第20話:推しの急変!?
リアム様のいるこのマンセルの塔は、床も壁も黒い石が積み上げられている。でこぼこして掃除はし辛いが、もう慣れてしまった。リアム様の佇む場所以外は全て掃いて、雑巾で拭き上げる。出来るだけ埃だらけの環境にはしたくないので、毎日欠かさずやる作業。ラルフさんも手伝ってくれるので、とても助かる。
(これも体力作りになるし、一石二鳥……いや、推しを眺めながら仕事できるから一石千鳥ね!!)
ついでに部屋から出て、階段の前まで同じように掃除をしていく。階段の掃除は、週に一回ロージーと一緒にやっている。
ロージーもこんな私に付き合ってくれて、本当にありがたい存在だ。私もレベルアップしているが、ロージーのレベルアップも目まぐるしいものがある。屋敷でも、失敗してメイド長に叱られる姿を幾度も見てきたが、最近ではそれもめっきり減ってきていた。
(私の専属メイドの成長は、とても誇らしいわ)
そんな事を考えながら、私はいつの間にか、お掃除ルーティンを終了させていた。無意識のうちに仕事が終わってしまうなんて、得した気分ね。
「お嬢様! 下の階のお掃除、終わりました!」
「ロージー! 早かったわね!」
私は突然声をかけられ、驚きながら振り向いた。そこには「頑張りました!」と、満面の笑みを浮かべるロージーがいた。
(なんて眩しい笑顔……ッ!)
精神年齢35歳の私は、19歳の女子の可愛らしさに思わずキュンとした。やっぱり、ハンスが相手だなんて、勿体無い子だわッ!!
カモシカ男ことハンス・アイゼルとロージーを並べて思い浮かべると、顔だけは良いハンスなのでロージーと並んでも格好はつくが、性格面でどうも納得がいかない。
と、そんな事を思いながら、ロージーとご飯の支度を始める。
「お嬢様、今日は何を作るのですか?」
「そうね……今日は、"豚の生姜焼き"にしようかしら」
「わぁ! あの甘辛く焼いた豚肉のお料理ですね!」
ロージーが嬉しそうに顔を綻ばせた。私はそれを見て頷く。
前に一度、ハンスに肉料理を出してほしいと言われた時に、豚の生姜焼きを作ったのだが、これが大絶賛!
だが、色んなレパートリーを試したかったので、絶賛だった生姜焼きはこれまで2回ほどしか作っていない。今回、久しぶりに作ってみる事にしたのだ。
(ハンスも"生姜焼き"が食べたいと言っていたし、今日は掃除を真面目に手伝ってくれたみたいだから、ご褒美ね)
看守達の掴んだ胃袋を離さない為にも、たまには大好物を作ってあげなきゃ。
ちなみに、ラルフさんは『鯖の味噌煮』が大好物で、アレントは『白身フライ』、エーヴェルが『鶏の唐揚げ』がお気に入りメニューのようだ。エーヴェルが肉食系男子だったとは、意外だった。
(リアム様は、何がお好きかしら……)
私は檻の中で一歩も動かず、何かぶつぶつと呟く推しを一瞥する。病んでる推し……。これもまた良いが、やっぱり笑う推しを見たい。
お米を研ぎながらそう思っていると、ロージーの笑う声が耳に入った。
「ふふふ! お嬢様ったら、またリアム王子の事を考えていらしたんでしょう?」
「!」
私は思わずロージーの方を向いた。すると「図星ですねー!」といたずらに笑ってくる。
「ロージー!」
「ふふ! 照れてるお嬢様、本当に愛らしいです!」
(そんなイタズラな貴女の方が、可愛いわよ……!!)
私は心の中で叫んだ。最近、ロージーにこうやっていじられる事が多くなった気がする。まぁ、そんなロージーが可愛いから、許しちゃうんだけど。
私はお米研ぎに集中する事にする。その前にリアム様の様子をもう一度だけ……。
「え……?」
私がチラリとリアム様の方を見ると、リアム様が私の事をジッと見つめており驚いてしまった。
初めて会った時のことを思い出す。彼の冷たく悲しい瞳。忘れる訳がない。
3ヶ月前、リアム様の6歳の誕生日を祝った時でさえ、見向きもしなかった彼は、1年経った今、再び私を映してくれる。
リアム様の翡翠色の瞳と私の目が合う。私の中で緊張が走った。伸びたままの前髪の隙間から覗く瞳に、私は吸い込まれそうになる。
(お、おおお、推しと……目が……目がぁあッ……!!!)
リアム様の瞳が、私を映しているのだと思うと脳が暴走して、某ジ◯リアニメの大佐が私に乗り移ってきたわ……危ない危ない。え? て言うか、こんなに長い時間、私を見てる事今まで無くない? リアム様に一体何が……。
私が不思議に思った瞬間だった。
「ぐッ……あっ……!!」
ジッと私を見ていたリアム様の様子が一変した。突然、身体を抱えるように苦しむリアム王子。すると、身体から黒い霧のようなものが現れ、リアム王子の周りを囲い始めた。黒い痣がシュルシュルと身体を這うように、素早く動き回る。
「リアム様!?」
私はすぐに檻の前へと走った。私の叫び声に驚くロージー。さらに外にいたラルフさんも急いで中に入ってきた。
檻の中で苦しむ推し。その額にはものすごい汗をかいている。
ーードサッ
さらに、苦しさからか横に倒れ、身体を痙攣させながら身悶える。
た、たた、た、大変だわぁああーーー!!!
「ラルフさん!! 今すぐ開錠して下さい!」
「わかった……!」
ラルフさんは慌てて檻の扉の鍵を開けてくれる。
どうして良いのかわからない……。だけど、とにかく一刻も早くリアム様の元に駆け付けたかった。
何が原因!? 昨日も苦しんでいたって事は、何かの予兆? それとも、私を見た事で穢れてしまったのかしらぁあーーー!? 推しを見つめるなんて、おこがましい事をしてしまった私への罰なのぉおおーー!!?
ーーガチャン
居ても立っても居られない私は、扉が開くなり、すぐにリアム様へ近寄る。
しかし。
ーーバシィイイ!!
「!!」
「お嬢様!!」
「……嬢ちゃんッ」
リアム様の身体から、黒い鞭のような稲妻が現れ、私に襲いかかってきた。しかし、私には当たらず、床を叩きつけると弾けるように消えていった。まるで、私を近寄らせないのに現れる黒い稲妻……前にも、同じ事があった。
あの時、悔しいけれど何も出来なかった。不甲斐ない……!!
リアム様は息が上手く出来ず、呼吸もままならない状態だった。
(このままじゃ、推しが……ッ)
私は再びリアム様へ近付こうとするが、同じように黒い稲妻が現れた。
(ええい! 邪魔なのよ、稲妻ぁあ!!)
私は自らぶつかりに行く勢いで、黒い稲妻に向かって走った。多分、ものすごい形相だったと思う。みんなには見えてないからオッケーとしよう。
突っ込んで走っていくと、私に向かって振り下ろされる稲妻は、私には当たらず地面を叩きつけて消えていった。やはり、あの稲妻は私を攻撃しようとしている訳ではないようだ。
(近づく人に何かあったらいけないと、推しの意思で人を寄せ付けないようにしている……のかも)
根拠はないが、そう思った。
とにかく、そうと分かれば怖くはない。私は急いで痙攣を起こす推しの元に駆け寄り、身体を起こした。触ると異常な程に、推しの身体は熱を帯びていた。
「リアム様!! 聞こえますか!?」
声を掛けるが、応答はなかった。私は苦しむ推しの姿を見て、抱き起こす手に力が入る。そして、ロージーに向かって叫んだ。
「ロージー! 体を冷やす氷水と氷袋を用意して!!」
「は、はい!」
「手伝う……!」
動き出したロージーの後に続き、ラルフさんも手伝い始めた。すぐに、ラルフさんが氷袋を持ってきてくれた。私はそれを受け取り、ゆっくりとリアム様の額に当てる。
ーーシュウゥウウ
「な、なんて熱なの……!」
当てた瞬間、すぐに氷が溶けていく。熱が高すぎる。驚いている間に、ロージーが氷水の入ったタライとタオルを持ってきてくれた。
タオルを氷水に浸し、頬や首筋に当てるが、これまたすぐに蒸気と化していき、タオルが熱々になっていた。
「リアム様……!」
私は泣きそうだった。
目の前で酷く苦しそうな推しの姿。黒い呪文のような痣が素早く蠢く度に、推しの苦悶の表情が一層険しくなる。
(こんなに近くに居るのに、何もできないなんて……ッ)
「ラルフさん! リアム様が苦しまれた時、いつもどうしていたのですか!? 何か、できる事はないですか!?」
私がラルフさんに聞くと、ラルフさんは困惑したような表情を浮かべた。
「俺達、国王から、王子に触れるなと言われてる……何も出来ない……ただ見守るだけ」
「そ、そんな……ッ」
私の腕の中で、今にも息絶えそうな推しを見る。
「うぅ……ッ」
「……ッ!!」
悔しい……! 近くに居るのに、何も出来ないなんて! 神頼みしか出来ないの……?
「私に、リアム様の苦しみを分けてもらえたら良かったのに……!!」
思わず口に出た言葉。これは本心。前世は病気で苦しんだが、推しの苦しみで死ねるのなら、本望だ。
あの時の心の支えは、推しの貴方……リアム様の存在でした。貴方がいたから、苦しい時も頑張れた。
「私は、貴方の心の支えに、どうしたらなれるんでしょうか……リアム王子」
その時、涙が溢れた。
頬を伝っていく雫が、推しの頬に落ちてゆく。
するとポタリと頬に落ちた私の涙が、突然眩い光を発し始めた。
「え!?」
「な、なんですか!!?」
「!?」
私達が驚いていると、リアム様の身体がみるみる光に包まれていく。
眩い金色の光。
先程から身体を覆っていた黒い霧のようなものも光に弾かれ、消えていった。抱き締める推しの身体から震えが止まり、さらに熱もだんだんと引いていくのがわかった。
「こ、これは、一体……ッ」
私は何が起こったのか分からず、光り続ける推しを見つめた。
しばらくして、ゆっくりと光が収まってゆく。
推しの身体が見えてきた。しかし、その姿は以前とは全く違っていた。
「黒い痣が……消えてる……!」
推しの身体を蠢いていた黒い呪文のような痣、それが綺麗に消えて、リアム様の白い肌が露わになっていた。さらに、髪の毛も艶がなかったが、光輝くような銀髪のサラサラヘアーになっている。痩せた身体はそのままだが、血色は良いようだった。
光が完全に消えると、リアム様の呼吸も綺麗に整っていた。
(こ、これは……ッ)
私の腕の中で眠る推し。
こ、国宝級の美しさーーーッ!!! 彫刻のような顔立ちに、絹のような肌ぁああ!! 伸びっぱなしの銀髪がさらに神々しさを際立たせてるうぅうーーーー!!! は、鼻血出てないかしらっ!!!?
こんな時、隠れオタクで良かったと思う。表面上はうまく取り繕っているが、内心は嬉しさのあまり叫びまくっている。
小説でのリアム様は、青白い肌をしていると書いてあったが、生のリアム様の肌は程よく桃色の入った血の通った肌色をしている。状況が違うからなのか、本物が違うからなのかは分からないが、アニメなどで見たリアム様とは少し違う気がした。
「う……っ」
「!」
突然、リアム王子が呻き声を上げた。驚き顔を覗き込むと、その瞼がうっすらと開かれる。そこから綺麗な光を宿した翡翠色の瞳が見えた。
「……綺麗な翡翠色」
リアム様と目が合った瞬間、またリアム様の瞼はゆっくりと閉じられていった。そして、スヤスヤと寝息を立て始めた。一定のリズムで胸を上下させるリアム様を見て、私は安心した。
「眠ってしまわれたわね……」
私の言葉を聞いて、周りから安堵するため息が聞こえた。
「お嬢様、大丈夫でした?」
「えぇ。リアム王子も眠ってしまわれたみたい」
私がニコリと笑うと、ロージーは安心した様子で笑い返してくれた。ラルフさんも小さく頷きながら微笑んでいる。
「じゃあ、リアム様を寝かせて、ご飯の支度をしましょうか」
私がそう言って、リアム様を一旦床に寝かせようとした。その時、何かに引っ張られる感覚を覚える。
「あら?」
私の服が何かに引っ掛かって引っ張られている……かと思いきや、よく見るとリアム様がギュッと私の服の裾を掴んでいた。
「掴まれてる……」
ラルフさんもそれに気付いたようで、ポツリと呟いた。それにロージーも反応する。
「本当ですね。どうしますか、お嬢様?」
ロージーが困ったように聞いてくる。だが、私の答えは決まっていた。
「このまま寝かせてあげましょう」
こんなにスヤスヤと安らかに眠る推しは、ここに来て以来初めて見た。もちろん、今はしっかり眠らせてあげたい。という事で、私はこのまま様子を見ることにしたのだった。
「食事は指示するから、ロージーに任せて良いかしら?」
私が言うと、ロージーは目を輝かせて胸を張った。
「もちろんです! この1年間、ロージーはお嬢様のお隣で成長しましたから!!」
「ふふ、頼もしいわね!」
(ロージーったら、可愛いのだから!)
私は思わず笑った。
その時、リアム様に掴まれる袖が、さらに引っ張られた気がした。チラリとリアム様を見るが、そこには静かに目を閉じ眠るリアム様だけ。気のせいだろうと、私は気にする事なく、リアム様を抱きかかえたまま檻の中で過ごすのだった。
しかし、リアム様の握力……恐るべし。
帰る時間になっても一向に起きないし、服を掴む手も全く緩まない……。
私は諦めて、そのまま塔で一夜を明かす事にしたのだった。
ちなみに、ラルフさんに頼んでクロス家と王妃様へ『リアム王子の看病のため、ロージー同行のもと塔に泊まります』と、緊急の魔道具連絡を入れてもらった。
王妃様からは承諾のお返事があったが、お父様からは連絡が無かった。もしかしたら、お父様もお兄様も卒倒しているのでは……。
明日帰宅した時、クロス家全員が泡を吹いて倒れていない事だけを祈った。
あ、それともちろん!! リアムファンとして、変な気を起こす事はないから、安心してよね!! 多分……!
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