第9話:塔への道
翌日、約束の時間。
私はメイドのロージーと一緒に、塔の抜け道となるガルガン王国の中でも由緒正しい教会ーーエリュシオン教会の裏地に来ている。
ここは不自然に人の手が加わっていない。
(なんてこった。こんな場所だと聞いていなかったから、平民の格好はしてきたものの、スカートで来てしまったわ……)
私は、自分の服装に後悔した。伸びっぱなしで私より背丈のある草木をロージーが先頭に立ち、掻き分けてくれる。ロージーも平民の格好で、しかもスカートだ。
あぁ、どんどん汚れて……しかもちょっと破けてしまった所もある……。
ロージーの心配をしながらも少し奥へ進むと、そこには、生い茂る草木に埋もれた謎のトンネルがあった。そこから推しのいる塔へと繋がっているのだ。
「ここが、入口……」
出入り口が教会の裏なんて、なんだか複雑だわ……。聖なる神のいる教会の背後で、昔の国王のクソ愛人共が王宮へと足しげく通っていたなんて、神への冒涜も甚だしいわね。
そんな事を思いながら、トンネルの先を見据える。真っ暗で何も見えない。
「お、お嬢様……大丈夫でしょうか……」
ロージーがゴクリと生唾を飲み、震える声で話しかけてくる。
「大丈夫よ、ロージー! 王妃様の事だから、完璧に私達を隠してくださるわ!」
「そ、それは良いのですが……」
ロージーったら不安丸出しね。まぁ、この暗さじゃ恐怖も覚えるだろう。だけど、ロージーには、感謝しなきゃね。
昨夜、王妃様との会話をロージーに話した所、すぐに私の手伝いをしたいと自ら立候補してくれたのだ。私のメイドでありながら、1番に私の事を案じてくれる、姉のような優しいロージー。
私はロージーの手を取った。
「お嬢様?」
「ロージー。私について来てくれて、ありがとう」
私が微笑みかけると、先程の恐怖の様子から一変。嬉しそうな笑みを浮かべ、私の手を握り返してきた。
「当たり前じゃないですか! 私はお嬢様のメイドです。どこへでもついて行きますよ!」
ロージーは今18歳。モルトリー男爵の次女で、私のお母様の下でメイドをしていた。私が生まれてからは、ずっと私の面倒を見てくれたのだ。本当なら婚礼期で、どこかの貴族の男性の元へ嫁いでも良い歳なのに、私が成人するまで離れないと、お父様に言っているそうだ。
「心強いわ、ロージー! いつもありがとう」
少しオレンジがかった茶色の髪を頭の上でお団子にしているロージーは、深いブラウンの瞳で私を優しく見つめてくれる。
(ロージー。貴女の事は、私が絶対に幸せにするからね……!)
私は心に誓いながら、トンネルに向き合う。私は人差し指を出し、指先に意識を集中させる。
「光よ、我がゆく道を照らしたまえ」
静かに唱えると、人差し指に柔らかい光が灯る。
よし! これでトンネルを進めるわね!
「流石、お嬢様です!!」
「ほ、褒め過ぎよ、ロージー! 私の魔力なんて、まだまだなんだから」
と、言うよりも、私の力じゃこれが限界。お兄様達だったら、もっと明るく、このトンネルの奥まで照らす事が出来るはずよ。
私が自分の限界を身に感じていると、ロージーが目を丸くしていた。
「あら! 珍しいですね。お嬢様が謙遜されるなんて。いつもは『クロス家の一員として当然よ』と、胸を張っていらっしゃったのに……」
「え、あ、そうだったかしら」
しまった。思わず、日本人スタイル…35歳 河村 莉奈が出てしまった。まぁ、今はこれも私だし、仕方ないか。
「まぁ気にせず、行くわよ、ロージー!」
「は、はい! お嬢様!」
私はロージーの前を歩き、トンネルの奥へと進んでいった。推しに会える気持ちに、高鳴りを感じながら、一歩一歩と前へ踏み出す。
トンネルは思いの外長かった。随分と使われていなかったのだろう、カビ臭くて、虫の死骸などもそこら中に転がっていた。
昔、友達と行った肝試しのトンネルを思い出すわね……。
前世の記憶を思い出しながら後ろのロージーをチラリと見る。ロージーは、少しずつ歩く速度が落ちていた。そんなに離れてはいないが、少し疲れてきているのだろう。
かくいう私はと言うと、推しに会える喜びで、全く疲れていなかった。
リアム様は、一体どんなお姿なのだろう……! 痩せ細っているとは言っていたが、きっと素敵に違いない!! だって、王妃様があんなに綺麗で美人な方なんだもの……ッ!! 会うのが楽しみだなぁ!
そんなウキウキピクニック気分なので、疲労なんて微塵も感じなかった。なので、ロージーのスピードに合わせつつ先を急ぐ。
推しのためなら疲れたなんて言ってられねぇってんだ! と、思わず江戸っ子が出てしまった。
「……あら?」
キャラ崩壊寸前で、トンネルが行き止まりとなった。
「お、お嬢様……着きましたか?」
後ろを振り返ると、少し距離はあるが、ロージーがヘロヘロになりながらも、こちらに近付いてきた。
「ロージー、一旦お水を飲んだら?」
私はパンパンのカバンから、水の入った水筒を取り出す。それを私の元に到着したロージーに渡した。
「お嬢様は、本当に天使です……!! ありがたくいただきます」
(そ、そこまで言わなくても……)
私はロージーの言葉に呆れ笑いながら、ゴクゴクとお水を飲むロージーを見つめた。
さて、行き止まりという事は、この上が恐らくマンセルの塔だ。今の所、問題なくここまで来ている。
ここに着いたら、風の魔法で天井にある入り口を開けるか、声を出して上に居る看守に開けてもらうように指示されている。
ロージーから水筒を受け取ると、カバンに入れ上を見上げる。
(やってみるか……)
私はふぅっと息を吐いた。そしてゆっくり手のひらを上に向ける。意識を集中させ、魔力を手のひらに集めた。
「風よ、高き扉を押し上げたまえ」
私の手から微量の風が、天井の入り口へと向かっていく。入り口に当たりはしたが、しばらく開け閉めをしていなかったのか、ガタガタと音を立ててはいるが、開く気配がなかった。
(くっ……扇風機の弱モード程の風じゃ、開かないか……仕方ないわ、光魔法も使ってるから、これが限界ね)
「お嬢様! 惜しいです!! もう少しで開きそうなのに……!」
「そうね。でも、私には開けれそうにないから、開けてもらうしかないわね」
私がそう言って、息を吸い込む。
「どなたか、その扉を開けてくださらない!?」
トンネルに私の声が響いていく。ロージーは私の声に驚いたようで、目を見開き唖然と私を見ていた。
しかし、暫く待っても天井の扉が開く様子はない。……あれ? 看守がいると聞いているんだが、聞こえなかったのかしら??
私がおかしいと首を捻っていると、ロージーが天井の入り口に向かって叫んだ。
「誰かーー!! そこにいませんかーー!?」
「!!」
お、おぉ……! ロージーやるじゃない! なかなかの大声よ。これなら聞こえるはずね。
私が驚きながらも、ロージーの事を内心褒めた。だが、同じように待っていても扉は開かない。
……はぁああーーー!? どうなっとんじゃーー!!? こういう時にスマホが欲しいわぁ!! 王妃様にすぐ連絡するのにぃいーー!!
「だ、誰も、いないんでしょうか?」
私が脳内乱心していると、ロージーは心配そうに入り口を見上げる。
(いかんいかん……取り乱してしまったわ……)
私は深呼吸をして、ロージーに向き合う。
「大丈夫よ! 何か事情があるかもしれないわ。王妃様は裏切るようなお方じゃないだろうし、看守のタイミングと合わなかったのかもしれない」
私が安心させるように笑うと、ロージーは少し緊張していた表所を和らげた。少しは不安がなくなったかしら。
(しかし、困った事になったわ……ここが開かないと、推しに会えない……)
どうしたものかと悩んでいる時だった。
ーーガコン! ギィイイ……
「え?」
突然、入り口が開き、頭上からゆっくりと光が落ちてきた。
「あ、開きましたよ! お嬢様!」
ロージーがホッとしたように光の方を見つめる。
(開いたのね。良かったわ……!)
私も安心してロージーと同じように頭上を見上げる。
すると、突然現れたのは2つの黒い影だった。
(え、2人? 看守は1人じゃなかったの!? もしかして国王の追手!?)
私はすぐさまその影に、声を掛けた。
「そこにいるのは、誰?」
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