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「42ページの問2を……善田」
若い数学教師に名前を呼ばれ、善田 正一はビクッと肩を上げた。
これまでの復習という名目で出された、基礎中の起訴の問題。面倒なのか、教師も黒板に問題文を書いていない。
こんな簡単な問題、教科書を見れば一発でわかる。そう思っているからだ。
「どうした。わからないか」
「はい。すみません」
何も言葉が返らない事に苛立つ教師に、ショウイチは上がった肩を縮ませた。
極めて小さな、クスクスという笑い声が教室の中に広まっていく。
ショウイチが目線を落としている机の上に教科書はない。広げたノートは努力の跡を塗りつぶすような落書きで埋め尽くされている。
真新しくシャーペンで書かれた板書も、数時間後には下らない暴言で見えなくなっているだろう。
「そうか。どこがわからないか、言ってみろ」
口調を柔らかく変えて、教師は問いかけてくる。授業について来れていない生徒に、救いの手を伸ばしてやろうというような。
本当の問題はそこではないのに。
「すみません、実は、教科書を忘れてしまって」
言いづらそうなショウイチの声に、教師は大きなため息を返した。
「なら、初めからそう言え。今日は近くの誰かから借りろ」
「はい。すみません」
再三の謝罪を終えてから、ショウイチはチラリと周りを見た。
ニヤニヤと粘りつくような視線。その中で、異質な鋭い視線を捉える。
隣の席の生徒。成堂 正敬のものだった。
ショウイチと同じ机と椅子は、その大きな体格には不釣り合いに見える。だらしなく崩れた姿勢はさっきまで眠っていたようにも見えて、だとすれば自分の声のせいで起きてしまったのではないかと、ショウイチは頭を下げた。
顔を上げると、成堂の顔は正面に戻っていて、静かに瞼を閉じている。
見やれば彼の机の上にも教科書はなかった。そもそもやる気がないのだろう、ノートや筆記用具すら見えない。
すごいな。
ショウイチは心の底からそう思った。
こんな態度でありながら、彼が教師に怒られているところは見たことがない。恐らく成績も最低限以上に良いのだろう。
聞いたところによれば、ボクシングの全国大会で既に結果を残しているらしい。ショウイチを虐める生徒たちが、そういったことを言っていた気がする。
彼がショウイチに危害を加えたことは一度もないが、それはきっと本当に興味がないからなのだろう。
僕も成堂くんみたいに強くなれれば……。
クズ、死ね、消えろ。まるで存在を誇示するかのように、消えないインクで描かれた言葉を見ながら、ショウイチは再びペンを取った。




