モンモル蛾
俺はオリオンと暇そうにしていたソフィー、レイラン、アギ、フレイア、セバスを連れてブラックスミス杯が行われる中立都市、マディソンへと向かった。
マディソンはこの前入ったダンジョン、ミディール橋から東に30分程馬車を走らせた場所にある街だった。
遠くに日の光を反射しサファイアのように煌めく美しい湾が見え、景色はとても良い。
そのことから貴族の別荘地としても有名で、石造の立派な建物が並び立ち、広い庭地には豪奢な石像やメイドの姿も見え、富裕層の多い地域なのだとわかる。
オンディーヌ領と同盟軍領の中間にあるこの街は、東の中立地区では一番大きいらしく、ここでは同盟軍もナルシス軍も鉢合わせしたとしても、お互いを見なかったものとして処理する。
中立地区での戦闘行為はご法度であり、最悪王の資格をはく奪されることになる為、行き交う人々は戦闘に巻き込まれる心配もない為、表情は明るい。
「今回は珍しく暇そうな奴らが多かったな」
「ボインスキー領周辺の魔物の片づけが終わったからネ」
「エーリカは残ったのか?」
「彼女定期メンテ中で城から動けないのよ。リリィは人混みは嫌にゃーとか言って来なかったわ」
フレイアのにゃーに驚いて全員が耳を寄せる。
「な、なによ?」
「もう一回にゃーって言って」
「い、言わないわよ!」
「我、こういった祭り初めて。緊張する。こんな格好で大丈夫か?」
アギは獣の皮で作られた自分の衣服を見て心配する。
「少し、お下品かもしれませんね」
と、ビキニ姿に神官帽だけの淑女が言っておられますが。
「や、やっぱりダメか」
「大丈夫、街が大きいから人いっぱいいて目立たないよな?」
俺はオリオンの意見に頷く。
街の規模が大きければ大きいほど、行商や移民などの姿が目立つ為、アギのようなアマゾネスがいても別段珍しがられることもないだろう。
というかどう見てもアギよりソフィーやレイランたちの方が目立つ。
「私一度でいいから出店というものを見てみたかったんです」
「そうだイカ焼きだー!」
ソフィーとオリオンは出店のことで盛り上がっていてる。
こいつらにお金渡したら全部食いつぶしそうだな。
「あんまり目立つなよ。同盟軍にもナルシス軍にも属していない王が、チャリオットをぞろぞろ連れて近くの中立地区に入ったなんて聞かれたら、両方を刺激するかもしれない」
「心配ですね。私の高貴なオーラを感じ取って、野蛮な男達が色めき立ってしまうかもしれません。神は言っております。乱暴する気でしょ、変態貴族のように! と」
こいつが一番大丈夫そうだな。
「キュイー」
「ん?」
今なにかイカちゃんの声が……。
そう思い振り返るが何もいない。
気のせいか。
しかし、さっきからオリオンとソフィーがこちらを見て笑っている。
「キュイー」
「やっぱり聞こえ……ここだ!」
背中を鷲掴むと、そこには金の石を額につけたエリザベスの姿があった。
「ついてきたのか……」
「キュイー」
「よっぽど王様のことが好きなんですね」
「好きなのはいいが、顔にはりつくのはやめてくれ」
顔にはりついたエリザベスを引きはがして、ソフィーに手渡す。
「面倒みといてくれ」
「はいはい、あんな顔面Nレアより私の方がいいでちゅねー」
喧嘩かこんにゃろう。
エリザベスは顔を赤くして、むずむずと体を震わせ、イカスミをソフィーの顔面にぶちまけた。
「イカ焼きぃ!」
「エリザベスだろエリザベス」
さすがにクラーケンの子供と喧嘩してる奴を誰もEXとは思わないだろう。
街に入り、俺達は一度散開することになった。
俺は百目鬼と会う為に、オリオン達は出店を回る為に別れる。
「コンテストは中央の広場でやるらしいから、正午には来るんだぞ」
「はーい」
「セバスも、適当に羽伸ばしていいから」
「かしこまりました。主の目の届く範囲で羽を伸ばさせていただきます」
全員が散り散りになってコンテスト前の出店や、珍しいお店に入って楽しんでいるようだ。
息抜きは必要だろう。
俺は恐らく百目鬼がいるであろう街の中心部へと向かう。
マディソンは北と南で商業地区と、住宅街に別れているようで街の中心を貫くように大きな道路が整備されており、中心地である広場には既にコンテスト用のステージが設営され終わっていた。
まだ人影はまばらながらも広場自体が広いので、ここから百目鬼一人探すのは難しそうだ。
「あいつ常時発動スキルでステルス使えるからな……」
そんなステータスはないのだが、彼女の存在感の薄さは並ではない。
彼女一人だと、もはやウ〇ーリーを探せレベルだろう。
「いた」
探し出すのに時間がかかるだろうと覚悟していたのだが、広場から少し離れた街路樹の下に百目鬼の姿はあった。
彼女一人でいるのかと思ったが、逞しい筋肉をした壮年の男性が一緒で、百目鬼はひっきりなしに男性に頭を下げていた。
「トラブルか?」
急いで近づくと筋肉質な男性は手を振って百目鬼と別れ、広場から離れていった。
「よっ!」
「ひゃうっ!」
後ろから声をかけると百目鬼は気の毒になるくらい驚き、飛び上がった。
「だ、大丈夫か?」
「う、うん。来てくれたんや。ありがとぉね」
百目鬼のはにかんだ笑顔に照れる。やっぱりこいつ眼鏡外したら美人だと思うんだが。
眼鏡外したら美人とかそんな旧年代の漫画ではないのだが、この百目鬼の舌ったらずなところとかは人気が出てもおかしくないと思う。
「今の人は?」
「えっと、同盟軍のリーダーでカルロスさん」
「あの人が……。なんか謝ってたみたいだが」
「違うんよ。謝ってたんじゃなくて、お礼してたんよ。お金がいるやろうってお小遣いくれはって」
「いい人だな」
「うん、厳しい人やけど、優しい時は優しいよ」
そうか、ナルシスのせいでひどい目にあってるけど、実は百目鬼が同盟軍に入ったのってそんなに悪いことじゃなかったのかもしれないな。
「そうなのか。でも、なんで同盟軍のリーダーがこんなところに?」
「内緒やねんけど、なんかこの街にナルシス軍のチャリオットが入ったって報告があったんよ。それでもしかしたらこのコンテストが危ないかもしれへんって」
「全然知らなかった。じゃあ同盟軍が守りにきてるんだな」
「うん、内緒やで」
俺達も警戒する必要があるなと思いながら、自然と二人で広場の中を歩き始める。
「ご、ごめんね。急に手紙なんか出して」
「いや、いいんだ。俺達もコンテストには来る予定だったし。百目鬼のことも気になってたから」
「そうなん? ありがとぉ」
「今日ロヴェルタさんは?」
「えっ、えっとロヴェルタは……、お留守番」
「そうなのか。一人で出る時は気をつけた方がいいぞ。大きい街だとスリとかも多いからな」
「う、うん、気をつける」
コンテストまでまだ時間があるし、百目鬼と出店を見て周る。
「お祭りはあんまりウチらの世界とかわれへんよね?」
「そうだな、綿菓子とかトウモロコシとか出店の種類もそんなにかわらないしな。何か食いたいものとかやりたいこととかってあるか?」
「ウチあんましお祭りごと行ったことないから、よくわかれへん」
「そうなのか?」
「友達いーひんし……」
あ、地雷踏んだと悟った。
「イカ焼きです! イカ焼きがあります!」
「ふぉふぉふぃふぉふぉふぉ?」
「ちゃんと食べてから喋りなさいよ」
「このふわふわ何ネ?」
「飴でできたお菓子ですよ」
「飴はもっと固くて丸っこいネ。嘘ヨクナイネ」
「いいから食え」
「むぐ……甘いネ」
なんかやかましい連中がいるなと思ったら、ウチの連中だった。
オリオンは片っ端から出店食って回ってるし、レイランたちは綿菓子に目を煌めかせてる。
ウチのチャリオットほんとオーラねぇな……。学校帰りの女子高生かと言いたい。
「なんか楽しそうやね」
「すまん、あれウチの連中だ」
「そうなん? ディーさんは?」
「あいつはちょっと領地を見に外周りしてる。今まで執務をやってくれる人間がいなかったから外に出られなかったんだが、仲間でそのへん強い奴が入ってきたから、できなかったことをやってるみたいだ」
「仲間いっぱいいるんやね」
「今度紹介する」
「うん、楽しみにしてる」
チャリオットのことを話しながら歩いていると、アクセサリーを並べている出店で百目鬼の足が止まる。
「これ、いいな」
百目鬼が手に取ったのは拳の形をしたネックレスで、女性用ではなかった。
「えらくごついな。大きいのが好きなのか?」
「違うんよ、カルロスさんにあげようかなって」
「あぁなるほど、拳か……」
「カルロスさん凄く筋肉が好きみたいやから」
「それならいいんじゃないか」
「受け取ってくれはるかな?」
「大丈夫だろ、向こうも気にかけてくれてるみたいだし」
「そやね……、じゃあこれください」
百目鬼はアクセサリーを購入して鞄の中に大切にしまう。
彼女もカルロスを信頼しているのだろう。小さい事からお互いを思い合えるのはいいことだと思う。
その分余計にナルシストとの戦争は気にかかるが。
「同盟軍ってなんでナルシストと戦争を始めたんだ?」
「いきなり領地を接収しにきたらしくて、カルロスさんを含めた近くの王様が怒って同盟軍を結成したらしいんよ」
「やっぱり仕掛けてきたのはあいつか」
「それで最初は領地目的の戦争やったのに、気づいたらウチのこと欲しいとか言い出して、同盟軍も考えるから攻めてくるなって言ったら戦争が止まったんよ」
「じゃあむしろ百目鬼のおかげで同盟軍は負けずにすんでるんだな」
「そうなん?」
「ああ、あのナルシストと同盟軍の戦力差なら多分1週間以内に決着はついてるはずだしな」
「それ、ええことなんかな……」
「どうだろうな、白黒つかないのも辛いかもしれないが、決着がついた時カルロスさんがどうなるかわからないからな」
最悪同盟軍のリーダーとして処刑という可能性もありえる。
そう言うと、百目鬼は見るからに消沈し、肩を落としてそのまま地面に埋まってしまいそうなくらいに小さくなった。
しまった、もう少し気を使った言い回しをするべきだった。
「すまん。でも停戦にもっていければ大丈夫だからな」
「うん……ウチなんか貰ってもなんもいいことないのに……」
まずい、百目鬼が暗黒オーラを放ち始めた。
水の結晶石より闇の結晶石の方が似合う奴だ。そんなことは口が裂けても言えないが、なんとか気分を上げようと話をかえる。
「よし、百目鬼なんか食おう。美味いもん食ったら気分も少しは晴れるしな。お前には是非ともモンモル蛾の丸焼きを食わせてやりたい。あれ幼虫でも成虫でも美味いんだぞ」
「えっ……虫?」
「蛾だけどな」
「い、嫌や! 足いっぱいある奴はあかんよ!」
「大丈夫だ、モンモル蛾は足じゃなくて目がいっぱいある」
「そっちの方が嫌や!」
「大丈夫だキモイのは見た目と舌触りと後味だけだ」
「全部やん!」
俺は遠慮する百目鬼を引きずりながら出店を探して回った。
結局モンモル蛾はシーズンが終わってしまったらしく、出店に並んではいなかった。残念でしょうがない。
前フレイアに出した時も飛び上がって嫌がってたな。完全にイカレポンチ扱いされてしまった。あんなに美味しいのに。




