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第22話:まさかのイベント発生…?



 土鍋の火加減を生活魔法で超弱火に調整する。土鍋の蓋を少しずらしており、そこから濃厚なお米の香りと湯気が漂ってくる。




(うーん、良い香りね)




 部屋中に広がる芳しい香りが、私の鼻腔をくすぐる。私は納得のいく香りに1人頷いた。


 "アレ"とは今作っているもの。お米を柔らかく炊き、溶き卵を入れる"卵粥(たまごがゆ)"の事だ。


 1年ぶりなのだから、豪華な食事にしてあげたいところだが、まずは体に優しい『お粥』から……。




 私は土鍋の蓋を少し開けて、お粥の様子を確認した。超弱火でゆっくりグツグツと泡立つお粥は、もう少し煮たら完成だ。もう一品は、調味料を控えめに加えた、かぼちゃの煮付け。出来るだけ煮詰めて、歯がなくても噛める程柔らかくしてある。これならリアム様も食べやすいだろう。




 病気の時だけじゃなく、普段でも食べると胃を休めてくれるお粥は、リアム様の胃も受け付けてくれるはずだ。


 久しぶりの食事なのだから、不味いものは出せない。とにかく柔らかくて、胃に優しめで、美味しい食事を提供する。今回は素材の味を生かした味付けで、リアム様に食べてもらおうと考えたのだ。


 質素な料理だが、お米の旨みとふわとろの卵、そしてかぼちゃの甘みは、きっと久しぶりの食事でも受け付けやすく、食べやすくてお腹も膨れる。




 前世の幼少期、熱を出した私に祖母がよく作ってくれた。子供ながらにあまり進んで食べなかったかぼちゃも、この時だけは特別美味しく感じた。




(あの味……忘れられないのよね)




 懐かしさに浸る私は卵を溶いて、お粥の上に回し入れると、火を消して土鍋の蓋を閉めた。あとは予熱で卵を半熟に固めるだけ。




 ひと息吐きながらリアム様を一瞥すると、まだ私の事を凝視している。その視線の強さに、私は肩を震わせてしまった。なんというか、私の動き全てを見逃さない、と言うような意志を感じる程の強さだ。




(こんなに推しに見られるなんて、私は今日、このまま神の元へ行くのかしら……)




 美しい瞳に追われる私は、これ以上求めるものは何もないくらいのご褒美をもらっている。最初は、変なお告げをリアム様に与えた神を恨んでいたが……今は、これほどのご褒美をくださった神様に感謝申し上げたい。




「神よ。ありがとうございます。そして、心の中でですが、貴方を冒涜した私を許してください……」




 ついでに、私の非礼を詫びた。神様は心が広いはずだ。きっと許してくれるだろう。




(よし! あとはお盆に乗せて……っと)




 神への祈りの後、私は大きなお盆に、卵粥の入った土鍋とかぼちゃの煮付けを盛ったお皿を乗せ、取り皿とレンゲを用意した。




 ロージーは、まだ規則正しい寝息を立てながら寝ている。起こしてはいけないと、静かにエーヴェルを呼んで、再度、檻を開けてもらった。私がお盆を持って檻の中へと入ると、エーヴェルは「ごめんね」と一言告げて檻の鍵を閉めた。




「やはり、鍵はしないといけないのですね」


「うん。また昨日みたいに暴走されたら困るからね」


(もう大丈夫だと思うのだけど……)




 私の問いに申し訳なさそうに答えるエーヴェルを見て、仕方ないと私は頷いた。




「またいつでも呼んでよ。多分起きてるから」


「多分なんですね」




 私が小さく笑うと、エーヴェルは軽く笑みを浮かべ、また部屋を出ていった。


 私はお盆を持ってリアム様の元へ近付く。その間もリアム様はずっと私を眺めてくる。




(そんなに私を見て面白いのだろうか……)




 と思ったが、まぁ、光栄な事だし、推しが見ていて飽きないのなら良しとする事にした。お盆をベッド横の机に置きながら、私は近くの椅子を引いてそこに座った。


 そして、机にある蝋燭(ろうそく)に魔法で火を灯す。威力はないが、火を灯す事ぐらいは私にだって出来る。




(……魔法ってやっぱり便利ね)




 それを見ていたリアム様の表情は、見た事のない生き物を観察するような不思議そうな顔だった。やっぱり、謎の動物として見られているのかも……。そう思いながら、リアム様の様子を私も観察する。


 黒い痣も綺麗になくなっているように見てとれる。傷や怪我もなさそうだ。昨日の息苦しそうな様子も全くない。私は少し安心した。




「リアム様、食べられそうですか?」




 私が尋ねると、リアム様はゆっくりと頷いた。その時、リアム様の伸びて揺れる髪の毛に気付き、私はポケットに入っている予備の髪留めを取り出した。




「邪魔になりそうなので、髪を結っておきましょう」


「?」




 リアム様が首を傾げる。その仕草が可愛すぎて、ギュンっときた。




(いやいや、今は平常心よ、ルシア!)




 私は内心、叫びそうになる自分をグッと抑える。リアム様に背を向けるようお願いすると、素直に従ってくれた。




「失礼しますね」




 私はリアム様の髪の毛を、ゆっくりとすくい上げる。




(わっ……柔らかい)




 まるで絹のように柔らかく滑らかな髪に、私は内心ドキドキしてしまった。銀色の髪の毛は、私の手櫛に合わせてゆらゆらと揺れる。背中まで伸びる銀髪は、切れ毛とは無縁のようだ。




(流石主人公、私の推し……ッ)




 勝手に得意になりながらリアム様の髪を優しくすくい取ると、やつれたリアム様の首筋が露わになる。骨張った首に、浮き出る鎖骨……。それを目にしただけで私の心は痛くなった。


 私は何も言わず髪を軽く縛り、リアム様に声を掛けた。




「リアム様、終わりました。ご飯を食べましょうか」


「……」




 リアム様の返事はないが、私の声に反応して身体の向きを私の方へと向けてくれる。その顔に、私は衝撃を受けた。前髪でわからなかったが、痩せこけた頬に窪んだ目、肌だけは血色が良いのだが、その他のパーツが肌とは真逆過ぎて、やつれている様子をより際立たせてくる。




 前世に読んだ小説にも、やつれている様子は記載されていたが、こうやってその姿を目の前にすると、私は何も言えなくなってしまった。




(このまま10年間放っておかれていた推し……っ)




 私の心の中に歯がゆさの波がドッと押し寄せてくる。そんな悔しい気持ちをグッと抑えて、私は笑顔を浮かべ、声が暗くならないように力を入れた。




「では、食べましょうか!」




 思った以上に明るい声が出た。それに自分で内心驚きながらも、リアム様が頷くのを目に映す。リアム様は、特に気にしていないようだった。




(今、目の前にいるリアム様は、小説のリアム様とは違う……。これから、本来のリアム様を取り戻していけば良いのよ! ここからよ、莉奈(ルシア)!)




 私は1人気合いを入れ直し、食事の用意を始めた。


 卵粥を土鍋から取り皿に少し移し、リアム様に渡そうとした。しかし、リアム様の痩せ細った手は震えており、私はすぐに自分の手を引いた。


 自分で食べられる様子ではなさそう。そりゃあ、そうだ。今まで食べられず、動けず、筋力だって落ちているはずだもの。ペンだって持てるかわからないぐらい痩せ細っている。




 という事は……。




 私はハッとした。




(ま、まさか……私が推しへ食べさせるという"あの"イベントが……!?)




 これはいわゆる乙女ゲーとかギャルゲーでの定番イベント『あ〜ん』という奴。




 一気に心臓の鼓動が速くなった。動悸が凄い。私の手も震えてきてしまう。




 動揺は止まらない。が、しかし、私が食べさせねば、推しの食事が進まないのも事実だ。


 意を決して私はリアム様を見据える。




(許せ、同志達よっ……!)




「……僭越ながら、私が……お手伝いさせていただきます」




 恐る恐る言った言葉に、




 ーーコクリ




と、リアム様が頷いた。




(くっ……! なんて可愛らしい頷きなのッ!)




 推しの可愛さが凄まじい。しかもこんなイベント……ゲームでも嬉しいのに、実際にやるってどういうご褒美なのよ!?




 私も怒っているのか、喜んでいるのかわからなくなっていた。




 レンゲに卵粥をひとすくいし、私は息を吹きかけて少し熱を冷ます。




「で、では、リアム様……口を開けてください」


(流石に、『あーん』とは、言えないわ……ッ)




 私が言うと、リアム様は素直に口を開けてくる。あまり大きくはないが、レンゲは入りそうだ。ゆっくりとレンゲを動かしながら、卵粥をリアム様の口に含ませる。




「……」




 リアム様は久しぶりに食べるからか、ゆっくりと咀嚼する。その様子を私はドキドキしながら見つめた。




 味はどうだろうか。身体が受け付けそうか。無理に食べてはいないだろうか……。色んな不安が私にのしかかってくる。




 しばらくすると、リアム様の咀嚼が止まる。その瞬間、目が輝いたように見えた。




「……!」




 リアム様は何かに驚いたように、私の顔を見つめてくる。




(ど、どうしたのかしら?)




 不安と期待を抱きつつ、私はリアム様のその後の行動を見守った。




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