第21話:推しの目覚め
「う……ん……?」
私は違和感を覚え、目が覚めた。背中が痛い……どうしてかしら。ボーッと天井を眺めていると、石造りの天井がだんだんと視界に広がってゆく。
「!」
(そうだった! 今日は塔に泊まったんだ……!)
意識がはっきりし、私は昨日リアム様に異変が起きたことを思い出した。リアム様が私の服を掴んで離さないので、一緒に置いてある硬いベッドの上で添い寝をするように様子を見ていたのだ。そして私は今、推しの看病中に寝てしまい、朝を迎えてしまったという状況である事を把握する。
(リアム様は!?)
私が顔を横に向けると、そこにはリアム様が……。
「!?」
「……」
驚いた事にリアム様が私の方をジッと見つめていた。翡翠色のキラキラした宝石のような瞳に、私はまたも吸い込まれそうになっていく。
「リ、リアム様……起きていらっしゃったのですね」
「……」
何も答えないリアム王子。その姿は、まるで神話に出てくる天使、いや神のように神々しい。私には後光が見える。
ぐはっ!! 目の保養……! なんてお美しい方なのッ!! ……っていうか、私、近くないかしらぁあーー!!?
私は今更、推しとの距離感に気付き、急いでリアム王子から離れようと身体を起こした。すると、私の手が何かに引っ張られた。
ふと見ると、自分の手がリアム様の手を握っていた……しかも、これは俗にいう『恋人繋ぎ』という奴……ッ。
(や、やってしまった……っ)
私は血の気が引いていくのを感じた。多分病気の頃と比べても見た事ないぐらい、青白くなっていると思う。
私は絡める指を急いで離そうとする。しかし、リアム様の細く白い手に力が込められ、手を離そうとしてくれなかった。
(……いや、リアム様が、そんな事するはずないか)
もしかしたら、久しぶりに人と接するリアム様は、力加減がわからなくなっているのかも……。そう思い、焦って私が空いている方の手で指を外そうとした。
その時、ゆっくりと推しが身体を起こし、向かい合うように私を見つめてきた。無の表情で感情が読み取れない。怒っているのか、それとも状況に戸惑っているのか。
っていうか、美味しすぎる……ッ!!! ここに魔道具写真機があれば、連写してるわよ!! こんな推しの表情……間近では見られない……ッ! 今は、目に焼き付けるしかねぇええーー!! いやいや! こんな私が目を合わせるのも無礼だわ!! だけど目を合わせないと! だけど、だけど……きゃあぁあーーー!!
心の中大暴走。
こんな近く、目の前に推しがいるのだから仕方がない。冷静でいられるファンがいるか!
すると、リアム様の口がゆっくりと動き出す。
「……君……は?」
「!」
初めて聞く、推しの声。
空気混じりの掠れる声だが、高く透き通るような清らかさを感じる。その瞬間、ブワッと涙が溢れた。何故だかわからないが、涙が止まらない。今、すごい顔になってるだろうな、私。
目の前の推しは、突然私が号泣し出してオロオロと慌てている。
(何この反応……可愛い過ぎじゃい!!)
さらに涙が溢れる。
尊い……ッ!
私は泣きながら笑顔を見せる。
「私は、ルシア・クロスです」
「……ルシ……ア」
あぁ……ッ。もう召されても良い……! 名前を呼ばれるだけで、昇天するッ!
「あぁ、もう……マジで……。生きていてくれて、ありがとうございます……ッ!!」
鼻水ジュルジュルで号泣する女が、突然気持ち悪い事を言ってる。うん、その辺は自分でも理解できてる。解こうとしていた手を、私はさらにギュッと握っている。これもドン引きだよ。わかってる……。それでも、その言葉だけは、本心だけは伝わってほしかったのよ。
涙で歪む推しの姿を眺める。多分、引いてる。
そう思っていると、絡める指が私よりも強くギュッと握り返された。これはどういう事なのか。私はよく見えない推しの表情を見ようと、涙越しに推しを眺める。
「君、は……僕の……」
「え?」
リアム様が何かを言っている。私に何か伝えようとしてる。推しの小さく掠れる声を聞き逃さないよう、耳を澄ましていると……。
ーーぐぅうぅうう。ぎゅるるるる。
「!」
推しの目まぐるしいお腹の音が鳴り響いた。
ーーひとときの間。
「……っぷ」
そして、私は耐えきれず吹き出してしまう。耳を澄ましていた分、よく聞こえるお腹の音に思わず笑ってしまった。今もくぅくぅと音が聞こえる。
「ふふ、今までご飯を口にしていなかったんだから、空腹なのは当たり前ですよ」
「……空、腹」
涙を拭い、私はハッキリと自分の目で推しを映した。お腹が減っているという事も分かっていなかったようで、自分のお腹に手を当てて、首を傾げている。
そんな推しもかわゆい……!
「リアム様。少し待っていて下さい。何か食べやすいものを作ってきます」
私が言うと、素直に頷く推し。
あどけない表情がたまらん!!
私の脳内が、推しの尊さ、可愛さで爆発しそうだ。
しかし、ここで隠れオタクスキル。もちろん表情には出さないが、爆発しそうな頭を冷却していく。たまにそのまま召されていく事もあるが、今回はうまく冷却出来た。
うまく自分を落ち着かせた私は、するりと手を解いた。
「あ……」
推しが名残惜しそうな声を出した……気がした。きっと幻聴だ。私如きで名残惜しいなんて思わないだろう。そう思い込ませ私は、檻の扉へ向かった。
檻には何かあってはいけないと鍵がかけてある。檻の向こう側には、テーブルに突っ伏して寝ているロージーがいる。
「ロージー……ロージー!」
私が何度も呼ぶが、ロージーは相当疲れていたようで、なかなか起きてくれない。無理もない。昨日は私が動けなかったので、昼食に夕食を全てロージーに作ってもらったのだ。
(もう少し寝かせてあげたいけど……)
私は申し訳ない気持ちでもう一度ロージーを呼んでみた。
すると部屋の扉が開き、こちらをエーヴェルが覗き込んできた。この部屋の前で護衛をしていたのは、エーヴェルだったようだ。
「ルシ嬢、なんか呼んだ?」
「エーヴェルさん!」
私が名前を呼ぶと、エーヴェルは中に入ってくるなり、檻に近づいてきてくれた。私に顔を近付けるエーヴェルさんの目はいつもよりトロンとしており、明らかに寝起きの様子だ。
(……寝てたのね)
そこは気にしないでおこう。
「エーヴェルさん、リアム様にご飯を作りたいので、ここを開けてもらえますか?」
「ん。お安い御用」
エーヴェルさんは小さく笑うと、腰に掛けている鍵を探り、扉を開けてくれた。私は外に出ると、振り返りリアム様を見る。すると、リアム様と目が合った。何故か私をジッと見ている。
エーヴェルもそれに気付いたようで、鍵を閉め終わるとリアム様を眺めて口を開いた。
「あんな王子初めて見た。なんか、ルシ嬢の事ずっと見てるね」
「えぇ……」
どういう気持ちでこちらを見ているのか。それはわからないけれど、今私がやる事は1つ。
「よし。ご飯を作りましょう」
「まだ、朝ごはんには早いんじゃない?」
エーヴェルが欠伸をしながら私を横目に言ってくる。だが、推しが今食事を求めているのだ。動かない訳にはいかない。
「推し……いえ、リアム様のご所望ですから!」
「そっか」
私が笑うと、エーヴェルさんも諦めたように微笑んで見せた。そして、「外にいるから、また声掛けて」と言って部屋を出ていく。
私はロージーを起こさないように、出来るだけ静かにご飯の支度をする。
さて……1年ぶりの食事となるリアム様の為に作る料理といえば、やっぱり"アレ"よね!
私は気合いを入れて料理を始めた。
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