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木々が茂る山道を、少年が一人歩いていた。
着ている制服は近くにある名門私立高校のもの。シャンと背を伸ばせばそこまで低くないはずの身長も、キツい猫背で縮こまって見える。
そうまでして体の内側に抱えているのは、ボロボロになった学校指定の鞄。所々に、自然についたとは思えない痛々しい傷が覗く。
線の細い優しげな顔は、ギュッと寄せた眉による皺が浮かんでいる。
一歩一歩踏みしめるように進んで、そして少年は洞穴の前で足を止めた。
ギュッと鞄を握り締めてから、再び少年は踏み出し始める。
「来るなと言ったはずだ」
洞穴に入ってすぐ、静止の声がかかる。ガラガラとした、合成したような声。ビクッと肩が跳ねるが、それでも少年は歩みを止めない。
やがて、暗がりの奥にボンヤリとした人型の影が浮かぶ。
「何故来た。人間」
夕日がうっすらと、洞穴の中に光を灯す。
暴かれた人型の影は、全身に鱗を纏っていた。
顎が突き出た、人間のそれとはかけ離れた顔の造形。口の端からは鋭い牙が覗き、瞬きの度に透明の膜が瞳を覆う。
腰から伸びる太い尾が、不機嫌そうに地面を叩いた。
言うなればそう、トカゲが二足歩行になったような、洞穴の主はそんな見た目をしていた。
「と、友達だから」
「友達ではない」
絞り出した少年の言葉は、すぐさまバッサリと切り捨てられた。
「でも、まだ立てないんでしょ?」
「……立ち上がれるなら、今すぐお前を喰ってるところだ」
グルル、とトカゲ男はわざとらしく喉を鳴らした。
「もうお前の助けはいらない。あと数日休んでいればすぐに動けるようになる」
「でもその間は」
「軟弱な人間と、我々ハチュウ人は違う。その程度どうとでもなる」
少年は黙りこくり、しかしそれでもハチュウ人と名乗るその生き物をジッと見つめていた。
「だが、そうだな。回復した後お前が来るようなら、その時は腹ごなしに真っ先に喰ってやる」
だから来るな、と。
言外の圧を出しながら、ハチュウ人は少年を睨み返す。
「じゃあ、喰っても、いいよ」
少年の小さな呟きを、ハチュウ人の優秀な聴覚は確かに拾った。
「お前」
「お前、じゃない」
初めて、少年は強い否定の言葉を吐き出してから、ゆっくりと制服の袖をまくった。
華奢な腕には黒くなったアザが目立つ。
「僕の名前はショウイチだ。もう何度も言ったはずでしょ」
ずいっと、少年は鋭い牙の浮かぶ口元へ、自らの腕を差し出した。
先ほどまでの言葉に反して、ハチュウ人はサッと顔を逸らす。
「そんな不味そうな腕は喰いたくない」
そう言って目を閉じる様が、どこか駄々をこねる子供のようで。
ショウイチは柔らかい笑顔に表情を戻した。
「そういえば、名前。結局教えてもらってないけど」
「聞いてどうする」
「どうもしないけど、ダメ?」
一転して、今度はハチュウ人の方が黙りこくる。
数秒の沈黙の後、ようやく彼は口を開いた。
「アギト。俺のことはそう呼べ」
「やっと教えてくれた。ありがとう」
楽しげな少年の声を洞穴の壁が反射し、森のざわめきの一部へと運んでいく。
日が暮れるその時まで、話し声は絶えなかった。




