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 夜が明けた。

 ショウイチは布団から上体を起こし、時計を確認する。いつも起きるより少し早い時間。特別、体や頭が重い感覚はない。

 朝食を作り、食べる。

 制服は昨日の戦いで破れたことを思い出して、タンスから冬服を引っ張り出した。長袖、厚手のもの。季節には合わないが、取り敢えず問題はないだろう。

 普段使っている鞄はボロボロになってしまった。一応別のカバンも有るが、冬服と合わせて教師から言及されると面倒だろう。

 どうしようか、と中身を移しながらテレビを点ける。チャンネルを替えながら、視聴率の良くないらしい地域色の強いニュース番組にした。

 ハチュウ人という存在は今まで見たことも聞いたこともなかった。それがそう簡単にニュースになるとは思えないが、もしもという事があるだろう。

 スマホでそれらしい検索をかけるが、パッとしたものは出てこない。やはりまだ見つかってないか、表沙汰にはできないか、だ。

 制服の袖に腕を通し、家を出る。

 家から学校までの距離はそう遠くない。既に周りには同じ制服を着た生徒がチラホラといる。

 赤信号に立ち止まっていると、後ろから不穏な気配がして振り向いた。


「なんだよ、つまんねーの」


 そこには普段ショウイチに絡んでくる同級生がいた。

 胸の位置まで上げた手は、恐らくショウイチの肩を押そうとしていたのだろう。

 ぞろぞろと、後ろから同じような生徒が数人現れる。


「あ、何だその目は」


 ジッと見つめるショウイチに、手を上げたままの姿勢で生徒は詰め寄った。

 道路までの距離は数歩分あるが、突き飛ばされてバランスを崩せば危ない距離だ。

 彼らにとってはそんな危機感はないのだろう。もし事が起きても、こんなことになるとは思わなかったと言うのだろう。

 考えが足りないのではない。そもそも考えてないのだ。そういった最低限の気遣いをしない程、ショウイチの事をぞんざいに扱っていい命だと思っている。

 それに対する怒りはない。が、もしその手が振り下ろされるなら、払いのける程度のことはしなければいけない。

 だから、ジッとショウイチは彼らの動きを見ていた。


「何だその目はって言ってんだよ」


 更にもう一歩距離を詰めてくる。わかりやすくこの場を収める言葉を考えながら、ショウイチの目は尚も相手を捉えていた。

 上手い言葉は見つからない。促しておきながら、そもそもショウイチの言葉を聞く気など無いのだろうから。


「シカトこいてんじゃねぇぞ」


 開いていた手が固く握られる。より高く、見せつけるように、その生徒は腕を上げた。ニヤニヤと、ショウイチの逃げ場を塞ぐように仲間たちが取り囲む。

 ショウイチが左手を腰の位置まで上げた。


「そこ、なにやってんの」


 落ち着いた女性の声が、不穏な空機を制した。

 相手が目を逸らしてのを見てからその視線を追うと、同じ学校の制服を着た女生徒が、呆れ顔でコチラを見ている。


「あんたら、急がないと部活の練習間に合わないんじゃないの?」

「チッ、面倒なやつに見つかったぜ」


 近づいてくる女生徒を見て、ショウイチを取り囲んでいた生徒が離れた。ちょうど青に変わった信号を見て、頭を掻きむしりながら渡っていく。

 ハァ、とため息を吐いてから、女生徒はショウイチを見た。


「珍しいね」

「珍しい? 何が?」


 信号がチカチカと点滅を始める。今から渡るのは危険だろう。ショウイチはジッと女生徒を見つめた。

 顔には見覚えがある。同じクラスだったはずだ。確か、名前は渡部(わたべ)だったか。

 ショウイチよりも高い背と、細い縁の眼鏡。キリッとした雰囲気から、学級委員長だったことを思い出す。


「いや、普段アイツらに絡まれてるときは、もっとさ。なんというか、穏便に済ませようとしてるからさ」

「突き飛ばされたら危なかった。騒ぎを起こしたかったわけじゃないよ」


 淡々と答えてから、ショウイチは横断歩道の方へ向き直る。

 渡部が隣まで回り込んできた。


「なんか雰囲気変わったね」

「そう?」

「うん。前話したときは、ショウイチ君敬語だったよ」


 記憶を辿ってようやく思い出す。そういえば一度だけ、男の学級委員に仕事を押し付けられたことがあった。

 渡部が随分と怒っていて、以来その仕事を押し付けられることはなかったが。


「まぁ、あの時は同じクラスになってすぐだったから」

「そうだね。最初からそうしてれば、さっきみたいには……」


 そこで渡部は言葉に詰まった。あー、と言葉を濁している間に信号は青になり、ショウイチは歩き始める。

 慌てて渡部が追いついて、言葉を続けた。


「私は今の方がイイと思うよ。成堂くんみたいで」


 成堂、という言葉が出てきて、思わずショウイチは渡部の方を見た。

 その顔はわかりやすく失言した、といった風で、軽く頬が赤くなっている。


「ありがとう」

「え、あ、うん。じゃあ、私急ぐから」


 信号を渡り終えたところで礼を言うと、渡部は小走りで去っていった。

 わかりやすいな。

 そう思ったところで、ショウイチはふと、渡部の発言を思い出す。

 雰囲気が変わった、と。


「わかりやすいのは、僕もか」


 さっきの出来事でハッキリした。身を焼くような激情が、自分の中で生まれていることを。

 それは昨日の出来事が衝撃的だったからか、それとも。

 胸の鱗を軽く撫でてから、ショウイチはまた歩き始めた。

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