見守るぞ!」




 そんな事したら、お父様が明朝ぶっ倒れてしまう。お父様は何があっても睡眠を怠らない人だと、私は知っているわよ。




「お父様ったら、私はもう4歳の大人です。それに明日のご公務もあるではありませんか。兄様達も、学校を休んではいけませんよ」


「ルシ……お前ってやつは」




 釘を刺され、兄様達もタジタジだった。これでお父様、兄様達は何も言わずに部屋に戻るだろう。


 あとは、メイド達だ。メイド達には、この技でイチコロだろう。




「メイドの皆さんも、本当にありがとう。私は一人でゆっくり寝させてもらいます」


「お嬢様……!」




 必殺『天使の微笑み』!




 クロス家の人達にしか効かないこの技を駆使して、なんとか部屋から家族とメイドを追い出した……否、部屋へ戻ってもらった。


 騒がしかった部屋は、一気に静けさを取り戻す。私はたくさんの視線から解放され、力が抜けたように、そのまま布団へ仰向けに身体を預けた。




「しかし、すごい事になってしまった……っ!」




 まさか私が小説の中に転生しているなんて、驚いて声も出ない。しかも、その小説は、私の大好きな推しのいる世界……!!




「会いたい……リアム様……っ」






 『いばらのドラゴン』と言う小説は、大ヒットしてから漫画、アニメ化もされ、ミュージカルも決定したほどの作品。


 主な話としては、闇堕ち主人公リアム・アゼルハルトと、その主人公を救う聖女リーシャ・ヴェルメールの愛の物語。


 その愛の重さが、たまらない……!


 ドラゴンの力を与えられたリアムは、聖女リーシャが自分の(つがい)と気付き、一生、ずっと離れないのだ。離れてしまうと暴走し、全てを壊してしまう。自分を制御出来なくなるほどリーシャを求める。


 その執着が……もう、良すぎる、のだ!!


 リーシャに恋心を抱く第一王子や騎士、魔導士に公爵も現れるのだが、その狂気的な愛ゆえに皆殺されそうになるが、聖女リーシャの一言でその衝動を抑えるのだ。




(なにそれ、美味しすぎる! 本当に聖女様一筋なんだから! 可愛い!!)




 もちろん殺されなかった登場人物達も漫画ではイケメンキャラ達で、それぞれファンは付いていた。


 だが、圧倒的人気だったのは、やはりリアム・アゼルハルト!!




「漫画でもカッコ良かったもんなぁ……」




 前世のオタク心に浸っていると、私はふとある事を思い出す。




「そういえば、クロス伯爵……私のお父様って……あの『ハンカチ伯爵』なのでは?」




 ーーガバッ




 そう思った瞬間、私は思わず上体を起こし、頭を整理する。




 実はクロス伯爵も、小説や漫画にも出てくるキャラクターだった。こんなにハマって、漫画も隅々まで読んだ私が今まで気付かなかったのは、漫画の姿と実際のお父様の姿が、全くかけ離れていたからだ。




 漫画では、小太りで、いつも汗をハンカチで拭う姿で描かれていた。ファンの間では通称『ハンカチ伯爵』と呼ばれており、髪色も少し違ったし、仕事の出来もあまり良くなかったような気がする。


 しかし、実際のお父様は、めっちゃくちゃイケメン! スタイルも良く、汗すら爽やかに流す、仕事の出来るハンサムメンなのだ。国王とは、小さい頃から仲が良いという設定は小説と同じで、国王の側近としての立場は変わらないようだった。




 あ、そういえば原作の第3巻で『クロス伯爵は極度の緊張しいで、常に脂汗を拭いている』って設定があったっけ。


 でも実物のお父様は、緊張どころか威風堂々としてるし、拭いているのは脂汗じゃなくて、執務の合間の爽やかな汗じゃない! 作画担当、さてはお父様に恨みでもあったの!?


 私はあの頃の作画担当を恨めしく思った。




「と、なると……推しのリアム様も、原作と違うのか……?」




 そう思ったら、気になって仕方ない……! ふつふつと湧き上がる興味とオタク心。こうなっては、誰もオタクを止めることなど出来ないのだ。


 リアム様の姿、漫画では銀髪でツンツンとした前髪に、長く後ろに伸びた襟足が特徴だった。瞳は、吸い込まれそうな翡翠色の切れ長目。




「どんな、姿なんだろう」




 その想像をした時、私は小説の内容を思い出し、背筋が凍る感覚を覚えた。




 小説内で書かれていたリアムは、幽閉されてから10年後、国王と王妃ーーつまり自分の父と母を殺すのだ。そしてガルガン王国の歴史上最も残酷な時代を作り上げる。




 暗黒期と呼ばれる10年間……その間、国の人々は階級など関係なく、リアムにより抹殺され、ガルガン王国はリアムに掌握されていく。


 あの翡翠色の瞳から光が消え、返り血を浴びて王座に座るリアム様。逆らう者は当時は"悪魔の炎"と呼ばれた黒い炎で灰にされ、街は悲鳴に包まれる……。




 考えただけでも、恐ろしいわ……。




 聖女リーシャは居たのだが、その頃はまだリアムと心を打ち解けておらず、ヤキモキした関係が続くのだ。




(あの焦ったい時期が良いわぁって、思ってたけど、2人がくっつかないと、暗黒期が終わらないのよね……)




 その時一番に殺されたのは、国王の側近であった私のお父様であった。




「お父様も、お兄様も……皆んな、死んでほしくない……」




 それに何より……。




(リアムに、人を殺してほしくないっ!!)




 今は幽閉されてまだ一年だと、お父様が言っていた。リアムがどんな姿であれ、私は推しに、リアムに、幸せになってほしい!




 小説の最後では、聖女リーシャと心を通わせた後、魔族が世界を恐怖で支配しようとする。その時リーシャと心を通わせた事で、本物のドラゴンの力ーー光の力を発揮させ、聖女リーシャと魔族を倒し、リアムは遂に世界のヒーローとなる。そして、今までの事を償いながら、リーシャと共に幸せに暮らすのだった。




(一応、ハッピーエンドだったけど……罪を償いながらの幸せってなんだろうと、疑問には思ってた)




 今なら、まだ間に合う! 私が動く事で、お父様や世界の人々を守れるかもしれないわ。


 そして何よりも、リアム様が罪を重ねる事なく、幸せを手に入れてもらえるかもしれない!




 聖女リーシャ程の美人なんて、この世には存在しない。リアムには彼女が必要だし、2人並んだ所を私も拝みたい! リーシャが現れるのは、まだまだ10年も先の事。そうとなれば、リアムの友人としてお世話をしながら、リアムの心のメンタリケアからご飯作りまで、私が完璧にプロデュースしてやるわ!


 リーシャが現れたら、私が身を引けば良い。そうすれば、国も平和なまま、2人が幸せになれるのだ。




(決めた! 私が、推しのリアムを更生させる!!)




 私は心の中で固く決意をした。




 しかし、その為にはまず、お父様に頼み込んで王宮に連れて行ってもらわなきゃ。4歳児の『わがまま』として通るかしら? それとも『神のお告げ』をでっち上げる?




 ……よし、ここは最強の武器ーー4歳児の愛嬌をフル活用するしかないわね。




 私は勢いよく身体を布団に沈め、眠りにつく。明日のミッションと推しに会える事に興奮して眠れない……かと思いきや、4歳児の身体は疲れ切っており、私はすぐに夢の中へと吸い込まれていったのだった。






この時はの私はまだ知らない。


父への説得が、どれほど大変な事なのかを……。




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