第17話:胃袋掴み懐柔作戦、成功!
私はロージーに後片付けを頼み、ハンスの分の昼食を準備する。私の生活魔法は威力こそないが、鍋に入った味噌汁と肉じゃがを軽く温め直すのにはちょうど良い。改めて火を起こさなくても良いので、なかなか便利だ。
(この『セルフ電子レンジ機能』は有難いわね)
白米の入ったお櫃を開けると、まだご飯はホカホカだ。恐らく、“保温魔法“が掛けられているのだろう。変わらない良い香りを漂わせるご飯を器に盛り、食卓テーブルへと持っていった。
「あとは、ハンスさんが来れば良いわね」
「お嬢様、お皿を洗い終えました」
ちょうど食器洗いを終えたロージーが、食卓テーブルへと近付いてきた。
「ありがとう、ロージー」
私がお礼を伝えた時、部屋の扉が開き、ハンスが入ってきた。相変わらずぶっきらぼうな態度……だが、なんだかんだで、ご飯は食べに上がってくる。ソワソワしながら「よぅ」と小さく挨拶してくるハンスに、私は会釈で挨拶する。
「ラルフが、飯が今までよりも美味かったって言ってたが、今日はなんなんだ?」
そう言って、いつものテーブルへドカッと腰をかけるハンス。そして、テーブルに置いてあるお盆のランチを見て怪訝そうな顔を見せた。
(さて、ハンスはどういう反応かしら?)
嫌な態度な奴ではあるが、料理を作った者として感想は気になる。ここで美味しいと言わなければ、懐柔もままならないわ……。
私の中で緊張が走る。
すると、固まっていたハンスがようやく口を開いた。
「な、なんだよ……この気持ち悪い、茶色い料理……」
(あちゃー、第一印象は悪かったようね)
ハンスの反応は悪いが、私は出来るだけ表情に出さない。むしろ、『茶色くて何が悪い』くらいの勢いで笑って見せる。だが、隣のロージーは違ったようだ。
「お嬢様の心を込めて作られたお料理を、気持ち悪いだなんて……! なんてマナーのなっていない人なの、貴方は!!」
「うっ……」
ロージーの圧に押されるハンス。最近はこの図をよく見かける。ハンスがどこかロージーを意識しているように見える……。確かにロージーは可愛いし、優しくて真っ直ぐな良い子だ。カモシカ男が惚れるのも分からなくはない。だけど残念ながら、ロージーにそんな気配は全くないけどね。
少しハンスを憐れに思いながら、私は言い合う2人の間に入っていく。
「ロージー落ち着いて。ハンスさん、嫌な顔せず、一度食べてみて下さい。温かい内にどうぞ」
「お嬢様……」
ロージーは私が前に立つと言い合うのをやめ、大人しく身を引いた。ハンスは顔には出ていないが、『なんで入ってくんだ』と言った空気をまとっている。
(ロージーを大事にしない奴に、ロージーは渡さないわ)
私は気にせずニコリと笑う。それにハンスが少しビビったのか、素早くカトラリーに手を伸ばした。
「なんだよ、この泥水……本当に美味いのか?」
そう言いながら味噌汁を眺めたハンスは、スプーンで味噌汁をすくい、一気に一口飲み込んだ。
(そんなゲテモノ食材を食べるような顔で食べなくても……)
苦々しい表情を見せていたハンスにそう思っていたが、ハンスの目がすぐに輝いた。そして、味噌汁をジッと見つめる。どうやらお気に召したみたいだ。
「お口に合いましたか?」
私が聞くと、ハンスはビクッと身体を震わせ、顔を赤くしながら慌て出す。「美味い」と一言言ってくれるだけで良いのに、それを言いたくないのかハンスは「ぐぬぬ……」と口ごもっていた。
(どれだけ強情なんだ、この男は……)
内心呆れ笑っていると、ロージーが前に出る。
「お嬢様が聞いているでしょ! どうなんですか? アイゼルさん?」
ロージー……ハンスと呼びたくないから苗字で呼んでいるのね。カモシカ男よ、ロージーはかなり手強いわよ。もちろん、その前に私が認めないと、近付けさせないけどね。
すると、ハンスが観念したかのように項垂れ、小さな声でゴニョゴニョと何かを言っていた。
「……う、美味い……」
「え? なんですって? 聞こえないわよ」
ロージーが追い討ちをかけていく。ハンスに対して、いつの間にこんなに強気になっていたのかしら、ロージー。
私がロージーの態度の変化にますます驚いていると、バッとハンスが顔を上げた。
「う、美味い! ……って言ってんだろ……っ」
最後の方は声が小さくなっていき、虫の息程の音量だった。頑張って言ってくれたんだろうな。私は、ハンスに頭を下げた。
「ありがとうございます。そう言ってもらえて、嬉しいですわ」
「……くっ」
顔を背けて悔しそうな表情を見せるハンスは、白米、肉じゃがも目を輝かせながら食べ進めていった。
(意外にも東邦国の料理がお口に合ったようだわ)
ハンスは心の中では感動しっぱなしのようだが、態度に出すまいと必死なのが丸わかりだった。ロージーにもそれは伝わっていたようで、勝ち誇ったように胸を張って仁王立ちしていた。そんな可愛い態度を見せるロージーはなかなか見れないので、中身35歳の私は思わず笑ってしまった。
ハンスもあっという間に完食。全料理をおかわりして、2食分食べたハンスの顔は大満足のようだった。
「ふふ! お気に召されたようで、良かったです」
「べ、別に、俺は……っ! は、腹が減ったから、ついつい、おかわりしただけで……」
「はいはい。では、そういう事にしておきましょう」
「お前……っ」
ハンスが、悔しそうだけど物申せず、顔を赤くしたまま私を睨み付けてきた。だが、すぐにため息を吐き、今度はマジマジと私を見てくる。
「お嬢様、あんた本当に4歳だよな?」
「え? えぇ、そうですけど」
マズい。精神年齢がこの男より17歳も上だとバレてしまう。私は必殺『天使の微笑み』を繰り出し、この場を収めようとした。
すると、洗い物を終えたロージーがこちらに割って入ってくる。
「お嬢様は、秀才なのよ! こんな可憐で、可愛らしいのに、勉強も作法も完璧! こんなにお料理も上手で、更に神のお声まで聞けちゃう聖女様のような存在なんだから!! 4歳だからって舐めないで頂戴よ!」
ロージーの言葉は有り難かったが、私は『聖女』という言葉を聞いて、心臓がドクンと強く脈打ったのを感じた。
私は、聖女ではない。聖女はまた別でいる。リアム様を救う、相応しい方が……。
どこか胸が苦しくなった。私では、リアム様を救う存在になれないという運命が、グサリと突き刺さってくる。
(忘れてはいけないわ。あくまで、これはリアム様を更生させる為の活動だ、という事を……)
「お嬢様?」
「お前、どうしたんだ?」
ロージーとハンスが私に声を掛けてきた。ハッと意識を戻して、ニコリと笑って見せる。
「何でもないわ! さて、ハンスさんのお墨付きも頂いた事ですし、リアム様へもお料理をおもてなししなきゃ!」
「なっ! 俺がいつ、墨付けてやったよ!?」
「ふふふ!」
ハンスが立ち上がり、私を睨みながら見下ろしてくる。私は面白くて微笑んでいると、ロージーが間に入り、ハンスを睨み返していた。真っ赤な顔でたじろぐハンス。それを見て、更に私は笑った。
「ちっ……! ラルフと守備を変えてもらってくる!!」
いつもはこのまま、ハンスがこの部屋の前で警備をしてくれるのだが、居心地が悪くなったようで、地上階にいるラルフさんと交代するように言い出した。
私とロージーは、ドシドシと扉へ向かうハンスの後ろ姿を笑いながら見送る。すると部屋を出る直前、ハンスが立ち止まり、振り返ってきた。
「なぁ、お嬢様よぉ。今度は肉料理にしてくれ」
ぶっきらぼうに言うハンスに、私はちょっとカチンときたが、まさか注文をしてくると思っておらず気が抜けた。
「わかりましたわ。明日は肉料理にします」
「……頼んだぞ」
私の返事に満足したのか、ハンスは薄ら笑みを浮かべながら部屋を出ていった。
(まぁ、彼らを懐柔させる為よ。味付けは相当気に入ってくれたみたいだし、良い事にしましょ)
かなりの手応えを感じながらロージーを見ると、ロージーは名残惜しそうに部屋の扉を見つめていた。
(ん? 案外、ハンスにもチャンスがあるのかも……)
そんな事を思いながら、私はリアム様用のお粥を作り、みんなと同じようにお粥、味噌汁、肉じゃが、大根サラダをお盆に乗せた。そして自分のお盆も持って、檻の中へと入り、リアム様の前に昼食を置いた。
毎日こうやって、私はリアム様と向き合いながらご飯を食べている。『今日は良いお天気ですよ』とか、『調子はどうですか?』とか、自分の話をしながら、私はご飯を頂く。クロス家の食卓のように、食事の時は明るくて楽しく、みんなで食べるのだと、忘れないでほしいから。
(いつかは、皆んなと並んでご飯が食べれれば良いなぁ)
前世の私が入院したての頃、いつも流動食を1人で食べていた。その寂しさと言ったら本当につらい。私は7人家族だったので、食卓を囲むと会話が止まらなかった。嫌な事も払拭してくれる家族との食事……これをリアム様にもわかってほしい。
そんな思いで毎日続けている。
今日は出汁の香りにリアム様が反応してくれたので、食事を口にしてくれるかなと期待していた。しかし、終始食べ物を一口も口にしてはくれなかった。
「私は、諦めませんからね」
「……」
リアム様からの返事はもちろんない。
空虚な目がいつか輝く日を、私はいつまでも待っている。
推しの笑顔を拝むまで、諦めてたまるもんですか……ッ。
その日以降、出汁の香りがすると、リアム様はキョロキョロとその香りの元を探すように反応するようになっていった。
更に、東邦国料理はアレント、エーヴェルにもお気に召してもらえたようで、私はこの塔の制圧……看守達の胃袋掴み作戦を成功させたのだった。
そのおかげで、看守達も心を開き始め、だんだんとリアム様の更生に協力してくれるようになった。
その中で、エーヴェルとアレントと会話している時だった。アレントがふと思い出したように宙を見つめる。
「そういやぁ、最近やたらと国王側の侍従が様子を見に来るよなぁ」
「あ……確かに」
アレントの話にエーヴェルが静かに頷いた。
「今まで、食事の時しか来なかったのに……ですか?」
私が掃除道具を揃えながら聞くと、2人は頷いた。
「あぁ……中の様子はどうだ、とか言って、入り口を開けさせて、入り口周りを眺めて帰っていく……」
「だよなぁ! 俺には、『なかなか綺麗にしているではないか』とか、上から目線で言ってきたぞ?」
エーヴェルに続き、アレントが声を上げるように言う。エーヴェルは、アレントに「今の侍従の真似?」と笑いながら尋ねている。
そんな事はどうでも良いのよ!
「それは、何をしに来ているんでしょう?」
私が笑い合う2人に聞くと、2人は会話を止めて私を見る。そして、しばらく「うーん」と悩み出す。
「わかんねぇなぁ」
「うん、なんでだろね」
(まぁ、そうですよね)
私はアレントとエーヴェルに聞いた事を後悔した。2人とも、最近は情報をくれるだけでなく、協力体制でいてくれるようになってきたが、相変わらず面倒くさがりな所は変わらなかった。あまり深く考えてくれてはいないと、私は諦めて掃除を始めた。
しかし、国王側の動きは気になる。
突然の不穏な気配……私は、心配になりながらも、いつものように世話係の仕事をこなしていくのだった。
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