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ショウイチは洞穴の奥でガタガタと震えていた。
外から運ばれてくる血の臭いが籠り、辺りは吐き気がする程の異臭に包まれている。
どうしてここに来たかわからない。ただ、そのまま家に逃げるという選択肢は最初から頭には無かった。唯一の友達を失いたくないという気持ちが、この場から離れるという選択を拒んだのかもしれない。
ここに居たところで、何もできないということはわかってるはずなのに。
「うっ……」
涙を堪えるために、ショウイチは小さく嗚咽を漏らした。
来るべきではなかった。アギトがもう2度とここに来るなと、何度も警告したはずなのに。
初めて会った時、彼の様子から薄々わかっていた。何かそういう、危ないことに関わっていることは。だが聞かなかった。聞いてはいけない気がして。
そもそも彼が人間ではなくて、なら今までどこで暮らしていたのか、どこから来て、何故ここに居るのか。
そういった核心に迫ることを、ショウイチはたったの一度も質問しなかった。
きっと、見て見ぬふりをしていたのだろう。自分の都合の良いように、捉え方を捻じ曲げて。
自分も、まるで人ではないかのように扱われているから。
本当に人ではない何かに縋ったのだろう。
「ううっ……」
ショウイチはギュッと自分の腕を握り締めた。
立ち上がろうとしても足に力は入らない。竦みきっている。だからもうできる事はない。
ここで他のハチュウ人に見つかって死ぬか。
動けるようになるまで隠れ続け、生き残るか。
或いは、ここでずっと動けないまま餓死するか。
醜い嗚咽が響き続ける洞穴の中に、異音が1つ、紛れ込んでくる。
何かを引きずるような音。ショウイチの肩が跳ねて、より隅の方へ逃げる。
ゆっくりと、ゆっくりと、その耳障りな音は近く、大きくなっていく。
「な、んだ。まだ居たのか」
下から聞こえた覚えのある声に、ショウイチは顔を上げた。
「アギト、さん……?」
「あまり、大きな声、を、出すなよ。奴らは、まだ外に居る」
匍匐前進のように、腕だけで体を進めながら、アギトは答える。
どうやら、歩けないのは彼も同じらしい。
「どうして」
何かを、何もかもを聞きたいはずなのに、ショウイチの言葉はそこで止まる。全く次の言葉が出てこなくなって、口をパクパクとさせていた。
ゆっくりと進んでいたアギトが、ようやく壁に辿り着いて、そこに背を預ける。
「どうして、か。まぁ、負けたから、だな」
「負けたから?」
「ああ。アイツらと、言葉で負けて、追い出され、力で負けて、このザマだ」
「あの人達は、何なんですか」
「何って、知ってるだろ、ハチュウ人だよ」
ふぅ、とアギトは静かに息を吐き出す。それは息を整えた、というよりも、死ぬ前の安らかさに似ていた。
「同じハチュウ人なのに、どうして戦ってるんですか」
「それを、お前が聞くのか。同じ人間から、お前はハブられているように見えたが」
「……それは」
「いや、悪かった。今のは違う。そうだな、奴らはお前たち人間のことが気に食わなくて、俺はそうでもなかった。そういう事だ」
納得ができる。あの首の長いハチュウ人は、真っ先にショウイチを殺そうとしていた。アギトは、何度この洞穴に来ようと言葉だけで殺す素振りは見せなかったのに。
そこまで考えて、ショウイチはハッと思い出した。
「アギトさんが僕を食べたら、回復しますか?」
バカな問いだとはわかっている。見ると、彼の足はズタズタに引き裂かれてもう動きそうにない。
これが食べ物を食べただけですぐ回復するなら、どうかしている。
「さっきまでの話を聞いていたか」
「聞いてました」
「なら、俺がお前を喰わないことは分かっているだろ。第一食べたところで、何も解決しない」
「けど、それじゃあ」
このまま死ぬしかないんですか。
思いついた言葉が、口に出ることで明確な意味を持つ事を、ショウイチは恐れた。
沈黙がよぎる。
「方法が無い、訳じゃない」
「どうすれば良いんですか」
アギトの言葉に、ショウイチはすぐに食いついた。その目にはようやく誰かの役に立てるというような、自己犠牲の危うい光が宿っている。
アギトはフッと、牙だらけの口で笑った。
「覚悟はできてるのか」
「どんな、覚悟ですか」
「俺の提案を受け入れれば、お前はこれから何度も痛い思いをする。辛い思いをする。あの時死んどきゃ良かったと思うかもしれない。それでも良いのか」
ゴクリと、ショウイチは喉を鳴らした。
「それでも、今は生きたいです」
あらゆる無駄な感情、建前を放り投げて、ショウイチは自分の中にある根源的な欲求に従った。
どれほど辛い思いを受けても、生きたい。
今までだって、そうだったのだから。
「そうか。まぁ、期待するなよ。上手くいくかどうかは、賭けだからな」
満足そうに微笑むとアギトは腕から1枚、鋭い逆鱗を生やした。
おもむろに体勢を変え、ショウイチを押し倒す形になる。
「なっ」
ショウイチが声を発するより前に、アギトは腕の逆鱗で自らの胸を掻っ捌いた。
血が溢れ、ショウイチの体を赤く染める。傷口から、重たい内臓がどぷりと顔を覗かせた。
「なにを」
「これはハチュウ人に伝わる儀式だ。優秀な戦士の魂を受け継ぐって意味らしい」
アギトは溢れそうな臓物の一つを掴んで、引きちぎり様ショウイチの口にねじ込む。
続いて、腕の逆鱗でショウイチの胸を真っ二つに引き裂いた。
声にならない叫び。歯を食いしばろうとして、ショウイチは咥えた臓物を噛みちぎった。溢れた血でぬるりと滑って、胃の中に落ちていく。
「元気でな」
最後に、アギトは自分の胸の奥に手を入れ。
そこにあった心臓を、ショウイチの体の中に捻じ込んだ。




