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扉を開ける。気づけば屋上まで来ていた。
息を整えるために大きく肩を上下させるが、すぐにそれも止まる。金網越しに校庭を見ると、ぞろぞろと生徒が集まり始めていた。
数分ほど様子を見る。特別、おかしな出来事が起きる様子はない。
「なるほどな」
踵を返して、ショウイチは屋上を後にした。
生徒を皆殺しにするほど派手な事はしないらしい。或いは本当に、ただ不審者が侵入してきただけなのか。
ゆっくりと階段を降りていると、嗅ぎなれた臭いが鼻をついた。
思わず足が速くなる。鋭敏になった鼻がどんどん濃くなる臭気を捉えて、瞳孔がキュッと収縮する。
そうして、臭いの元に辿り着いた。
そこは先程ショウイチが飛び出した空き教室。
中からぐちゃぐちゃと何かを掻き混ぜるような音がする。
顔だけで中を覗いた。
「え」
ショウイチは小さく声を上げた。迂闊だとはわかっている。ただ、そうせざるを得なかった。
赤い絵の具をぶち撒けたような惨劇。寝転がって動かない生徒達の中央に、見覚えのある後ろ姿。
「なんで」
声に気づいて振り向いたその顔で、憶測が確信に変わる。
部屋の中央に居たのは成堂正敬だった。
「お前が来たか」
重たく開く口は血で染まっていて、手には人の臓物を握っている。
もしかしてそれを喰っていたのか? という疑念を肯定するように、成堂はそれを口に運んだ。
ショウイチは思わず口を抑える。今にも吐きそうな表情とは対象的に、体は扉を開けて教室の中に入った。
「なんだその顔は。今更、驚くような事でもないだろ」
「こっ、ここっ」
ショウイチが声を発しようとして、うまく言葉にならない。代わりに聞こえる耳障りな歯ぎしりの音は、彼自身が放っているものだった。
ニィっと、成堂は初めてショウイチに笑みを見せる。
「こいつらか。清々するだろ」
清々する? 何故?
グツグツと腸が煮える。前に感じた、ドス黒い感情とはまた別の怒り。
あの時は自分の中にある別の何かが暴れ出すような恐怖があったが、今は寧ろショウイチ自身が何よりも怒りに飲まれていた。
何かの後押しがあれば、きっとタガが外れる。それがわかっていて、目の前のこの男は笑っているのだろう。
「君と彼らは、友達じゃないのか」
「友達? こんな奴らとつるむ価値があるのか?」
心底バカにするかのように、成堂は転がっている死体を踏みつけた。
「お前が思ってるような友達は、俺には一人もいない」
「まさか、君は」
「お前と同じ、か? ふざけるなよ。それも違う。俺はお前のような弱い立場を受け入れない。仮にそうなれば、力を使って黙らせる。こんな風にな」
強く蹴飛ばされた死体がゴロンと一回転して。仰向けになる。慣性で傾いた顔の、虚ろな瞳がショウイチの方を見た。
そこに今まで向けられていたような悪意はない。もう二度と宿ることはないだろう。
「力を手に入れても、お前は最後まで使わなかった。そうだろ? リザードマン」
「なんなんだ、リザードマンって、君はなんだ?」
少しずつ理性が擦り切れていく。ぐちゃぐちゃになった頭で問いかけるが、それも正しい形にはならない。
両手で頭を抱えるショウイチを、成堂は鼻で笑った。
「俺は、そうだな。人間だよ。ハチュウ人の血が少し混じってるだけのな」
「血が混じってる……?」
「ああ。4分の1、クォーターってやつだな。だからお前のことにも勘付いた」
「ということは、君はハチュウ人から産まれたのか?」
「俺の母親がな」
成堂はおいおい、と呆れた声で頭を振った。
「リザードマンは」
「俺が4分の1ならお前は1分の2。人間の体にハチュウ人の力をそのまま入れたのがお前だ。どうだ、これでわかるか?」
そうか、とショウイチは胸の鱗を掴む。ここに、体の中にアギトさんが居るんだと、ようやく今までの不気味な感覚に納得した。
穏やかに見えた彼も、今のような感情を押さえ込み続けていたのだろう。
「お前も、人を喰えば強くなれる。そういう性質も受け継いでるからな」
「……だから彼らを殺したのか?」
収まり始めていたざわつきが、成堂のセリフで逆撫でされる。
だが、帰ってきたのはつまらなさそうな断りだった。
「……いや。俺が来たときにはもうコイツらは死んでたよ。俺が殺したのはソコに居るやつぐらいだな」
成堂が顎で、教室の隅の指す。ちょうどショウイチが入ってきた扉と反対の場所だった。
顔を向けると、そこにはうつ伏せに倒れている女生徒の死体がある。
180度回って虚空を向いている顔は、渡部のものだった。
「どうして」
体も思考も完全に固まって、ただシンプルな問いが漏れる。
「見られたからな」
ひたすら淡々とした成堂の答え。
ショウイチは、最後に自分を繋ぎ止めていた何かがブツリと千切れたのを感じた。
「あ、あ、あああアアアアアアア!!」
ショウイチの体が変貌を始める。




