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「ちょっと面貸してくれねぇかな」


 2限目が終わった休み時間。次の授業の用意をしていたショウイチに声がかかる。

 いつもの生徒達だ。


「うん」


 場所を移したいということは、教室で騒ぎにされるのは多少困るのだろう。とはいえ、強く拒否すればより面倒なことになるのはわかっていた。

 全く、力を誇示する喜びはわかるが、それなら衆目の中でより強い者を相手にすればいいのに。

 頭の中に別の誰かのような考えが浮かんで、ショウイチは小さく頭を振った。

 教室とは少し離れたところにある、倉庫のようになっている部屋。机と椅子が乱雑に置かれているそこに、生徒達は入っていく。


「困るんだよな、先公に勘づかれるようなことされるとさ」


 生徒の一人が口を開いた。今朝のことを言っているのだろう。


「……ごめん」

「謝るなら最初から大人しくしとけよなぁ」


 穏便に済ませるために、おおよそ最も正しい言葉。しかしそれは当然の反応といった具合で流される。

 向こうが始めから殴る気なら、話し合いもクソもないよな。

 近づいてくる生徒にショウイチは構えようとして、やめた。顔を殴らないこと、痣ができるほど力を入れないことはわかっている。この場は殴られておいたほうがいいだろう。

 そうやって受け入れても、すぐにまた「この場」がやってくる事はわかっているのに。


「おらっ」


 押し出すような前蹴りで、ショウイチは奥の壁に背をぶつけた。また朝と同じように袋叩きにされるのだろう。

 グッと体を丸めて衝撃を待つ。

 ビー! ビー!

 予感していた痛みが来るより前に、聞きなれない異音が鳴り響いた。


「ああ?」

「なんだ?」


 取り囲んでいた生徒達が胡乱げな声を上げる。転んでいた体勢から起き上がり、ショウイチはいつでも動けるように備えた。


『校内に不審者が侵入しました。生徒は教師の指示に従い、速やかに避難しなさい。これは訓練ではありません。繰り返します』


 スピーカーから届く、機械的な女性の声。緊急事態を伝えるブザーが間に挟まる。


「ハッ、不審者だってよ」

「誤作動じゃねぇの?」

「アレじゃね、あの赤いやつをバカが押したとか」


 生徒たちがケラケラと談笑を始める。その隙に、ショウイチは走り出した。

 相手が反応できないまま脇をすり抜けて、教室を飛び出す。


「おい、待ちやがれ!」

「別にいいだろ。また後でシメればよ」


 チラリと横目で確認すると、彼らは誰も追ってこなかった。どうやら避難する気はないらしい。

 それは、ショウイチも同じだが。

 心臓が高鳴る。異様な感覚が全身を支配していた。

 まさか。まさかまさか、ハチュウ人が俺のことを追ってきたんじゃないか?

 単なる妄想と吐き捨てる事のできない、不思議な確信がショウイチの中にはあった。

 恐怖ではないのだろう。口元が醜く震える。歓喜でもないのだろう。足が笑っている。

 訳のわからない何かがぐちゃぐちゃに混ざった、形容しがたい高揚。

 凍った体液が全身を走り抜けて、体の中を掻きむしるような、いてもたってもいられない疼き。

 これは何だ。


「僕は、なんなんだ?」


 あてもなく走りながら、ショウイチはふと呟いた。

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