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第1話:私の前世は、日本人。



 ここは、ガルガン王国。


 世界の中心に位置する国で、最も繁栄し、栄えている国だ。他国との交流も盛んで、お互いに守り守られという関係を見事に成り立たせている。そのおかげで、だいたいの隣国とは争う事もなく平和な日常が保たれている。




 そんな国のしがない伯爵であるクロス家。ルカリオ・クロス伯爵がまとめるこの家には、将来を期待されている優秀な長男と次男、そして少し歳の離れた末っ子の女の子がいる。




 長男シルバール・クロスは今年で13歳。王国の貴族達が通う学校へと通い、今は国を支える為の行政を中心に勉強している。剣術や魔法学にも長けているクロス家自慢の跡取りだ。


 見た目も、切れ目でスッとした高い鼻。恐らくカッコいいと言われる部類のようで、挨拶されると顔を赤らめる女性は多いとか……。髪はクロス家の特徴である、明るめの茶髪で長い髪を綺麗に一つに結っており、瞳は母に似て深い緑色をしている。


 次男のサリオン・クロス8歳も、兄に負けず劣らずの美貌である。目は猫目でまだ少し幼さ残る顔立ちだが、髪色に瞳の色は兄と同じだった。彼もまた学校に通い、商業や剣術、様々な分野の勉強を頑張っている。優秀な兄に負けまいと、魔法学にも力を入れているようだ。


 そして、その末っ子の女の子というのが、私……ルシア・クロスだ。


 父と兄からは"クロス家の天使"と呼ばれ愛されているが、そんなに飛び抜けて美人でも無いと、私は思っている。私は父に似て髪の毛も目の色も明るい茶色だ。母の髪質が遺伝したようで、ふんわりと柔らかなウェーブ。今はやっと肩にかかるぐらいまで伸びてきた。この髪の手入れだけは大変。




 父と二人の兄から溺愛される私は、今年で4歳を迎える。甘やかされて育ってきた私。だけど、不思議なくらい謙虚で大人しい性格だった。それは、私を産んで暫くしてから母が死んでしまったからだろう。


 甘えたい盛りに母親がいなくなった事で、父と兄が私を大切に、そして甘やかしてくれながら育ててくれた。それにいつも側には、メイドのロージーも居てくれて、寂しさなんて1ミリも感じた事はなかった。


 実は小さいながらに、そんな父と兄、メイド達に支えられて生きていることを知っていたのだと思う。だから、わがまま放題な娘にはならず、今までお淑やかに成長してきたのだ。




 だけど昨日、私は気付いてしまった。




 ある事をきっかけに、昔の自分ーーそう、前世の記憶を思い出したのだ。


 その"きっかけ"というのが、長男・シルバール兄様、通称シル兄様が発した一言から始まった。







 それは家族揃っての夕食の時。長い机に座るのは、お父様と二人の兄様、そして私の4人。有り余るほどの机の上には、豪華な夕食が並んでいる。




 クロス家のシェフは、前まで王宮に勤めていたこともある腕の立つシェフだ。幼い私への配慮も忘れていない。今日のメインであるお肉も、私が切りやすいように大きさを調整してくれている。野菜もたっぷりで食事のバランスも申し分ない。


 更に執事やメイド達も、私達の食事を邪魔しないように気を配りながら、配膳を行ってくれている。会話が弾み、部屋が笑い声で溢れれば、温かな微笑みで私達を見てくれている。本当に素晴らしい、よく出来た執事にメイド達だ。




 そんな有難い環境の中、お父様の仕事の話やシル兄様の学校の話、次男・サリオン兄様、通称リオ兄様の友人との出来事など、楽しく話を聞きながら食事をしていた。




『そういえば、父上。まだ国王から、第二王子の処罰を提示されていないのですか?』




 シル兄様が、ふとお父様に質問をした。




(第二王子の処罰……?)




 私は首を傾げながらも、目の前の食事を口にする。お父様はカトラリーを置き、深刻な表情を見せた。




『シルバール、口の聞き方に気を付けなさい。処罰ではなく、これからの対応だ。国王も思い悩んでおられる。実の息子が、よもやあんな事になるとは思っておられなかったからな』


『申し訳ありません、父上』




 シル兄様が軽く頭を下げ、反省をする。




(お父様……なんだか辛そう……)




 私はお父様の表情を見て、口を開かずにはいられなかった。




『お父様、何があったのですか? 第二王子様の身に、何か……?』




 私が最後口ごもりながら言うと、少し驚いた表情を見せた。




『ルシ。そうだな、お前も知っておいても良いかもしれない』




 お父様の言葉に素早く反応したのは、リオ兄様だった。




『父上! ルシは知らなくても良いですよ!』


『そうです! ……ルシ、お前は何も心配しなくて良いんだよ』




 リオ兄様に続いて、シル兄様も続く。だけど、ここまできて聞かないわけにはいかない。




『兄様方、私も何かお父様のお力になりたいのです。何があったのかだけでも、教えてください』


『ルシ……』




 私を見つめる兄達の眼差しは、どこか寂しそうで、誇らしげだった。すると、父親が私を真っ直ぐ見つめる。




『ルシ、ガルガン王国の第二王子の存在は、知っているな?』


『はい。4歳になる前に勉強しました。お名前が、リアム・アゼルハルト様だったかと……』


『はは、その通りだ』




 お父様が笑顔を見せて、私は嬉しくなる。しかし、お父様すぐに暗い表情へと戻した。




『その第二王子・リアム王子は、一年前の教会の集いで、"悪魔の力"を授かってしまったのだよ』




 その言葉を聞いて、突然私の身体に異変が起きた。ドクドクと鼓動の流れが体を支配してくる。




(なんだろう、この感覚)




 頭に痛みを薄ら感じつつ、私は気になる言葉を口にする。




『あ、悪魔の……力……?』




 すると、お父様の代わりにシル兄様が私に説明をしてくれた。




『おぞましい程の魔力が、突然リアム王子の体内に与えられ、それが身体中に黒い(あざ)となって現れた。うごめく呪文のような痣をまとったその姿はまさに『悪魔』。運命の悪戯なのか、わからないが、無常だよな……』




 シル兄様も辛そうに顔を歪める。私は痛む頭と同時に、胸を締め付けられる。




『リ、リアム王子様は、今……どうなさっているのですか?』




 私が恐る恐る聞くと、お父様が苦虫を噛み潰したような表情で口を開いた。




『今は、王宮の離れの塔に、幽閉されている』




(王宮の離れの塔……それって……ッ)




 ーードクンッ!




私の心臓が、今まで無い程に跳ね上がり、血の気が引いた。その瞬間、頭を激痛が走る。まるで稲妻が私の頭を割ろうとしているようだ。




『この国に何か、悪い事が起こるのでは……っ、ルシ? どうした!?』




 お父様の焦る声が聞こえるが、私は持っていたカトラリーを握れないほどの頭痛に襲われた。




 ーーカラン、ガシャン!




 遂に耐えきれなくなり、私の手からカトラリーが落ちていく。




 騒然とする食卓。


 全身に力の入らない私は、気がつくと床に伏せていた。私の名前を呼ぶ声が聞こえる。だけど、今その声に反応できる余裕がない。




(い、痛いよ……っ)




 その時、脳裏に流れ込んできたのは、見た事のある……いや、4年間生きてきて見た事はないのだけど、どこかで見た事のある映像だった。






 流れる映像は、海に浮かぶ島国。私は、ここを知っている。




(あ……私は、日本という国に住んでいた)




 知らないけど、知ってる。これは、前に生きていた"私という魂"の記憶……?


 そう思った瞬間、私の頭の中いっぱいに日本で過ごす女の子の姿が走馬灯のように流れ始めた。


 コンクリートのジャングル、喧騒、スマートフォンの光……。


 日本、日本人……。




(そうだ……そうだった。私は、河本(かわもと) 莉奈(りな)という、ごく当たり前の家庭で育った、一般の人間だった!)




 この頭の痛みは、あの時の私が、病気で感じていた痛み。私は、35歳の独身女で、家族に見送られながら、そのまま病院で亡くなったんだ。






 意識が朦朧としていく。薄れゆく視界の中、お父様が叫び医者を呼ぶように指示している。慌ただしく走り回るメイド達。ロージーも泣いている。兄様の震える手が私を支えているが、その感覚がゆっくりと遠のいていく。




 私は、周囲の声に応える事ができず、そのまま意識を手放してしまった。






 その間も、私の前世の記憶は事細かに流れ続ける。まるで、『思い出しなさい』と、誰かに言われているかのように……。






 そして、思い出した。


 あの時の私は隠れオタクで、病気になる前からハマっていた小説があったという事を。




 小説『いばらのドラゴン』。


 累計100万部を突破。大ヒット小説で、私も大ハマり。特に私は、主人公の愛の重さに心を刺された。


 その主人公は小説では私の想像でしかなかったが、漫画化、アニメ化された事で姿が可視化される。すると、たちまち大ヒット。


 銀髪でツンツンとした前髪に、長く後ろに伸びた襟足。瞳は、吸い込まれそうな翡翠色で、切れ長目でどこか冷ややかで寂しげな目をしている。シュッとした顎に整ったパーツが、もう、たまらない。


 背も高くて、理想の細マッチョ体型。パーフェクトというしか無いだろ。




 その時の後悔といえば、ファン待望であった『いばらのドラゴン』のミュージカルが決定し、私はチケットを応募した。


 そして、当選! ……したのだが、それを知った後に病気が発覚。ミュージカル当日にこの世を去ってしまったのだ。ミュージカル当日に死んでしまうってなんの運命なの!? オタクとしてこれほど悔しい事はない!!




 その日最後に流した涙は、家族との別れに流したのでは無い。あと数時間後に行われるミュージカル会場へ行けなかった事への"心残り"の涙だ。




 2.5次元にて目にする事が出来なかった……! ただそれだけ……っ、それだけが死ぬ前に達成できなかった、私の未練なのだった。




 私の推しーーリアム・アゼルハルトの姿をぉおお!!




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