第12話:推しは、私が助ける…!
「リアム様、はじめまして。私、本日からリアム様のお世話をさせて頂きます、ルシアと申しますわ」
私は出来るだけ静かに、微笑みながら挨拶をした。目の前にいる、私の推し……! しかし、思っていた姿とはまるで別人である事に、心を痛める。
私の挨拶は、彼の耳に届いていないらしく、私の方を一向に見向きもしない。ただ、ひたすら呪文を唱えるようにブツブツと、何かを呟くだけであった。そして、推しの言葉が少し途切れる度に、黒い痣が、シュルルっと蠢くのである。
小説の内容より、彼の様子、深刻なんじゃない……? 1年目で感情が壊れる、と小説の描写が書いてあった。だけど今。1年目の現実では、既に感情も無くなり、食事も摂っておらず、気力すら感じられないわ……っ。
(思った以上に、手強い……)
私は事の重大さに、ズシリと重荷を感じ始めていた。
だが、目の前のリアム王子の状態を見て、私の胸には、熱いものがジワジワと込み上げていた。またも4歳児の瞳から、大粒の熱い涙がこぼれ落ちていく。
中身は35歳だが、ルシアは、この世に生まれて4年経った。そんな私とリアム様は、1年しか歳が違わないわ。何故、こんな残酷な運命を、推しがーーリアム様が、辿らなければならないの……?
その時ふと、前世で読んだリアム様の姿が脳裏に浮かんだ。
小説や漫画のリアム様は、いつも残酷な笑みを浮かべていた。その笑みのまま、自身の両親を殺し、国を制圧する。その残忍さも、後に現れる聖女リーシャにより、変わっていく彼のスパイスとなる訳だが……。
唯一、母親を殺した時だけ、最後に一筋の涙を流していた。その表現は、小説では1行しか書かれていない。だが、私はその1行を強烈に覚えている。
『リアムは、母である王妃の亡骸を見下ろしながら、一筋の涙を落とした。』
(小説『いばらのドラゴン』より)
そして彼はそれ以降、涙を流す事はなかった。
あんな残虐な人でも、母を殺した時は泣いていたのだ。彼も人の子だと証明している。
あの背景には、今のこの状況、環境が関わっている。現実に、王妃様は自分の息子を心配して、私をここへ送ってくれているのだ。国のトップであり、夫でもある国王レックス・アゼルハルトには、秘密にしながら。
私は、グッと拳を握りしめた。
(……この人を、助けたい)
『推しに会いたい』、と言うオタク心と、今後の自分の未来の楽しみの為にここまで来た。
いや、ホントに……やましい気持ちで、すいませんでしたッ!! 土下座して謝りますわ!
しかし今の私の胸には、それ以上の『救いたい!』と言う気持ちが溢れていた。
(助けたい……なんて甘っちょろい事、言えないわ)
「私が貴方を、助けてみせる……ッ!」
気持ちを言葉にした時、気が付くと、私は自然とリアム王子の頬を手の甲で撫でていた。
「!?」
わ、わわわ、わ、私はぁあーーー!!! お、推しになんて無礼をぉぉおーーーー!!!? 無意識とは言え、推しの頬を撫でてしまったっ……!!
私はすぐに手を引っ込める。
(この手は一生、洗わないわ……!)
と、オタク魂に誓っていると、私は先程と違う違和感を感じた。
(何かしら、この違和感)
そう思ったのも束の間、私はすぐにその違和感に気付いた。
「リアム、様……!」
リアム王子が、私の事を見ている。さっきまで私に見向きもしなかった彼が、今度は私の事を虚な目でジッと見てきたのだ。
きょわぁあぁーーーーー!! お、推しの瞳に、わ、私が映ってるぅぅーーーー!!!
脳内大パニック。推しの瞳から、私は目が離せなくなっていた。
伸びっぱなしの髪が影になり、闇夜のように暗く見える瞳だが、よく見ると、国王と王妃様の瞳の色を受け継ぐ、翡翠色の奥深い目をしている。
だが、その瞳には、光が宿っていない。想像では、綺麗なのだろうと思っていた瞳は、無意識にゾクリと背筋に冷たいものを感じていた。
(冷たく、悲しい目だわ……)
先程までの興奮は一気に遠ざかり、私は早くリアム王子を笑顔にしたいと、心の底から思った。きっと光を灯した瞳は、輝いて綺麗に違いない。
さっき見た翡翠色の瞳には、一瞬だけだが、小説内の『神々しい推し』の片鱗が見えた気がした。
そんな日を迎えたい……。
私は、未だに見つめてくるリアム様に微笑んで見せた。
「リアム様、今から私が温かい料理を作りますので、食べてくださいな」
そう言ってゆっくりと立ち上がり、リアム様を見下ろす。日本で言う所謂、体操座りをするリアム様は、私を見上げながらも反応しない。
それでも良い。ニコリと笑い、私は檻の扉に向かって歩みを進めた。
その際、リアム様の頬に触れた、右の手の甲を左手で撫でた。一瞬だったけど、リアム様の頬は、少し温かく感じた。痩せ細っていても、血の通っている人間なんだ……。そう思うと、私は思わず、ふふっと微笑んでしまう。
(さぁ! 料理頑張りましょう!)
私が意気込んで檻から出た。その瞬間、ロージーが私の前へ瞬時に現れた。
「!?」
「お嬢様ぁあーー!! 大丈夫ですかーー!!?」
驚いて身体をビクッと震わせてしまった。ロージーの気迫が凄い……。そう思っていると、撫でていた右手をロージーが掴んできた。
「右手が痛むのですか!? 何故王子に触っていたんですかー!!」
そう言うと、ロージーはポケットからハンカチを取り出し、私の手の甲をゴシゴシと拭き出した。
って、ちょっとぉおおーーーーー!! ロージィイーーー!!? せっかくの初推し触れ部分がぁあーー!!!(涙) というか……ッ!
「痛い痛い!! ロージー!?」
私は、あまりの痛さに貴族のレディらしからぬ大声を出してしまう。その間にも、ものすごい勢いで手の甲を磨くロージーに、何度もストップを掛けた。
(まるで、亀の甲羅の苔を、タワシで取り除くかのような勢いッ……!!)
我慢出来ず、私は素早く手を引いた。しかし、一心不乱に空気を磨く(?)ロージー。私はそれを見て呆れ笑った。
すると、ラルフさんが檻の鍵を閉め終わり、私の元へと近付いてきた。
「王子が、反応したのは……初めてだ」
感心したように私を見下ろしてくる、巨漢なラルフさん。私はニコリと笑って見せる。
「これからです! 推し……じゃなかった、リアム様を、必ず笑顔にして見せますわ!」
私の言葉に、ラルフさんが面食らったような表情を浮かべた。しかし、ゆっくりと頬を緩ますと、優しい眼差しを向けてくる。
「……そうか」
ラルフさんは、そう言って檻の前に戻っていく。どうやら、檻の前でリアム王子の様子を見ていてくれるようだ。
私は、すぐに王妃様が用意してくれたキッチンへと向かった。ポケットから髪留めを取り出し、自分の髪の毛を簡単にまとめて縛る。
魔道具冷蔵庫は、なかなかに大きい。開けてみると、野菜やお肉、卵やフルーツなど、たくさんの食材が用意されていた。王妃様の息子への想いが感じられる。
私は、今も何かを磨き続けるロージーを見た。
(まだ、磨いてる……)
「ロージー!」
「ハッ!!」
私が声を掛けると、ロージーは我に返ったように、キョロキョロと辺りを見渡した。その姿に思わず笑ってしまう。
「ふふ! ロージー、料理長から貰ったレシピをくれるかしら?」
「は、はい! ただいま!」
ロージーは、肩から下げている大きな鞄の中から、A4ぐらいのメモ用紙を取り出し、私に渡してくれた。そのメモには、昨日の夜、クロス家の料理長ユーリックさんに相談して教えてもらった、料理のレシピが書いてある。
「うーん……今のリアム王子の状態からして、固形のものは難しそうだから……」
私はレシピメモの中から、1番食べやすそうな『ジャガイモのポタージュ』を作ることにした。この料理は、私の大好物のポタージュだ。
私は、ロージーの力を借りながら、調理を始めた。生活魔法程度の魔力で火を起こし、料理を進めていく。4歳児の短い腕で大鍋をかき回すのは一苦労。踏み台に乗れば良いのだが、ロージーに抱っこされながら鍋の中を覗き込む。
(……4歳児の料理は、かなり大変だわ)
一汗拭いながら、私は上を見上げた。このキッチンの上に換気口のようなものが付いているが、排気が何処へ行っているのか不安ではある。けれど、王妃様の事だ。きっと上手く誤魔化してくれているだろう。
そう信じながら、私はポタージュを作り上げた。ふわりと香る優しい湯気は、食欲をそそる。それを何皿かに取り分けると、ロージー、そしてラルフさんへ渡した。どうせなら、皆んなで食べた方が良い。
ハンス……あいつの分は、後でお鍋の底に残ったのを適当に器に盛って渡せばいいか。毒は入れないわよ、今のところはね!
私は下で見張っているハンスの事は一旦置いておき、2人分のポタージュをお盆に載せると、リアム様の元へ持っていく。
「リアム様、『ジャガイモのポタージュ』です。お召し上がりくださいな」
私は、檻の中にある机をラルフさんにお願いしてリアム様の前へ置いてもらうと、そこにお盆を置いた。
(この檻の中も、綺麗しないといけないわね……)
辺りを見渡し、埃まみれの部屋を見て、まずは掃除からだと考えた。
だが、その前に自分達も含め、まずは食事だ。リアム様にも温かい内に食べてもらわないと……。
そう思いながらリアム様を見ると、リアム様はポタージュに目もくれず、私をジィっと見ていた。
「?」
さ、さっき、勝手に触っちゃったからかしら……ずっと私を見てくるわね……。嬉しいのは、山々だけど。
戸惑いながらも、私はポタージュを一口含んだ。食べている所を見ていれば、推しも食べたくなるかもしれない。
(うん……! なかなか上手く出来てる)
もったりとした口溶けのあるクリーミーなスープ。シンプルな味付けのおかげで、ジャガイモの甘さが際立っている。これは、星3つでしょ!
自画自賛。うん、大事な事よ。自分を褒めるのは。
推しを見ると、未だに私を見つめてくるだけであった。
た、食べにくい……けど、嫌じゃない。
私は、推しに自分の自己紹介も兼ねて、話しかけながらポタージュを食べ進めた。その間、一度も反応する事も、食事をとる事も無かった。
その後は、リアム様の部屋の掃除を片っ端から行い、夕ご飯を作り終えて、1日が終了した。
リアム様は、その後、私には一切見向きもする事なく、常に同じ場所に居座っていた。
……ぜ、前途多難だわ。だけど、一歩ずつよ。一歩ずつ前に進むのよ……! まだ始まったばかりなんだから、頑張りなさい! ルシア!
私は、自らを奮い立たすように、鼓舞しながら帰路をいくのだった。
大変なのは、これからだと、気付かずに……。
.




