第15話:王妃様との対談
「お待ちしておりましたよ、ルシア嬢」
品のある高らかな声に、私は視線を向ける。広く落ち着いた応接間の中心には、にこやかに笑う王妃様がいらっしゃった。
(なんて輝かしい笑顔……!! まるで女神だわ!)
王妃様の美しさに、思わず目を奪われる。表情だけでなく、ちょっとした仕草も綺麗で、無意識に王妃様を見つめていた。王妃様は、そんな見惚れる私の元に静かに近付くと、私をエスコートするかのように手を差し伸べてきた。
「さぁ、お手をどうぞ」
「え……!?」
王妃様からこんな事をしてもらっても良いのか!? それにしても、顔立ちが推しにそっくり……ッ!
いろんな戸惑いを感じながら、私は恐る恐る王妃様の手に自分の手を乗せる。緊張で汗ばむ私の手を王妃様は優しく握り、奥の椅子までエスコートして下さる。
な、なんてサプライズ……ご褒美タイムなのかしら……! 王妃様の手、柔らかくてスベスベだわ!! しかも、良い匂いがする!
私の脳内が、変態モードに入ってしまって大変だ。平常心を取り戻さなくては……と、無理矢理モードを切り替える。中身35歳のオタクです。
お互い席に着くと、前に王妃様と共にいた侍女が紅茶を淹れてくれる。
湯気の立つ紅茶の横には、ケーキや焼き菓子など……沢山のお菓子を乗せたお皿が並ぶ。席の近くには大きな窓があり、そこからは王宮の中庭が見える。この季節に咲く色とりどりの花が、私の目を楽しませてくれていた。
「ふふふ、気に入ってもらえましたか? ここからの景色は、この時期が1番綺麗なんですよ」
王妃様も、朗らかな表情で中庭を眺める。
「本当は、外でティータイムをしたかったのですが、国王の目もあるので、この部屋でお茶をしようと思ったんです」
王妃様は、残念そうに声色を落とした。私は慌てて口を開く。
「このお部屋からの景色は格別です! 中庭全体を上から眺めるなんて、見た事ありませんから! 素敵なおもてなしを、ありがとうございます」
私が笑って言うと、王妃様はパッと嬉しそうな表情を見せた。
「小さなレディのお言葉、感謝します」
少し頭を下げる王妃様。顔を上げると、手を合わせて無邪気な笑みを浮かべた。
「今日はリアムの事だけではなく、貴女ともお話したいとも思っていたのです」
その言葉に私は、目が点になった。
「わ、私とですか?」
こんな私と!? 4歳児の私に話す事などあるのでしょうか? 王妃様と話したい人は沢山いると思うのだが……。
そんな事を思っていると、王妃様が口を開く。
「えぇ! 私には息子達しかいないので、娘のように接したいのですが、ルシア嬢はいかがでしょうか?」
「それは……」
思っていた答えとは違った。そりゃあそうか。私と話してもなんの利益にもならないもの。だけど、今はリアム様も幽閉されて、王妃様のお心も寂しい筈……。
(こんな私で宜しければ……!)
「それは、とても光栄です!」
私がにこやかに答えると、王妃様はとても喜んでくれた。
王妃様との会話は、とても楽しかった。本当に娘のように話してくれる王妃様は、次第に敬語ではなくなり、心を開いて話してくれていると感じた。
話の内容は、私の家族の事や、最近の流行りのドレスやお店の話。それに王妃様のお気に入りの紅茶やブティック、宝石店などを紹介してもらった。
今日のお菓子も、王妃様セレクト。お気に入りの菓子店から、わざわざ取り寄せてくれた物らしい。
(なるほど……どおりで美味しゅうございます)
私はケーキを一口食べ、あまりの美味しさに悶絶する。それを見て、王妃様も嬉しそうに笑っていた。
そんなこんなで、思いの外楽しく会話を弾ませていると、王妃様が思い出したように話を切り出した。
「私とした事が、ルシア嬢とのお話が楽しくて、リアムの事を聞いていなかったわ」
「あ、本当ですね!」
いつお話が来るかと待ち構えていたが、遂にリアム様の状況確認が来たわね。私は忘れていませんよ!
「毎日、リアムのお世話をありがとう、ルシア嬢。お手紙も丁寧に書いてくれて、とても状況がわかりやすいわ」
王妃様は改めて頭を下げてくる。
「いいえ! 王妃様、頭をお上げください!」
私が急いで王妃様に言うと、王妃様はゆっくりと顔を上げた。
「リアムは、あまり変わっていないようだけど、だいぶ塔の状況が変わったようね」
「はい、とても良い環境になってきました! これも王妃様のおかげです!」
私は満面の笑みを浮かべる。
そう……この1カ月……。私は、遂にやり遂げたのだ……看守達を懐柔させる事に!!
私の笑顔を見て、王妃様は口元に手を当てながら笑う。
「どうやって看守達と打ち解けたのかしら?」
「王妃様が用意して下さった食材を使って、胃袋を掴んでみせました!」
「胃袋を……?」
王妃様のキョトン顔、頂きました! 私は終始笑顔で王妃様にお話した。
簡単に言うと、看守達の不服である食事を、私が補ってやっただけだ。国王側の給仕が持ってくる食事は、リアム王子が召し上がらない事もあり、とても貧相だった。
それを私がアレンジして、さらに追加で副菜やスープ、デザートまで作り、食べてもらう事にしてみたのだ。
それがまぁ大好評!!
元王宮料理人で現クロス家の料理長であるユーリックに、料理の事を教えてもらったり、前世でも料理をしていたので、アレンジは得意! そのおかげで、看守達の胃袋を掴む事に成功したのだった。
私の味付けは日本で培った味付けだが、お気に召してもらえたみたい。さらに言えば、料理をして欲しいからと掃除をしてくれたり、声を掛けてきたりと、最初の頃とは対応が全く変わった。
ラルフさんは、相変わらず礼儀正しくて、私やロージーにも優しく接してくれている。
他の看守達だが、まず女好きアレントは、ロージーや私に対しての言葉遣いを直させ、変な色目を使わない事に成功!
そして、エーヴェル。彼は特に、私の作るご飯を気に入ってくれて、反応などが素直になった。
最後にハンスだが、カモシカ男も頼れる看守の位置付けになっていった。リアム様の様子を定期的に見るようになったし、私達に対しても生意気な事を言わなくなったのだ。
私は、王妃様を見つめる。
「ハンスという看守も、相変わらずぶっきらぼうですが、最近は最上階に行く前、『今日は……何を作るんだ……?』と、ぶっきらぼうに聞きながらも、荷物を持ってくれるようになったんです!」
「まぁ! 最初のお手紙の時から、彼は協力してくれないだろうと思っていたのに……それは、大きな進歩ね!」
王妃様は我が事のように喜んでくれる。それがとても嬉しかった。
「看守の皆さん、私が来ると、必ず夜のリアム様の様子を教えてくれるんです。私やメイドが困っていると、助けてくれるようにもなりましたし、だいぶ良好な関係になってきました!」
リアム様の変化ではないが、王妃様は安心したような表情を浮かべる。そして、背筋を伸ばしたまま、胸に手を当てた。
「ルシア嬢にお願いして良かったわ。こうやって笑ってくれるだけで、私は安心しているの。本当にありがとう」
王妃様は優しい笑顔を見せた。
きっと、私の事も心配してくれていたのだろう。無理もない。国王に内緒で私をマンセル塔へ送ってくれているのだから。
(もっと、頑張らないと!)
私は意を決して、王妃様と視線を交えた。
「更に彼らを虜……いえ、味方にして、国王側に付かせない為に、王妃様にお願いがあるのです……!」
「何でも言って頂戴」
王妃様は温かく私を受け入れてくれる。突然の事で驚くかもしれないけど……。私は自分に気合を入れた。
「『東邦国』の食材を、仕入れて頂きたいのです」
「東邦国の食材を……?」
王妃様は予想通り目を見開き、口にしようとしていた紅茶を手にピタリと止まった。
『東邦国』とは、この国の東に隣接する国。なんとその国は、まさに"日本"と言える、類似した食材が沢山あるのだ。米に醤油、味噌、みりん……。前世が日本人であった私が使わずに、誰が使うってのよ!
王妃様は紅茶を一口含むと、笑みはそのままに口を開いた。
「それは……突飛なお願いね。どうしてかしら?」
私の事を疑ってはいないようだが、不思議でならないと言った様子の王妃様。私は真面目な表情で王妃様に伝える。
「料理長に聞き、本で読んだのですが、東邦国の料理はガルガン王国にはない調味料も豊富で、健康にも良いそうです」
「まぁ、そうなのね」
王妃様は「知らなかったわ」と続けながら、私の言葉を待ってくれている。
「看守の皆さんに珍しい料理を振る舞って、更に信頼を得るだけでなく、リアム様のお身体にも良い影響を与えられると思っております」
「リアムの……」
「はい。リアム様はまだ食事をして下さいませんが、バランスよく栄養も補えます。勉強している内に、調理方法もたくさん知りましたので、あとは食材をご提供頂きたいのです」
「なるほど。そういう事ね」
良かった、納得してくれそうだ! だが、ここで最後のひと押しをしておこう……!
「彼を心身ともに癒やすには、私の故郷……いえ、東邦国に伝わる『おふくろの味』が必要なのです!」
ちょっと大袈裟だったかしら……。というか、『私の故郷』と言いそうになったわ。危なかった……。そもそも『おふくろの味』という言葉が通じるだろうか?
色々思っていると、王妃様の身体がフルフルと震え出した。
(これは……どっちの震え!?)
私が不安で心臓が押し潰されそうになっていると、王妃様は目を輝かせた。
「ルシア嬢! なんて素晴らしい考えなの!! 「『おふくろの味』……? 母親の手料理、ということかしら。なんて温かくて、愛に満ちた言葉なのかしら……! 」
(良かったーー! 感動の方だったーーー!!)
安堵のため息を心の中で吐く。
「有り難いお言葉ですわ、王妃様!」
こうして、王妃様との華やかで充実したティータイムは終わった。
明日には、出来るだけの食材を用意すると約束して……。
王妃様ともなると、そんな事も朝飯前なのね。恐ろしや……。
とにかく、王妃様に感謝しなきゃ! これで、推しへの愛の食事にも力が入るってもんよ!!
ますます頑張らなきゃだわーー!!
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