第19話:時が経ち、1年……。
ーーあの後、国王側の侍従が何度も偵察に来るという不穏な空気は続いたものの、王妃様が準備して下さった厨房や食器などは、高度な収納魔法で小さくできる為、完全に私の味方となってくれた看守達が必死に隠し、うまく乗り切ってくれた。
ハラハラする日々を過ごしながら、気がつくと推しの世話係に任命され1年が経っていたーー
私は分厚い手に引っ張られ、マンセルの塔に到着する。引っ張り上げてくれたラルフさんにお辞儀をした。
「ラルフさん、おはようございます。いつもありがとうございます」
「……おはよう」
いつも通りのラルフさんに安心感を覚える。ラルフさんとほっこりしている間に、ハンスがロージーをひょいっと引っ張り上げた。ロージーは上ってくると、ハンスに向かい軽く頭を下げる。
この2人は相変わらず進展がない。そんな2人を私は温かく見守る事にしていた。ラルフさんもハンスの気持ちに気付いているようで、ロージーの事になるとハンスに任せている。
(ラルフさん、大人だわ)
そういう私も、中身は35歳の日本人。ラルフさんは今年で29歳らしいので、私がこの塔で1番年上となる。外見は、5歳の可憐な少女ですけどね。
「ルシ嬢、今日はアレントとエーヴェルもまだいるぜ」
「あら、そうなんですか?」
ハンスに言われ私は驚き、ハンスの指差す方へ視線を向けた。部屋に置いてあるソファに座る2人が、手を挙げて私を見ている。
「嬢ちゃん、一昨日ぶりだねぇ。会いたかったよ」
アレントがウィンクをしながら、私に手で作った銃を撃ち抜く仕草をしてくる。私は笑ってそれを受け流す。すると、エーヴェルが私の方へ近付き、声を掛けてくる。
「アイツは置いといて……ルシ嬢に話したい事があって、待ってた」
失礼な態度だったエーヴェルは、『美味い飯は、命の源』と言って、今じゃこの中で1番私に従順になった……かもしれない。東邦国料理を初めて食べてもらってから、『神の腕』だの言われ、崇め奉られている。
と、言っても、性格やモンスターハンターという事もあって、信者のような対応をしてくる訳ではない。ちょうど良い距離感で、利害関係にあるような存在だ。
「エーヴェルさん、何ですか?」
私が尋ねると、エーヴェルはいつもの眠そうな表情のままだが、少し緊張感を感じさせる表情を見せた。
「昨夜、リアム王子の容態が悪くなって倒れた」
「えぇ!?」
エーヴェルの報告に目を見張った。まさか、推しが倒れるなんて……! 私は居ても立っても居られなくなり、部屋を出ようとする。
しかし、すぐにエーヴェルに腕を掴まれ、静止された。
「ルシ嬢、話を聞いて。倒れた時、リアム王子はかなり苦しそうだった。だけど、すぐに容態が安定して、いつも通りに戻ったよ」
「あ……じゃあ、今は……」
「今はいつも通りだから、心配しなくて良いよ、嬢ちゃん」
アレントが私に近付きしゃがみ込むと、ニコリと笑って頭に手を置いてきた。女好きで手癖の悪かったアレントは、今は頼れるお兄ちゃん的存在になっている。
私がホッとすると、アレントもエーヴェルもフッと吹き出すように微笑んだ。
「嬢ちゃんはホンットに、王子様の事しか見てないねぇ」
「そこが、良いけど」
アレントがニカッと笑い、エーヴェルは無表情だが、満更ではないといった顔で私を見下ろしてくる。
この人達は私をおちょくっているのかしら? というか、エーヴェルの言葉はどういう意味なのよ? ……とは言え、ここまでフランクな関係になれたのは、喜ばしい事ね。
私が1年前を思い起こしながらしみじみしていると、ハンスが割り込んでくる。
「だけどさ、本当にアンタは5歳なのか? たまに、とてつもなく年上に感じる時があるんだが……」
そう言って私に、疑心に満ちた目線を合わせてくるハンス。
(コイツは意外と痛い所を突いてくるのよね……)
内心焦りながらも、私は「5歳ですけど?」と笑って誤魔化した。あんまり長くなると大変なので、私は話を変える事にする。
「今日は、この部屋をロージーとハンスさんでお掃除お願いします。私はラルフさんと最上階の掃除するので」
私が言い終わる前に、ロージーが声を上げた。
「お、お嬢様! 私は、お嬢様と最上階の掃除を……ッ」
ロージーが必死の形相で私に提案してくるが、私は優しく理由を伝える事にした。
「ロージー。もしかしたら昨夜のように、リアム様の容態が悪くなるかもしれないわ。それならラルフさんに居てもらって、檻の鍵もすぐに開けてもらえるようにしておいた方が良いと思うの」
「あ……すみません、お嬢様」
ロージーはわかってくれたようで、すぐに大人しくなった。ロージーが慌てた理由は何となくわかっている。
「ふふ。いつも私の側に居てくれるから、離れ難いのね」
私がロージーの手を取って言うと、ロージーは顔を真っ赤にして俯いた。
「わ、わかって、いらしたんですね」
「ロージーの事ならわかるわよ! ここの掃除が終わったら、一緒に食事を作りましょう、ロージー」
「! はい!」
ロージーの明るい声を聞いて、私は頷いた。すると、ロージーのやる気に火がついたようで、ハンスに「急いで終わらせるわよ!」と、掃除態勢へとすぐに切り替わっていた。
私はその光景に微笑みながら、アレントとエーヴェルに「お勤め、お疲れ様でした」と伝え、部屋を出た。
「さて、上りますか」
私は階段を前に意気込む。すると横に来たラルフさんが、手を私の前に差し出してきた。
「……俺、運ぶ」
「ラルフさん、ありがとうございます。ですが、身体が鈍ってはいけないので自分で行きますわ」
私を運んでくれると、言っている。有難い話だが、私は丁重にお断りをした。何故なら、私の進化は、この塔の看守制圧だけではないからだ。
見よ! このヒラメ筋を!!
私は、スカートの裾を軽く持ち上げ、階段を駆け上っていく。裾から見える私のふくらはぎは、恐らくそこいらの令嬢達に比べるとかなり逞しく筋張っているだろう。
当然だわ。毎日の塔の階段の上り下り、そして毎日ダンスのレッスンや作法の勉強をこなし、乗馬も本格的に習い始めたのだから! ちなみに、半年でポニーを乗りこなし、お父様から馬を1頭プレゼントしてもらったしね!
私は鍛え上げられたふくらはぎで、駆け上がるように階段を上っていく。後ろには、ラルフさんも同じスピードで付いてきていた。
(さすがはラルフさん。私のスピードに付いてくるのは、楽勝のようね)
1年前だったら、他の人の事も気にしていられないほどキツかったが、今は周りが見えるほど余裕がある。この1年の努力は、無駄ではなかった。
(階段を上り切って、ばててたあの頃が懐かしい……ッ)
そう言えば、ムイナとはこの半年、ずっと手紙のやり取りをしている。内容は私の事ばかり綴ってあって、神聖化された私の話ばかりで困ったものだった。
(う、嬉しいのだけど、ちょっと愛が重すぎるわ……)
それと、マーシャルが最近、父親のミハエルと仕事の事や魔法の事を話すようになったとか。ムイナに対して当たりの強かったが、今では優しい一面を見せるようになり、かなり私の言葉が効いたようだ、とも書いてあった。
どうやらギルバートとも、クロス家に来て以来交流があるらしく、私との手紙のやり取りの話をするとジッとムイナを睨んでくるらしい。ムイナ曰く、それは嫉妬の目なんだとかどうとか……。
私がこの世界に影響を与え過ぎているのではないかと、最近心配である……。
程よく息の上がった私は、リアム様のいる最上階の部屋へと入る。いつも通り整然と並ぶ厨房と食器棚、冷蔵庫。
そして、奥の檻の向こうで暗がりの中佇む、推しの姿を捉える。
私がこの塔に通い詰める理由。
リアム第二王子ーー私の推しだ。
私は、この方を更生させる為に王妃様の許可を得て、お世話係をしている。
檻に近づき、体操座りをするリアム様を見つめる。こけた頬に細い手足……伸びっぱなしの髪の隙間から覗く虚ろな瞳……。
変わらず食事も摂らないリアム様だが、この1年で1つだけ変化があった。
それは、全身を覆い尽くしていた身体の黒い痣が、少し減った事だ。少しだけリアム様の肌面積が多くなった。
推しの白い肌ぁあぁああーーー!!! もう、涙出る!! 1年での変化がこれだけ……っ。だけど、私としては嬉しい事限りなしっっ!!!
わずかな変化に喜びを感じる。王妃様にその報告をした時、王妃様ももちろん、心底喜ばれた。リアム様の変化を聞いて、王妃様は涙を流されていたのを覚えている。
リアム様は、悪魔でも絶望の存在でもない。それだけは、わかってほしい……。
そんな事を思いながら、私はリアム様に声を掛ける。
「リアム様、ルシアです。今日も良いお天気ですよ。今日も1日、宜しくお願いしますね」
『天使の微笑み』でリアム様にご挨拶。だが、相変わらずの無反応。
もう慣れっ子ですわ。だけど、いつかお返事を返してくださる日が来る! そう信じて、今日も今日とてお世話をさせて頂きます。
挨拶を済ませると、私はいつも通りのルーティンに入ったのだった。
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