5
吐き気を催すほどの痛み。
何かの許容量を大きく超えて、そのままショウイチは気を失った。
それをしかと見てから、心臓を失ったアギトは事切れる。
そうして、洞穴の中は完全に静かになった。
やがて。
「う……ガあッ……」
ショウイチの口から、濁った呻き声が漏れ始める。
ビクビクと四肢が痙攣を始め、体の上に被さっていた死体を、勢いよく投げ飛ばした。
それは壁に叩きつけられて、中に残っていた僅かなはらわたを地面にぶち撒ける。
寝苦しさから毛布を振り払った、と例えるには余りにも荒々しい仕草。
いや、恐らくは確実に死んでいたのだろう。
「うう……」
鈍く声を上げながら、ショウイチはよろよろと体を起こした。
ズキズキとうるさい頭を押さえて、記憶を辿る。すぐに胸を引き裂かれたことを思い出して、自分の体に視線を落とした。
凄惨な傷があるはずのそこには、鈍色の鱗がびっしりと生えていた。それで傷が塞がったのだろう。新しく血が流れていく様子はない。
まぁ、生きてるなら、いいか。
覚醒しきってない頭はすぐに考えることを放棄して、出口に向かってトボトボと歩き始めた。
もう洞穴に光は差し込んでいない。もう夜になってしまったのだろう。
別に帰っても誰も居ないし。
普段なら守っていた門限もどうでも良くなってしまって、ショウイチはため息を漏らした。
伸びた犬歯がカチリと鳴る。
「やはり、ソコに居たカ」
外に出ると、ハチュウ人が洞穴を取り囲んでいた。
「人ゲン。おマエと一緒にイたヤツはどうした」
手負いが3人と、無傷の敵が5人。リーダー格に見えるヘビのハチュウ人も、それなりに消耗したように見える。
「アギトさんは……」
その続きを喋ろうとしたところで、ぞわりと、何かがショウイチの中を駆け巡った。
冴えていく頭と共に、鋭敏な五感を取り戻す。麻痺していた鼻が異臭を嗅ぎつけ、ひりつく空気を肌が感じる。込み上がる虫唾に、耐えられなくなって、伸びた舌が口元の血を掬った。
鉄臭い味は、とても飲み込めるものじゃない。不味さを不味さで上塗りしたところで、何も解決していない。
だが。
「アギトさんは、オレが喰った」
それで、死ぬ前に食べたあの臓物を思い出した。
心臓が跳ねる。
目の前にいる、人の形をしているだけのトカゲ畜生に心が揺さぶられる。憎しみと怒りが、沸々と湧いてくる。今までショウイチが抱いたことのない感情。困惑と憤怒で、表情が醜く歪んだ。
「は、ナンだ。そりャ」
嘲笑いながら、ヘビ男は両手を広げた。それが合図かのように、周りのハチュウ人も戦う構えを取る。
ショウイチを殺そうとしていることは考えなくても分かった。
なら、理由はそれで十分か。
「ガ、ア、ア」
どの道、ここから逃げるためにはこの包囲網を突破しなければならない。
なら皆殺しも変わらないだろう。仕掛けてきたのは向こうなのだから。
「あ、あ、アアアア」
ショウイチの体が変化を始める。
肉はより硬く、厚く、太く。牙は、爪はより長く鋭く。軟弱な皮膚は鱗に形を変え、瞳はより光を捉える形に。
人として不要と切り捨てられた尾てい骨が、本来の力強い姿を取り戻す。
「……ナンだ、そりャ」
その姿は、ヒトともハチュウ人とも違う異形。
全身をびっしりと覆う鱗。その隙間から針のように鋭い体毛が顔を覗かせる。顔立ちは人のそれでありながら、乱れた鋭い歯並びと月夜に光る目にその面影はない。
纏っていた衣服が変化に耐えられず、ボロボロに千切れた。
いわば人間の文明の証。
ソレに、それは必要ないのだろう。
「キモちわりィんだよッ!!」
取り囲んでいた一匹が、痺れを切らしてソレに襲いかかる。
瞬間、月の光を弾いて、何かが閃いた。
飛びかかっていたハチュウ人の体が、上半身と下半身に両断される。
腕を振り抜いた姿勢のソレ。そこには、鋭い逆鱗が3枚、生えていた。
「リザードマンか」
ヘビのハチュウ人に名を呼ばれた事が嬉しいのか、木々を震わせるほどの叫びが森に響いた。




